001 目覚めたら狐でした

 ───意識する。

 攻撃しようと、意識する。すると、私の周りにいくつもの青い火球が生まれる。見ただけで焼けてしまいそうな凄まじい熱量に驚愕するが、そんな私とは裏腹に、はそれが当たり前のことであるように火球を操る。


 私は、また夢を見ていた。

 人丈を優に超える獣になって戦う夢。

 でも今日の夢は、いつもと少し違う。私のようで、私じゃないような。私が化け物になっているようで、私はただ化け物の戦いを見ているだけのような。

 不思議な感覚。


 いくつもの青い火球が何かに押し出されるようにして飛んでいく。

 化け物と対峙するのは、これまた化け物だった。闇を具現化したみたいな、真っ黒い狼。周りの木々がミニチュアかと思えるほどに、これまた大きな獣のモンスター。

 火球は狼に向かって飛翔し、しかしあと少しというところで狼の周りに生まれたいくつもの黒い玉に吸われるように消えてしまう。

 狼は当然のように無傷だった。


 黒い玉はそれだけにとどまらず、さらに周りの木々や地面も吸い込みながらこちらに迫りくる。

 私はそれを必死に迎撃しようとするけど、全部を迎撃するには手数も威力も足りてないみたいだった。

 結局全部は消し去れず、いくつかの黒い玉の直撃を喰らって、私の意識はそこで途切れた。



 ────────────────



 …う……うぅ………


 うぁ…あ?…あぁ!?……ぐべぁっ!な、なんだぁ!?


 目覚めかけで朧気おぼろげだった私の意識は、一瞬の浮遊感と地面に叩きつけられるような衝撃によって一気に覚醒した。というか、落ちた?

 何事だと慌てて周りを見る。布団で寝ているのに落ちるとは何事だって話だ。


 見まわして、私は驚愕した。


 そこは、"森"だった。


 ……うん。え?は?

 私は自室で寝て……寝たよな…?


 …あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

 自室の布団で寝たと思ったら、起きたら深い森の中だった…。

 何を言っているのか分からねーと思うが私も何が起こったのか分からない…頭がどうにかなりそうだ……。


 いやほんとに分からないんだけど、ちょっと待って???

 え?攫われた?寝てる間に車で運ばれた?

 誰に!??なんで!????


 …いやぁ待て待て落ち着け。仮にそうだったとしても、私一人だけで近くに誰もいないってことはないだろう。よくわからないけど、とりあえず辺りを探索して現状把握だ。少なくともサバイバルのゲームならそれで正解だった。

 ひとまず立ち上がって……あれ。


 体を起こしたまま座り込んでいた私は、立ち上がろうとして違和感を覚える。

 立ち上がったのに、視点の高さに違和感がある。ちょっと、いや結構低い。それだけじゃない。意識の上では立ち上がっているはずなのに、体の感覚は四つん這いになっているような……。


 見下ろして、気づく。

 両手が毛むくじゃらだった。いや、両手どころではなく、見える限り全身が薄灰色の毛に覆われていた。


 …こ、これは……これは………


 になっとるやんけぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!??????



 ────────────



 目が覚めてから少し時間が経って、私は少し落ち着いた。


 私はどうやら、狐っぽいナニカになってしまったようだった。…いや狐なのかな?こんな毛色の狐見たことないけど。ホッキョクギツネに似てるけど、こんな灰色じゃないしこんなデカくないだろう。耳もそこそこ大きいし。



 私が目覚めた場所のすぐ近くには川が流れていた。水音がしたので行ってみたのだ。自分の姿はそこで確認した。

 そういえば、前の世界?でやっていたゲームにこんな感じの狐のモンスターがいたな、たしか。水面に映っただけの目測でも大型犬以上の大きさがありそうなのでいよいよそれっぽい。


 これは……あれか?いわゆる異世界転生ってやつだろうか?

 うーん、それ以外に考えられない…。あまり信じたくないが。


 ───いや、異世界転生したことは嬉しいよ?あんなくそったれな世界に未練なんて欠片もないし、人生を一からやり直せるんだからこれ以上の幸運はないと思う。


 でも……でもなぁ…。獣に転生スタートってのはちょっと想定外というか……。

 私が知る限り、獣…というか魔物やモンスター、オブジェクトなどの非人間に転生して、苦労せずに転生ライフを満喫する話はほぼ存在しない。

 心当たりはあるが、そのどれもは、話全体でみればそれが予定調和であったかのような、最初から仕組まれていたみたいな超運ストーリーであって、そんな都合のいい話をこの状況下で夢見るのはちょっと難しい。


 私が想定していたのは……こう、そこそこの貴族家に生まれて、何不自由なく生活して、できればチートスキルとか持ってて、こう、上手いこと、やりたいことをやりたいようにやれる状況であって。

 人ですらなくなった上にこんな草と土しかない場所に放り出されることじゃない。

 …………あれ?なんか私の想定も結構夢見がちじゃね?


 というか今更だが、転生とかいう割に私死んでなくね?寝ただけじゃね?

 今のこの状況的に異世界転生って決め付けてたけど私寝ただけだよね?地震が起きて棚に潰されでもしたか…?


 …うん。もういいや。

 このことはこれ以上考えないようにしよう。考えるだけ無駄だ。


 元々は引きこもりの暇を潰すために、貯め込み続けたバイト代を使ってゲームを買ったのがきっかけだったが、一年以上引きこもってネットとゲームに浸かっていればオタク知識の量も並では済まなくなる。

 それらの知識から考えるに私がまずやるべきは状況を憂うことじゃなく、状況を把握することだろう。

 つまるところ、周囲の探索である。

 なってしまったものは仕方がない、ということだ。オドオドしていても状況が好転するとは私は思わない。


 私が今いるココは、端的に言えば森だ。

 ただ問題なのは、とてつもなく鬱蒼うっそうとしていること。見る限り、太陽光が届いてない。

 熱帯雨林の樹海とかは、何層にも重なった木々によって光が届かず常に真っ暗だと前にテレビで聞いたことがあるが、ここもそうなのだろうか。

 だがそんな森であるにも関わらず、不思議と周囲は明るかった。


 理由はすぐに分かった。コケである。

 周りの樹木やところどころの地面、さらに今目の前にある川の底なども、とにかく至るところに淡く発光する苔が生えているのだ。

 これが周囲を照らすおかげで、真っ暗ではなく薄暗い程度で済んでいるのだろう。


 ……蓄光、なのかな?

 光が届いていないのに蓄光とはこれ如何に……。不思議だ。


 まぁ真っ暗で何も見えないよりはずっとマシなので、仄かな明るさをありがたく頂戴しておくことにしよう。


 よし、気を取り直して、周囲の探索するか。

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