003 名付けるなら地下樹海

 あれからも周りの目につくものを片っ端から鑑定してみたのだが、分かったことはこのスキルはレベルが上がるまでは使えないということだけ。


 レベルが上がるまで周りのものを鑑定しまくってもいいのだが、自分を鑑定した際に『魔物』と出たことから、まぁ魔物なんて呼ばれる程度には強い動物がこの世界にいることが分かったわけで、そこから考えるなら自分が今いるこの場所は思ってる以上に危険かもしれないわけで。


 何が言いたいのかというと、この場所に留まり続けるのが安全かいまいち分からないということ。

 ここ袋小路だし、まだ探索してない川の先のほうからヤバい魔物とか来たら詰みだし。

 それに、同じ場所や物に対して繰り返し何度も鑑定して、鑑定のレベルが上がるのかちょっと疑問だし。そんなイージーな方法でレベルが上がるなら、経験を得るというのは同じことの繰り返しで事足りるということになってしまう。


 まぁそんなわけで、私はスキルの取得で舞い上がったり落胆したりした腰を上げて、まだ見ぬ先の探索へと乗り出したのだった。



 川沿いの通路を歩く。

 通路幅は狭い。川自体も端から端まで目測で10メートルもなさそうだが、この川沿いの通路はその半分もない。通路というよりも、川底よりも高台になってたためにたまたま川の水が流れてこんでないだけの場所、みたいな雰囲気。

 天井も低く、多分背の高い人ならギリギリ頭を擦ってしまうと思う。


 壁や天井を埋め尽くす樹木と蔓草と花と光る苔は川底にまで浸食し、川に流れがなければ蓮の花で水面が埋め尽くされていそうだと思えるほど。

 水質が異様に綺麗で、川底の苔の光で辺りがゆらゆらと照らされているのはある種幻想的な景色だった。


 以前、Y〇utubeで海外の筋肉ムキムキのイケメンが洞窟を探索する動画を見たことがあるけれど、もしあーいう洞窟に実際に行けたとしたら、画面越しだと真っ暗でゴツゴツしただけにしか見えない洞窟もこんな風に見えるのだろうか。

 ……いや、あっちは別に光る苔とか生えまくってるわけでもなかったし、普通にただ暗いだけか。


 ちょっと今までに見たことがない幻想的な景色にらしくもなく情緒的になってしまった。

 もしかしたらいきなり想像を絶するバケモノが襲い掛かってくる可能性もあるんだから、もっと気を引き締めていかないと。


 ───おや?

 これは……行き止まり?


 緊張感!と気を引き締めて周りをきょろきょろしつつ歩いていると──決して周りの景色を観察しているわけではない──道の先が川から離れ、さらに蔓草に覆われていた。


 一瞬行き止まりかと思ったけど……これ蔓が道を覆ってるだけ?

 よく見れば隙間があるし、覆ってる蔓の向こう側に空間があるように感じる。

 というか、横を流れる川は垂れ下がる蔓を押してそのまま向こう側に流れて行ってるし、多分行き止まりじゃないよね。


 前に壁を覆っていた蔓を退かしたときの要領で、目の前の蔓を咥えては横にズラしたり、あるいはかみちぎってへし折っていく。

 これで本当に木の枝とかみたいに堅かったらお手上げだったかも。狐の顎力さすが。


『条件を満たしました。スキル〈尖牙Lv.1〉が〈尖牙Lv.2〉になりました』


 おぉ!!牙!キツネっぽいスキル!レベルアップしたってことは元から持ってはいたのかな?

 …ってことは、自分で把握できてないだけで他にもスキルを持ってる可能性はありそう。

 っていうか牙があるってことは爪もありそうだし、多分他にもあるよね。


 うが~~~っ!!!

 自分のステータスが見たいよ~~~!!!


 ……言っても仕方ないかぁ。

 とりあえず、蔓を退かそう。


 尖牙せんがかぁ。尖ってる牙…。

 蔓に噛みつく。そのまま歯を立ててひっぺがす。


 バリ!べリバキバキ!!


 おぉ!おぉ…?

 さっきよりもちょっと牙が立つようになった…ような?

