013 逃げるが勝ち作戦

『条件を満たしました。〈ヴァルプスLv.7〉が〈ヴァルプスLv.8〉になりました』


 そんな都合のいいことあったわ。


『条件を満たしました。各種ステータスが上昇しました』

『条件を満たしました。スキル〈嗅覚強化Lv.5〉が〈嗅覚強化Lv.6〉になりました』

『条件を満たしました。スキル〈気配察知Lv.3〉が〈気配察知Lv.4〉になりました』

『条件を満たしました。スキル〈鑑定Lv.3〉が〈鑑定Lv.4〉になりました』

『条件を満たしました。スキル〈体力回復Lv.5〉が〈体力回復Lv.6〉になりました』


 ティネアの巣でのレベリングに失敗してからしばらく。

 昼か夜かも分からない洞窟の中なので実際どれくらい経ったかは分からないが、体感だとかなりの時間が経過しているはず。


 私は今、虫を殺していた。

 足元に転がるのは、私よりも一回りほど小さなアピス二匹。片方の頭は私が口で咥えているので、転がっているとは言い難いが。


 いやぁ~、都合のいいことあっちゃったわ~。

 ティネアの巣から離れたあと、他の通路も同じように何かの巣なのかと思って探索してみたんだけど、全然そんなことなくて普通に通路だった。ただ、魔物もいないのかというとそんなことは全くなかった。特に蜂の魔物アピスが多くて、見かける魔物の四割くらいはこいつらだった。

 あとはとにかく、見知った虫が巨大化したみたいなのばかり。私並みのゲジとか私以上にデカいカマキリとかゴキブリとか。

 私サイズのゲジを見つけたときは全身が総毛立ったのを今でも思い出せる。


 というか、虫の魔物しかいなかった。今のところ、虫以外で見た魔物はあのコロージョンサーペントだけだ。


 なんで洞窟なのにこんなに虫ばかりなのだろうという疑問はあるが、洞窟に関する正確な知識のない私では洞窟ってそんなもんなのかな止まりでよく分からなかった。

 というか、実際の洞窟に多種多様な獣が沢山住み着いてるのって現実だと見たことないかも。巣とかなら別だろうけど。


 まぁそれは今はいいとして、それだけ大量の魔物を見かけたわけで、当然見つからずに探索し続けるのも無理だったわけで。探索して、遭遇した魔物と戦って、複数だったり勝てそうになかったら逃げて、を繰り返した。

 幸いにも、私は足が速かった。レベルアップしていたためだろうか。

 振り切れる、とまでは言わないにせよ、飛行する魔物やゴキブリなど足の速そうな魔物にもすぐには追いつかれない程度には速かった。

 なので、多少攻撃を喰らってもとにかく走って広間まで逃げて、ということを繰り返していたのだが……。


 そこで一つ、気が付いた。


 こいつら、


 そう、入りたがらないのだ。

 ティネアのように全く入ろうとしないのではないため一部は普通に追いかけてくるのだが、大多数は広間に入る直前で足を止めて、私を追うのを諦める。

 なんでなのか酷く疑問だったのだが、それ以上にその現象は私にとって好都合だった。

 広間にさえ逃げれば、複数相手でも少数にできるし、戦ってる時に他の魔物が近寄ってくることもない。見るからに強い感じの魔物とはそもそも戦闘を避ければいい。もともと逃げてるのだから。


 戦いやすすぎる!!


 なぜ広間に入ってこないのかは本当に謎だが、使える習性なら使うほかない。

 というわけで私は、通路を探索しては魔物と戦闘。複数だったりレベルが高かったりした場合は広間まで逃げるかたちで戦っていた。

 名付けて、"逃げるが勝ち作戦"である!!


 何度も似たような通路を行き来したせいで〈記憶Lv.1〉なるスキルを習得したりもしたが、この作戦の効果は絶大。今殺したこのアピス二匹も、もとは十匹くらいいたのだ。

 それが、広間まで逃げてくればあら不思議、深追いしてきたこのアーミーアピスの二匹のみ。

 今思えば、私が最初に戦ったリアガードアピスも、こういう他のとはぐれてこの広間に入ってきたヤツなんじゃないだろうか。


 いや~楽な仕事になったねぇ~。

 突進して針を刺そうとしてくるだけの相手なんてもう楽勝なんだな~これが。

 まぁ、たまーに広間とか知らんとばかりにめっちゃ追いかけてくるやつらもいるから、これが絶対の習性ってわけじゃないんだろうけど。


 バリ、と咥えているアーミーアピスの頭を噛み砕きつつ思う。

 最初の方はアピス一匹を相手にするのも大変だったのだが、レベルが上がった今ではこうだ。

 特に、少し前に取得したスキル〈思考加速Lv.1〉が凄い。これを使うと文字通り思考が加速する。レベル1だからかまだまだちょっと速い程度だが、それでもわずかに周りが遅くなったような不思議な感覚の中で思考できる。

