009 腹が減ってはなんとやら

 せぇぇぇーーーッフ!!!


 ぶしゅぅ~!という不快感しかない音を立てながらぐずぐずと溶け出す小さな入り口を見やり、息を吐きながらへたり込む。


 あっぶなかった~ぁ!!

 マジで死ぬかと思った。私の足が速くてよかったぁ~!!

 これであいつのほうが足が速かったら本当に死んでた。


 最後、こちらに追いつけないと判断したらしいコロージョンサーペントは、食べることは諦めてブレス攻撃に切り替えたようだった。

 それで危うく全身腐りかけたわけだが、ギリギリ私が穴に入るほうが速かった。

 まさしく間一髪である。


『条件を満たしました。スキル〈第六感Lv.2〉が〈第六感Lv.3〉になりました』


 おぉ!?いいねぇ~!レベルアップ!これでより危機を感じやすくなる!!

 魔物とかを見つけるのも容易になるかな~?


 ………ふぅ~……よし。


 足を広げてへたり込んだ姿勢から体を起こし、拠点の奥に戻ろうと歩く。

 流石にこれだけ走ったからだろう、いい加減喉が渇いてきた。川に近づき、口を入れて水を飲む。

 舌を動かしてぺろぺろ。私が慣れていないからなのかどうなのか、一度に飲める量が少ない。…もういいや、顔突っ込んで飲も。


 煮沸消毒しないと、とかそんな人間らしい思考はだいぶ前に捨てた。

 魔物なら多少の雑菌くらいへーきへーき。たぶん。


 ………それにしても、あいつの攻撃、あんなだったかなぁ。


 先ほどコロージョンサーペントに直接殺されかけたわけだが、私はそれによって、アルカディア・オンラインで戦っていたコロージョンサーペントと、さっきのコロージョンサーペントの攻撃の仕方になんとなく違いがあることに気が付いていた。

 ゲームでのアイツは、とにかく腐食のブレスを使いまくるクソモンスターだった。体を使った攻撃とか、割と真面目に見たことない。

 それに対してさっき私を殺そうとしてきたあのコロージョンサーペントは、ブレスよりも体を使っていた。特に尻尾を叩きつける動きや、噛みつき攻撃など。


 単にゲームの方はゲームだからブレスばかり撃つようになってるだけ、と言えばそれで終わりだが、逆に言えばこの世界はゲームとは似ているだけの違う世界だということの根拠がまた増えたことにもなる。


 ……いや、このことを考えるのは一旦やめようとさっき決めたのだった。

 証拠と呼べるほどのものでもないし、この話はここでやめやめ。ハイ、おわり。


 それに今は、世界のことよりも重大かつ深刻な事態に陥っている。

 早急に解決しなければならない事態だ。さっき死にかけたときくらいヤバい。


 ────

 これはまずい。本当にまずい。え?空腹くらい我慢しろ?

 ふざけるな!空腹はあらゆる思考言動を鈍らせるスーパーデバフだぞぉ!!面倒だからと飯を無視してゲームをし続けた結果、普段なら絶対やらないようなミスを犯してリスポーンするハメになったのは一度や二度じゃない。


 その時から私は誓ったのだ。空腹は、なによりも優先して消し飛ばそうと。

 これまで、食べられそうなものの確保を最優先に探索してきたのもこれが理由である。

 最悪その辺に生えまくってる草とか食べようかとも思ったけど、キツネについて知識の浅い私はキツネがどこまで植物を食べられるのか分からない。


 雑食ってことは聞いたことがあるけど、雑食=全部食べられるってわけじゃないだろう。同じ理由で、魔物だから何でも食べられる、なんてことも考えていない。

 そしてなによりも、魔草なんて名前で呼ばれるような植物をメインディッシュにしたくない。なんか食べたらお腹壊しそうでヤダ。


 ……でも…でもなぁ…。

 これまでの探索で、私は結局食べられそうな果実やキノコなどを見つけることはできなかった。

 果実がないのはまぁまだ分かる。しかしキノコとかまで一切ないのは一体どういうことなのか。湿度?分からん。

 まぁ野生のキノコって毒のイメージしかないし、鑑定でも食べられるかどうかは表示してくれないから仮に見つかっても迂闊に食べられないだろうけど。


 というわけで、私は今、空腹なのに食べられるものがないという超危機的状況に陥っているのである。


 どうするかなぁ…。もちろん多少の我慢はするが、それでも限界はあるだろう。

 正直、日本で健全に引きこもっていた私からすると空腹であるだけで辛い。外国にはご飯を食べられるかも分からないような生活をしている人が大勢いるというが、私は絶対に無理だ。