 …ま、まぁレベル1しか上がらなかったし、そんなもんだよね。ハハ。


 そうこうしていると、自分がギリギリ通れるくらいの隙間が空いた。

 案の定向こう側には空間があったようで、ヒカリゴケ(仮称)の仄かな明るさが空間を照らし出していた。


 ────広い。

 空いた隙間から向こう側を覗いてみて、まず最初に出た感想はそれだった。

 とにかく広い。目測で、学校の体育館とか優に超える広さだと感じる。


 ところどころに、天井を支える柱のように太い樹木が背を伸ばしていて、それのせいか埼玉県にある地下の巨大貯水槽の画像をなんともなしに思い出す。

 ただ一つ違うのは、全体がコンクリートでも土でも岩でもなく、草木と花と苔に覆われていることだろうか。


 流石にこれだけ広いと、ちょっと出るのが躊躇われる。

 なんでこんだけ鬱蒼としてて背の高い草は生い茂ってないのか不思議だ。見えている範囲の地面は土がむき出しかヒカリゴケか芝生のような背の低すぎる草しか生えてない。


 やっぱり太陽光がないと育たないってことかなぁ。いや、だとしたら周りの木々とかは何なんだって話なんだけど。

 う~ん、そうなると考えられるのは、魔物が踏みしめてるから背の高い草が生えない…とか?

 い、いや、いやいや。ここからだと全体は見えないし、もしかしたらこの辺にたまたま草が生えてないだけかもしれない。


 ……よし、ここで立ち止まっても仕方ない。周りを探索して状況把握しないと、生きられる状況も生きられないし。っていうか木は生えてるくせに果実とかキノコとかは見つからなかったから探索しないと死活問題っていうか。


 よし、行くぞ。

 前方クリア!

 左右クリア!

 上もクリア!

 安全確認ヨシ!


 とうっ!!


 蔓の隙間から勢いよく飛び出す。

 特に何もなし。幸いにも、出た瞬間に襲われるような不運には見舞われなかった。


 ふ~む。改めて周りを見るとすごいなぁ。

 なんというかこう、名づけるなら"地下樹海"って感じ。


 見上げてもなお高い天井は色とりどりの花と草木と光る苔に覆われ、それを支える樹木は樹齢何千年だと思えるほどに太い。木の周りを一周分も走ったら数十秒はかかりそうだ。

 私が出てきた道はどうやら壁に空いた穴から繋がった小さな通路だったようで、入り口は壁の上から垂れ下がる鬱蒼とした蔓草に覆われている。

 横を流れていた川はそのままこの広い空間を横断するようにして流れ、その先は見えない。


 非現実的で、幻想的。そして僅かな恐怖と畏怖を抱く光景だった。

 写真を撮ったら何かしらのコンテストで優勝できそうだな、という感想を浮かべつつ、私は歩きだす。


 とりあえず、鑑定しつつ何か食べられそうなものを探すのが当面の目標かな。

 周囲の地形の把握とか、他に魔物はいるのかとか、私と同じ狐の魔物はいるのかとか、そういうのはついで。とりあえず食べられるものを見付けないと餓死まっしぐらである。

 果実とか、最悪キノコとかでもいい。野生のキノコとか毒のイメージしかないからあんまり食べたくないけど。

 魔物だから毒には耐性がある、みたいな都合のいいことは…ないと思ったほうがいいだろうなぁ。


 何事も最悪の事態を想定することから始める、だったっけ。ナポレオンの格言。

 ことこの状況に至っては本当にその通りだと思う。平和ボケ大国日本で自宅警備員をやっていた時ならいざ知らず、今楽観的に動いていたらそれこそ気が付いたら死んでましたみたいになりかねない。


 そう、例えば……

 隠密能力に長けたヤツが襲ってくるとか。



 ────瞬間。

 私は、未だかつて感じたことがないような全身が総毛立つような感覚に従って全力で横に飛んだことを、この後も一生自分の誇りだと思い続けるだろう。


 つい今しがたまで自分が歩いていた場所は、突如として飛来したどす黒い紫色の液体によってジュウジュウと音を立てながら溶け出していた。

 しかし、私はそれに驚愕する余裕も、ましてやそれをマジマジと観察する余裕もなかった。


 私の目線の先、空中には、私と同じくらいの大きさの毒々しい色をしたハチが飛んでいたのだから。

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