 このスキルのおかげで戦闘中の視野も広がり、冷静に的確に戦えるようになった。


 逃げるときもそうだ。背後にいる魔物の攻撃を第六感と気配察知と思考加速で感知し、的確に回避できる。このスキルが手に入る以前は、複数の魔物から逃げるときはその攻撃を避けきれずに怪我を負ってしまうこともあったが、思考加速が手に入ってからはそれもかなり減った。

 今の私の生命線である。



 ───さ、て、と。

 それはそれとして、ついに私もレベル8である。それがなんだって話だが、今回のレベルアップは今までとは一味違った。


 そう。ついに〈鑑定〉がレベルアップしたのだっ!!

 長かった!!いやそこまででもないかも!!でも体感長かったっっ!!


 このスキル、レベルが上がらなさすぎる。

 他のスキルはただそれっぽいことしてるだけでも割と上がるのに──尖牙や尖爪などは特に──、この鑑定だけは前にレベル2になってからこれまで全くレベルが上がらなかった。

 もう正直このスキル私自身のレベルアップ以外ではレベルが上がらないのではないかとも思い始めているのだが、ただ単に必要経験値量が多いだけだと思いたい。というかそうであってくれ。


 あぁ~っやっと情報が増える…草は魔草としか表示されないし、他の魔物とか私とか鑑定しても名前とレベルしか出ないし、まぁそれでもレベル1の時よりはずっとマシだったが、これでようやく……。


 よし……さっそく使ってみよう。

 お前の実力を見せてみろ!!私を鑑定!


『《ヴァルプス Lv.8

 ステータス

 名前:なし》』


 ………んぇ?


『《ヴァルプス Lv.8

 ステータス

 名前:なし》』


 ………………えぇ……。




 いや、いやいや…マジか~。

 鑑定Lv.3の初試用から少し。まぁレベル一つ上がっただけだしな、と内心納得しつつほかにも色々と鑑定してみたところ、驚愕の事実が判明した。


 なんということでしょう!!鑑定のレベルが上がって新たに分かったことは、私の名前がなしってことでしたとさ!!

 嘘だドンドコドーンッ!!

 せめてもう一行分くらい他の物を鑑定したときの情報量とかが増えても良かったんじゃないかなって!!私思います!!

 っていうか名前なしってなんだよ!前世の名前どこいった!!……いや、前世の名前が都合よく引き継がれてることの方が少ないか。異世界転移じゃなくて異世界だし。

 そもそも私キツネだし。固有名称があるほうが怖いか。


 はあぁ~。…まぁ、レベル一つ上がっただけだし…仕方ないってことにしよう。

 それに、少ないながらも一応情報は増えてる。きっと鑑定のレベルが4になればステータスの一つでも確認できるようになるだろう。

 一応、名前なしの上にステータスってあったしね。


 よし、じゃあ気持ちを切り替えて。

 一旦拠点に帰ろうかな。レベルも上がったし、食糧も手に入ったし。

 一度拠点にこのアーミーアピス二匹の死骸を持ち帰って、そのあとまた逃げるが勝ち作戦再開だ。

 鑑定は期待外れだったけど、他は順調にレベルが上がってるし、いい感じだぁ~。

 フハハハハ!これぞまさに凱旋、かな?


 ピクリとも動かないアーミーアピスの亡骸の羽根を咥え、二匹の死骸を引きづりつつ歩く。

 これまでで、この広間にはあまり魔物が出現しないことは把握済み。一応気配察知と第六感と嗅覚強化で周囲の警戒もしてるし、一気に二匹を引きづっても問題なく帰れるはずだ。


 鼻歌交じり──心の中でだが──に凱旋する私だが、その警戒網に穴はない。

 穴はない……はずだった。いや、実際三つのスキルを併用した警戒に穴はなかった。

 ──唯一あるとするなら、それは。

 "なぜこの広間には他の虫が近づかないのか"という謎を思考放棄した、であろう。


 広間に繋がる通路のうちの一つ、その暗闇の向こうで、重々しい羽音が一度、微かに響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る