A01 始まりの日

 シワひとつなく畳まれたシャツを広げ、腕を通す。

 ボタンを閉じ、横の机に置いてあるシンプルな柄のネクタイに手を伸ばす。

 首元で手際よく結び、ネクタイを締めれば、あとはブレザーに似たローブ状の上着を羽織ってこの服装は完成される。


 しかし、俺はそれを着ることなく、自分の身の丈よりも少し大きい程度の姿見の前に立った。


「……まさか、こんなラノベみたいな制服着る日が来るなんてなぁ」


 そこには、青や白を基調として無駄にオシャレに作られた、爽やかな印象を受ける制服姿の少年。

 俺───三上獅音みかみ れおん……いや、今は"レオン・ザン・アルトリア"という名で呼ばれる少年の姿が、そこには映っていた。



 ───俺は異世界に転生した。

 大学生活を満喫していた真っ只中の出来事だった。


 とあるゲームで知り合ったゲーム仲間2人と一緒に、そのとあるゲームで休日を丸々潰した翌日のことだった。


 目が覚めると、俺は赤子になっていた。

 意味が分からない。最初は夢かと思ったし、その後もしばらく夢だと思っていた。


 だってまさか、本当に異世界転生なんてものが存在するなんて思わないだろう?目が覚めたら赤子で、気品のあるメイド服の女性が何人も俺の世話をしてくれて。


 意味が分かる方がおかしいと思う。特に俺は、フィクションはフィクションでしかないと割り切った上で楽しむタイプの人間だったので、本当に混乱した。


 ただ………元の世界に帰りたいとは、思わなかった。

 寂しいとは思う。でも帰りたいとは思わなかった。だって、有り得ないと割り切っていた理想が思わぬ形で実現したのだ。これで帰りたいと思うヤツは相当のリア充かこの手のラノベを読まないヤツだけだと俺は思う。



 というわけで、最初は混乱したものの、俺は上手く順応して大学生活よろしく異世界転生も満喫した。

 まぁ、何も考えず満喫していられたのは最初だけだったが。


 この世界には、当たり前だが生前の言語は存在しなかったので、まずはこの世界の言語を覚えることに注力した。

 それで、まぁ赤子だったし言葉を聞く以外にできることがなかったので言語の習得自体は思いのほか早くできたのだが、問題はここからだった。



 この世界、なんか既視感がある。

 言語が違うので一概には言えなかったが、日本語に当てはめて考えた時に、俺がよく知っているとあるゲームに似ている箇所がいくつも散見されたのだ。

 最初はただの偶然だと思ったが、数年経ってそれなりにこの世界についての知識が増えたらそれはすぐに確信に変わった。


 似ているどころじゃない。ほぼ、一緒だ。俺が生前特にやり込んでいた「アルカディア・オンライン」というゲームと。

 転生する前日に丸1日やっていたとあるゲームというのも、これだ。


 この世界がアルカディア・オンラインに酷似していると確信したとき、俺は初め、ゲーム世界に入り込んでしまったのかと思った。

 だがその考えはすぐに捨てた。もしゲーム世界に入り込んでいたのなら、言語が違うのはおかしい。

 それに、酷似しているだけでゲームのようなUIなどは存在しないし、ゲームのように簡単に能力を習得したり行使したり、といったこともできない。


 だから俺は、この世界はアルカディア・オンラインというゲームに酷似した現実世界だと思うことにした。

 なんでそんな世界に転生したのか、そもそもなんでこんなに世界があるのか。実はアルカディア・オンラインがこの世界のパクリだったりして。


 とか色々考えたが、未だ子供の俺の情報収集能力では、結論が出せるほどの情報を得ることは不可能だった。

 考えることしかできず明確な根拠が出ないことが続くと、さすがに考えるのも疲れてくる。

 なので、ここ最近はこの世界そのものに関してはあまり考えないで暮らしていたのだが………。



 その結果、俺は今前世のライトノベルもくやというオシャレ制服に身を包んでいるのだった。


 コンコンコン、と部屋の扉がノックされ、僅かに低い女性の声が扉越しに聞こえてくる。


「レオン様。そろそろ出発のお時間です」


 もうそんな時間か。


「あぁ、分かった。今行く」


 俺は未だ着ていなかったブレザーのようなローブのような丈の長い独特の上着を着て、机の横に立て掛けていた手提げのカバンを持って部屋を出る。


 扉を開けると、そこには俺よりも頭一つ分ほど背の高い黒髪の女性が立っていた。控えめに言っても美女と言えるその女性は、隙なく着こなしたと相まってその雰囲気は正しく"できる女"という感じ。

 まぁ実際、俺は彼女にお世話になりすぎて頭が上がらないのだが。


 彼女はクロエ。幼少の頃から俺の身の回りの世話をしてくれている侍女だ。


「とてもお似合いです」


「ありがとう」


「ではこの後の予定ですが…」


「?…このまま学園に行くんじゃないのか?」


「国王陛下がお呼びです。入学式の前に少し話したい、と」


「……が?」


 ───そう、俺は王族だ。

 今更だが、俺は王族で、まぁつまり王子である。

 生前のラノベだと異世界転生には色々パターンがあったが、それに当てはめると王子スタートはかなりの勝ち組だと思う。


 というか、王族スタートだったおかげで、幼少のころでもこの世界について色々と知ることができたと言っていい。


 アルトリア王国第四王子、レオン・ザン・アルトリア。それが、この世界での俺だった。

 前世と名前が同じなのは偶然だろう。れおん、とかよくある名前だし。


 今こうして制服を着ているのは、アルトリア学園というこの国にある巨大な学園に入学するためである。

 14歳になった才能ある子供たちは、世界最大の学園と呼ばれるこのアルトリア学園に入り、様々なことを学ぶ。

 座学はもちろん剣術武術、それに────魔法も。


 今日が、その入学式の日だ。


「リュアレは?」


「リュアレ様も同じように国王陛下に呼ばれております」


「そうか、一緒に行こうって約束しちゃったから、出発のタイミングがズレたらどうしようかと思ってたけど」


「それは有り得ません。レオン様もリュアレ様も、同じ馬車で学園へ行きますので。先日お伝えしましたよ?」


「あれ、そうだっけ」


「はい。そうです」


 他愛ない話をしつつ、父上の執務室に向けて歩く。

 というか、普通に考えれば王子とか王女とかがそんなバラバラで適当に登園させられるわけないか。他の日は分からないけど、今日は"入学式"っていう大々的な式典なのだ。

 国民に見せる意味合いもかねて盛大に送るのだと、数日前に言われていたような気がする。詳しくは思い出せないけど。


 まぁ何はともあれ、俺は見知ったゲームによく似た世界で、見知った国の王子に転生した。

 まだ武術とか魔法とか、そういうものにはあまり触れられていないのだが、学園に入学するならそういうものも数多く見知ることができるだろう。


 ………うん。そう考えてると、こう、ウズウズしてくるな。

 簡単な魔法しか勉強させてもらえなかったし、早く本格的な魔法戦とか、やってみたい。


 ──セクタムセンプラ!!とかできるかな?

 まぁ、この世界の魔法ってそういうのじゃないけど。

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