 一日何も食べないだけでショック死できる自信がある。

 ぶっちゃけもうつらい。何か食べたい。


 なぜ私の目の前にあるこの川には魚がいないのだろう。

 地下だから?透明度の高い水から見えるのは、ヒカリゴケに照らされる植物の生い茂った川底だけである。

 はぁ………。


 ………いや、うん。

 さっきは何も食べられるものがないといったが、実を言うと、一つだけ、食べられるものがある。


 私の目線の先に転がるもの。

 私が初めて戦い、仕留めた獲物。"リアガードアピスの死骸"である。


 全身を覆う黄と紫のまだら模様。首辺りなどに生える毛は長く、それ以外にも近くで見れば全身を覆う小さな産毛に気が付けるだろう。

 私が踏みつぶしたために頭は潰れ、顎より下あたりがわずかに残る程度。断面は、形容しがたいグロさなので意識して見ないようにしている。

 おしりの先端に生える棘は長く、私の足の半分ほどもある。


 ……これを、食べるのか…?

 いや、でも他に食べられるものなんてないし…。でもなぁ…。


 くっ!!背に腹は代えられぬ!!

 ディスカバリーチャンネルでは幼虫だろうが内臓だろうが生のまま食べまくってるし、人間で問題ないんだから魔物の私ならなんでもない…!

 ……最大の問題は菌とかウイルスとかじゃなくて見た目と味であることは、考えないようにする。


 仕方ない。いくか。

 とはいえ、果物みたいにこのままがぶっといくことはできない。

 なんせ毒持ち確定なのだ。とりあえず一番食べちゃいけなさそうな場所は取り除かねばならない。

 すなわち、"棘"である。


 ハチは確か、棘が内臓と直接つながってるんだっけ?

 だから刺さって抜けなくなった棘を無理に抜こうとすると内臓も一緒にずるずる出てきちゃうとかなんとか、前に見た気がする。


 というわけで、棘を引っ張って内臓ごと引っこ抜く。

 毒をもってるんだから普通に考えて毒が大量に含まれてる内臓とかあるだろうし、私はそういうの見分けられないので、全部引っ張り出すのだ。


 棘の中ほどを口に咥えて、おしりを片方の前足で押さえて棘を引っ張る。


 ふんっ!!~~~~~っっ!!うぉあっ!!?


 お世辞にも綺麗とは言えない水っぽい音を響かせながら、棘と一緒に内臓が出てくる。

 なんか、ぶよっとした袋の付いたぶよっとした細長い管みたいなの。腸かなにか?


 まぁでも、これでとりあえず棘の周りの内臓は取れただろうし、いけるだろう。

 もし仮に毒が残ってても、棘の周りさえ食べなければいうほどひどくはないだろうし。

 素人知識の素人考察だけど。……一応、頭の方から食べるか。


 では、いざ実食。いただきます。


 がぶり。

 むしゃむしゃ。

 ごくり。


 ───まずい。

 食べられなくもないけど、まずい。


 外側は固いし、身はないし、味はないくせに苦味だけはいっちょまえに酷い。

 乾燥しているわけではないはずなのに、水気が皆無でパサパサしてて食べにくい。

 一口咀嚼するごとに食べたくなくなる味だった。


 ……本物のハチもこんな感じなのかな。

 昆虫食は美味しいっていう人いるけど、虫次第なんだなぁ。

 そういえば、私が小さいころは、おばあちゃんが作ってくれたイナゴの佃煮つくだにが好きだったなぁ。よく食べてた。

 材料が何かとか全く考えずにうまいうまいって食べてたけど、今思えばあれも昆虫食かぁ。

 あれは、おいしかったなぁ。

 また食べたいなぁ。


 咀嚼するたびに苦味とパサつきに支配されていく口内から逃避するように、私はそう思った。

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