011 きけんな幼虫レベリング

 前足を上げる。

 振り下ろす。


 七匹目っと。

 ティネアラーヴァとの邂逅かいこうからしばらく。

 私は、寝袋並みのデカさがある幼虫たちをひたすら潰して回っていた。


 八匹目ぃ~。

 数匹分の間隔を開けてごろごろと居並んでいるこいつらだが、いくら攻撃しても反撃してこない。

 唯一、顔の目の前に近づいたときに粘着性のある糸を吐いてくるようだが、それも予備動作でバレバレなのでよほど油断していない限りは当たらない。


 九匹目ぇ~。

 糸を吐き出す瞬間、体をぐっと縮ませるのだ。そのあと、一拍遅れて糸を吐く。

 顔の方に体を晒さなければ反撃されず、反撃されても容易に対処できる。こんなにもイージーで一方的な狩りがあるだろうか。

 もはや作業である。


 はい、十匹目ぇ~!


『条件を満たしました。〈ヴァルプスLv.3〉が〈ヴァルプスLv.4〉になりました』


 おぉっ!!


『条件を満たしました。各種ステータスが上昇しました』

『条件を満たしました。スキル〈嗅覚強化Lv.3〉が〈嗅覚強化Lv.4〉になりました』

『条件を満たしました。スキル〈気配察知Lv.1〉が〈気配察知Lv.2〉になりました』

『条件を満たしました。スキル〈尖爪Lv.2〉が〈尖爪Lv.3〉になりました』

『条件を満たしました。スキル〈痛覚耐性Lv.1〉が〈痛覚耐性Lv.2〉になりました』


 おぉぉぉおお!!

 よっし、今度は何とか聞き取れたぞ!

 十匹で一レベルアップかぁ。もし元から多少なりとも経験値がたまっていたら、次のレベルアップにはより多くを殺す必要があるだろう。

 だが、命の危機がなくただデカい虫を潰すだけでレベルが上がるのだ。同時にスキルのレベルも上がるし、ステータスも上がるみたいだし、効率の良し悪しなど些細な問題である。


 上がったスキルの数は前よりも少ないけど、まぁあのときはレベルが二つも上がってたので当然と言えば当然か。

 むしろ少ないおかげで聞き取れたので、良くはないが今に限っては悪くもない。


 嗅覚強化…キツネ、っていうか獣だからかな?レベル3から4ってことは元から持ってたのだろう。匂いが感じやすい気はしていなくもなかったけど──特にあの腐コロージョンれヘビサーペントは臭かった──、原因はこれか?


 気配察知と尖爪のレベルが上がったのも嬉しい。すでに手も足も出ないような魔物に何度も遭遇しているのだ。身を守る術が強くなることは大歓迎である。

 幼虫も殺しやすくなるし、ね。


 最後に痛覚耐性だが……取得じゃないってことは、最初から持ってたってこと?

 うっそだろオイ、ハチに毒浴びせられたときとかめちゃくちゃ痛かったんだけど。機能してないってこれ。

 だがまぁ、痛みへの耐性があるというのはありがたい。今はレベルが低いけど、レベルが上がったらぜひ痛みの無効化くらいまでしてほしい所存だ。


 レベルが上がったスキルはこれで全部か…。

 …………鑑定のレベルは上がらなかったかぁ~。

 初めから必ずスキルのレベルが上がるとは思ってなかったけど、どういう基準でレベルが上がるんだろ。持ってるスキルはこれだけじゃないし、嗅覚強化とか、今初めてレベルが上がった感じがする。

 ハチを倒した時のレベルアップで上がってなければ今回が初のはず。


 私のレベルが上がると全スキルに一律で経験値が流れる、とか?分からないけど。

 まぁいいや。ここにいられる限り、レベリング自体は容易なのだ。そのうち鑑定のレベルだって上がるだろう。


 となれば、このあともやることは一つ。

 幼虫狩りである!!鑑定のレベルは上げたいし、他のスキルも同じように上げたいのならこれが最高率といえなくも無い。

 つまりやるしかない。


 はい、十一匹目〜。

 いや〜それにしてもイージーなレベリングだなぁ。いいのかな、こんなので。いいも何もないとはいえ、あまりの簡単さに少し不安になってしまう。

 さっきは十匹でレベルが上がったことを踏まえると、このままここにいる幼虫を狩り続けていれば相当量のレベルアップが見込めそうだ。


 私か知る限り、異世界転生といえばどんな転生の仕方であっても最初から苦戦続きなことが大体なわけだが、それを思うとこんなに簡単にレベルを上げてしまってもいいのだろうかと不安になる。

