目覚めたら狐でした。

ミケ猫

000 プロローグ

 ────よく夢を見る。

 私は人が見上げるほどの大きな獣になっていて、ゲームみたいにいろんな魔法が使える。

 そんな夢の中の私は必ず何かと戦っていて、それは人々の大群だったり、獣の群れだったり、………私よりも強くてデカい化け物だったり。

 蹴散らしたり、苦戦したり、死にかけたり。夢を見るたびに変わるけど、どの夢も あと少しで勝てそう とか やばい死にそう みたいなときに覚める。

 そんな夢を、私はよく見る。


 よく、見る。


 いやマジで。嘘じゃなくて。なにわろてんねん。


「ひぃっ、いや、いやっ!っ………お前っ!おまえ中二病は卒業したとか言ってたろっ!キリッ!って!ふははっゲホッ!ゲホッ!」


「お前笑いすぎだろ、可哀そうだぞ?夢見るくらい思い焦がれてるのに」


「よし分かった。お前らは殺す。今殺す。おらこっちこいオラ」


 ガチャガチャとコントローラーを操作する。

 画面の中にいるごつい甲冑をまとったスキンヘッドのおっさんが、私の操作に呼応して魔法をぶっ放し武器を振り回しながら全速力で走る。

 ────猫耳を生やした弓持ちの少女に向かって。


「ひぃっ!…あっ、おい、ちょまてお前!俺今HP減ってて」


「関係ない。予知夢かもとか思ってお前らに相談した私がばかだった。死ね」


「あー、俺素材集まったから先に街に戻るわ」


「あっ!おいちょ!くっそ魔法は反則だろっ!」


 ───ネットは平和だ。

 好きなものがそこら中に転がっていて、面白いものがいたるところにある。

 趣味の合う人と簡単に巡り合えて、好都合な距離を保って接していられる。

 ……だから不都合があれば、すぐに関係を切れる。

 不都合なものは見ないようにすればそれでいい。

 現実とは違う。

 私の唯一の、安住の地。


 私は引きこもりだ。

 父は仕事人間で家に帰ってこないし、母も遊びまくってて家に帰ってこない。

 なぜ離婚していないのかいっそ不思議なほど。

 そんな二人のようにはなるまいと幼いころから勉学に励み、歳を偽ってバイトにも励んだ。

 本当に家族なのか疑いたくなるほど放任主義な両親だったが、それでも必要なお金だけは用意してくれたことには感謝できる。

 おかげで学校にも通えて、両親がこんなであること以外は何不自由なく生きていたから。


 ただ、私が学校に行きたくても学校の方は違ったらしい。

 私はいじめられた。それも陰口を言われる程度の生易しいものではなく、暴力沙汰も日常茶飯事のかなり過度ないじめにあった。


 私は、自分で言うのもなんだが顔がいい。

 顔がいいというのはそれだけで好感度が上がるようで、誰に対しても一定の距離感を保って優しく接していたのが、そこらの男子には「誰に対しても優しくしてくれる清楚で奥手な女の子」に見えたらしい。

 それに嫉妬した女子からいじめにあった。

 中学からはじまったそれは日ごとに過激になっていったが、大きな問題に発展させたくなかった私はひたすらに耐えて、耐えて耐えて耐えて、中学からは遠い場所にある進学校の高校に入った。


 ────そこでも私はいじめられた。

 ここなら私を知る人はいないから。あまり優しくしないように。人と関わらないように。

 そうしていたのに。

 いじめの主犯格の彼氏が、私に惚れたらしい。

 ふざけるのも大概にしてほしい。

 私はそこで、心が折れた。


 だから、私は引きこもっている。


 もしこんな私を意気地なしとか根性が足りないとかいうやつがいるなら、そいつはドラマの中でしかいじめを見たことがないような、ぬるま湯みたいな世界で生きてきたのだろう。

 朝、学校に行ったら複数の女子に囲まれて、校舎裏に引きずられて、殴る蹴るの暴行。

 すぐそばの廊下を通りかかった先生は、そんな私を窓越しに見て見ぬふり。そんなことが、毎日。

 これで折れない心があるなら、それは多分折れる前に見限れるか、もうこれ以上折れようがないくらいに壊れ切ってるんだと思う。



 一緒に遊んでいた顔も本名も知らない二人に簡単な別れの挨拶を告げ、VCボイスチャットのチャットルームを退出してヘッドホンを外す。

 カーテンの閉め切られた窓からは光は差し込まず、時計を見やれば時刻は3時を回っていた。


「……ねむ」


 この時間になると、流石にもう眠い。

 ディスプレイに向き直り、コントローラーを操作してゲームを終了。そのままパソコンもシャットダウンする。

 ゲームミング仕様とはいえ所詮はノートパソコン。うぃんうぃんとうるさく叫んでいた冷却ファンがシャットダウンとともに落ち着いていき、静かになる。


 それを確認した私は、そのまま床にしきっぱなしの布団へダイブした。

 自宅警備員たる私は寝間着が正装なので、このままぐっすりである。シャワー?明日入ればいいでしょ。


 おやすみ、くそったれな世界。

 あー、どうか朝起きたら異世界の貴族令嬢とかに転生してますように。チートスキル付きで。


 …………あ、でも……

 ………まだゲームの素材集めが終わってないから………それが……終わってからに…して…ほしいな………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る