第2話 夢のかよい路

 果てしない宇宙。

 その何処いずことも知れぬ空間に

 故郷ふるさとがありました。

 『魂』という『意識体』が生まれ出る、

 宇宙の泉。

 

 そこから旅立った意識体は、

 波のように全方向に広がっていく意識の輪となって、

 住みたい星を探します。

 星に住まずとも、

 星の生成の混沌の場さえ見つけることができたら、

 自らが星になることもできるのです。

 しかし多くは、

 『体』を持てる星で体を持ち、

 『生きる』ことを体験したいと望んでやってきます。

 そして、どの星で生きるかを選び、『魂』となってそこに降り立つのです。 

 中には、体を持てるわけでもない星を選ぶものもいます。

 そこでは、波を収束させて、丸い魂の形のまま漂うしかなく、

 ただ悠久の時の流れの中で、宇宙の営みを眺めているだけ・・・。

 でも、そんなものたちもいずれは『地の星』のような星を求めて、

 再び旅立って行くのでしょう。選択した星との『縁』を切って。

 その星は意識体たちの間では『地の星』と呼ばれていました。


 

 ナミとナギ―――。

 『月』を選んだ双子は、お互いをそう呼び合っていました。

 故郷を旅立った時、もともとは別々だった二つの波は、

 広がる意識の中でたまたま合流してしまい、

 重なったまま一つの波のようになって『地の星』の空間まで広がってきたのです。

 旅をしながら、双子になった・・・

 途中で故郷へと帰っていく色々な波と出会い、すれ違うときに、

 『地の星』の様子をほんの少し、知ることができました。

 『地の星』での暮らしに、二人は旅する中で次第に心惹かれていたのです。

 そして、『地の星』で使われている『名前』に興味が湧きました。

 宇宙が星になったものたちに与えるように。

 

   アダム、オリオン、イザナミ、ゼウス、アフロディテ、

   スサノオ、アポロン、ニニギ、アルテミス、イブ・・・

   イザナギ、ポセイドン、アマテラス・・・?


 他にもたくさんの名前を、帰っていく波から受け取りました。

 そこから、まだ星を選択してもいないのに、自分たちに名前をつけてみることにしたのです。

 (私はナミ)

 (私はナギ)

 

 青く輝く『地の星』を共に眺めていました。

 この『太陽』を囲む世界では、唯一、『人』と呼ばれる『体』を持てる星なのです。

 その体を持って、その星の上に世界を構築する・・・

 太陽になったものたちは他にもたくさんいましたが、二人が選んだのはこの太陽でした。

 途中で出会った波によって、『地の星』のことをもっと知ったからかも知れません。

 故郷には『地の星』や他の数えきれないほどの『体を持てる星』の体験者たちから、

 その様子が様々に報告されています。

 しかし、どの星がどうと分類されているわけではなく、

 全ての体験が混沌と入り混じっていました。

 なので、どの星へも行ってみなければ、どんな『生き方』ができるのかはわかりません。

 でも、旅の途中で『地の星』はやっぱり、行ってみたい所だと思ったのです。

 

 面白そうだけど・・・

 

 二人は『地の星』では争いが絶えないことも帰る波から知りました。

 『地の星』を選んだものたちは、なぜか地上で争い事ばかりを繰り広げるのです。

 なぜ、そんな世界を作ってしまうのか・・・

 それは誰にも、『地の星』を経験したものたちにもわかりません。

 なぜ・・・?

 その問いが解決できるものなのかもわからない・・・

 『地の星』そのものが魅力的で、興味はあって来てみたけれど、何だかそこに『生まれる』のは怖いような気もしていました。

 それで『地の星』を選ぶことはせず、間近にいる『月』から眺めることにしたのです。

 

 岩と、宇宙と同じ天空しかない月では体を持てないけれど、

 そこから眺めて、地上の様子を好き勝手に想像して遊んでいました。

 

 ・・・この天の向こうの、地上の『人』とは、どんな姿なのだろう・・・?

 

 旅の途中を一つの波になって共に過ごしてきた二人は、

 月に別々の魂となって降り立ってからも、

 一つになったり分かれたりして暮らしていました。

 やがてナミの想像は、『月』と『地の星』との物語になっていきました。

 

 地上の『人』がこの『月』にやってきたとしたら、何を思うだろうか・・・?

 そして『月』に集う他のものたちは、どうするだろう・・・?

 

 ナギはそんなナミの想像を、分かれて見ていました。

 一つでいると、自分が考えているようであまり(楽しみ)を感じられないからです。

 確かに、ナミの物語は(ワクワクする)のです。


 その想像は、『魂』からの発信のさざ波となって、『月』に集まったものたちの間に広がっていきました。

 そして、(面白い)(興味深い)という共鳴をもたらしました。

 『月になったもの』には全くにもって気に入らないことです。『地の星』を選んだ者にここに来られるなど。

 まして、揉め事ばかりを起こしている連中に。

 たとえそれが想像の範囲で、実際に起こるはずのないことでも。

 その想像自体が腹立たしい。

 その上、集まったものたちに広めるなど、到底許せるものではない。

 

 『地の星』は最初に望んだような世界を、集まったものたちに創ってもらえないでいるのです。その点では、そら見たことか、と『月』は思っていました。

 

 星に集うものは、星が決めた中で暮らさなければならないのです。

 『地の星』が、体を持てる状態を維持するために、時に大嵐や地震や洪水や、

 地殻変動などを起こすことを決めた中で、そこに集うものたちは暮らさなければならないように。

 それが宇宙の大原則。

 星の意思に縛られるのが嫌なら、星になればいい───。

 あの二人はここを選んでおきながら、『地の星』に憧れている───。

 『月』は、『地の星』のことを良く思われるのがどうにも(嫌)なのです。

 ここを選んだものたちは、『月』の機嫌を損ねないように暮らさなければならないのですから。

 

 突然、ナミの意識が月の上から消え去りました。

 『月』の堪忍袋の緒が切れたようです。

 

 (ナミぃ―――!)

 ナギは『地の星』に向かって叫びました。

 『月』に集ったものたちからの話に聞く通り、ナミは『月』を怒らせてしまったのかも知れません。『月』の決めたことに反してしまったのでしょう。罰として、地上へ送られる。地上の醜さを思い知って来い、と。『人の子』とは異質なものとして。

 そして、ナミは実際に『地の星』へと送られてしまう最初のものとなってしまったのです。

 (でも、あの発信がそうなるなんて・・・!)


 『月』は考えたのです。『地の星』の世界で、最初に一日の『夜明け』を観る所。

 その、『日出いずところ』でさえも、争うのだ、醜いのだ、言わんや他の地はどれほどか、とわからせるために。憧れを抱く価値などない、と。

 

 ナギはそんな『日出る処』のある一点、鬱蒼たる竹林の中に突如として現れた巨大な竹の空間にナミが閉じ込められていくのを、ただ見つめているしかありませんでした。

 

 そして地上の『竹』の空間は、『人の子』でないものを収めるには格好の場所だったのです。

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