 まぁ、貰えるものは貰っとかないとね。はい、十二匹目っと〜。


 爪が幼虫の柔肌に食い込み、黄緑の液体を噴き出しながらビクビクと体を震わせて絶命する。

 レベルアップもそうだが、それだけではなくコイツらはメシにもなるのだ。マジでイージーである。


 ドナドナ〜っと、十三体目〜。

 いやぁ〜悪いね幼虫くん。悪いのは狩るのが簡単で気色の悪い君たちということで、納得してほしいな。

 できるわけないか。私ならできないな。ほい、十四匹目ぇ〜。


 爪が幼虫の肌を切り裂き、その奥の内臓を傷付ける感触が手一杯に広がる。今や慣れてしまったそれ。


 ────自分の想定通りに進んでいる状況が一番危険というのは、誰の言葉だったろうか。

 正直に言って、私は油断していた。思っていた以上に簡単に、目的を達成できたから。思っていた以上に簡単に、想定を超える結果が出たから。


 レベルアップはもっと難しいものだと思っていたから油断していた。そして、レベルアップは実際、難しいものらしい。


 …………ん?


 十五匹目の幼虫の胴体に亀裂を作ったとき、私は微かに聞こえた様な気がするなにかの音に気を取られて動きを止めた。


 いや。聴こえたような気がする、ではない。

 聞こえた。これは…………。


 羽音?


 微かに聞こえたそれは、羽音だった。

 最初は微かだったそれは少しづつ大きくなり、はっきりとソレだと分かるほどに大きくなる。


 音の方向、幼虫の横たわる通路の更に奥の暗闇から、はこちらを見ていた。


 表皮というよりも長い毛に覆われた顔、2本の牙が生える口、顔の大きさに対して異様に大きな一対の複眼。

 そして頭の上から伸びる2本の触角。


 それは、一言で言うなれば、"蛾"であった。


 ……マザーの登場…ってか…?


 ただ一つ付け加えなければならないのは、その蛾も例に漏れず、遠目から見ても分かるほどにということだろうか。


 羽音が一際大きくなり、この幼虫たちの親らしき成虫が暗闇から飛び出す。ブブブブ、という不快な音を響かせるそれは頭上で停止し、こちらを睥睨する。


『《ティネア Lv.4》』


 名前が似てる…。やっぱりこいつらの親…っていうか成虫か。

 本来なら逃げた方がいいのかもしれないけど……せっかくこんなに絶好のレベリング場所を見つけたんだ。そう簡単に手離したくない。

 それにこの幼虫たちは味も悪くない。食糧として拠点に持ち帰りたい。


 つまり、戦うしかないということか。


 フッ。高速で動くハチすら仕留めたこの私に、蛾如きが勝負を挑むなど愚行もいいところ!!……まぁ、普通に私並みのサイズがあるんだけど。

 まぁそれでもこいつだけなら勝算は十分にあると思う。蛾が毒を持ってるとか聞いた事ないし。


 そんなことを考えていると、デカい蛾ティネアが動き出した。6本の足を広げ、突進するようにこちらに突っ込んでくる。


 ……噛み付きか!


 それを、私は横に飛んで避ける。

 こちらに突っ込んでくる直前、口をガチガチと開閉するのが見えた。


 最初からそんな実直な攻撃を行ったということは、本当に毒とかはないのかな。それか、口に毒やそれに類する何かがあるのか。

 どちらにせよ、喰らわなければどうということはない。


 次の攻撃のタイミングに合わせて逆にこちらから噛み付いてやろうかな。う〜ん、最初見た時は少しびっくりしたけど、このままだった。余裕だなぁ。

 本当にイージーなレベリングになっちゃうぞ?


 ───ん?

 おん?あれ?………おぉ?

 ……いや、あ〜っ、あー、これはちょっと……

 うわっ、うわぁ〜〜〜…。


 イージーなレベリング、というのは、どうやら私の思い違いらしい。

 私の目線の先、通路の奥、洞窟の暗がりには、


 …………頭上の蛾と同じ顔、体躯の虫が、無数に飛んでいた。

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