第3話

「かつての栄華も荒野に果てて――という感じだな」


 展望台から20分ほど歩いて着いたのは、かつて拝塔教の神殿があったとされる遺跡だった。

 塔の建材を拾ったのか盗んだのか、あちこちに立つ鉄骨の柱を骨格に、日干し煉瓦と漆喰で壁や天井を作ったと思しき建物の跡地は、往時の繁栄を想うよすがもない廃墟となって太陽と風の下に晒されていた。


「拝塔教の国が滅ぼされて五百年になります」

「確かに滅ぼされて、だな。この遺跡の壊れ具合は自然の風化ではなく、明らかに人の手による破壊の跡だ」


 遺跡の壁には何かハンマーのようなもので打ち砕かれたと思しき日干し煉瓦の残骸と、火によって焦がされたと思しき煤けた漆喰の焼き跡があった。


「バルモル教の考えでは、ここは悪魔信仰の総本山でしたから」


 ガイドの発言に頷く。五百年前にこの地にあった拝塔教を滅ぼしたのは、唯一神バルモルを信仰する新興の宗教国家だった。


「超越者たる神が居ます天の頂きに至ろうとする行いは不遜の極みであり、そのための塔の建設を続ける機械たちは神によって地上に堕とされた悪魔の末裔とされました。機械を天使と信じる拝塔教はまさに彼らからすれば悪魔を崇拝する邪教の教団だという話です。まあ、実際に末期の拝塔教は塔の建設を早めるために天使に力を与えるための生贄を捧げ始め、機械たちに燃やした信者の灰を振り掛けたり、被征服民の奴隷の心臓を血で満たした瓶に入れて機械に括り付けたりと、邪教の謗りを受けても仕方ないような行いをしていたようですが」


 どんな崇高な宗教も所詮は人の作った社会集団である。時間とともに盛衰があり、やがて拝塔教も衰えて内向きに陰惨な文化を発展させた末に、新興の宗教集団であるバルモル教の帝国に滅ぼされてしまった。この地より東から来たこの新興の帝国は、この塔の元へと攻め込んで拝塔教の聖地を占領すると、徹底的な弾圧により拝塔教の築いた文明のすべてを破壊し、この土地を無人の荒野に変えたのだった。その繁栄の痕跡が土の下から発掘され、このように観光ができるようになったのは、今からほんの五十年ほど前のことである。


「彼らは徹底的に拝塔教を弾圧してその信者をことごとく殺戮し、拝塔教という宗教がこの世にあった痕跡を地上から消し去りました。しかしさすがにこの塔までは壊せなかったようです」

「それはそうだろう」


 こんな巨大な塔を五百年前の技術の大砲などで破壊するのは、さすがに無理だったろう。その証拠にこの遺跡も日干し煉瓦の壁は人為的に崩されているのに、塔の建材を利用した鉄骨の柱は壊せなかったのだろう、そこかしこに往時の姿のままで立ち続けている。


「ですが、バルモル教の人々は塔の破壊は諦めても、塔の建設は止めたいと思いました。拝塔教の信徒たちを滅ぼしても変わらず塔を建て続ける機械たちの仕事を止めるべく、彼らは機械たちに戦いを挑みました」


 ガイドは遺跡からフェンスの向こうに広がる、過去より延々と変わらず続く機械たちの作業風景を眺めた。この景色を変えようと挑んだかつての戦士たちの姿に私も思いを馳せる。


「十万の軍勢による半年に及ぶ戦いは、万余の大砲の活躍と十万の人間の闘志により、ついに大地から動く機械の姿を消し去りました」

「それは偉業だな」

「悪魔の討伐という宗教的動機は彼らに不屈の心を与えたようです」


 素直にその成果に感心する。宗教的熱狂による破壊とは、時に拝塔教というひとつの文明を血生臭い犠牲とともに滅ぼすような結果を生むが、その一方でおよそ誰も為し得るとは考えないだろう人の十倍もの背丈を持つ巨大な機械の群れに打ち勝つ偉業を生み出すこともあるらしい。


「しかし、機械はまだ塔を作り続けているな」

「ええ。三十年ほどで再び機械は地上に姿を現し、バルモル教と復活を続ける機械との戦いはその後二百年余り続きました」

「執念の戦いだな」


 私の感想にガイドがこくりと頷く。


「機械は巨大で頑丈ですが人に敵意はなく、進路上の人間を踏み潰すことはあっても、人を追いかけわざわざ踏み潰しに来ることはないので、武器とノウハウがあれば打ち倒すこと自体は時代が下るほど容易であったようです。ですので本当に人の執念がどこまで続くかという戦いになりました」

「そして人類は敗北したと」

「バルモル教が科学の進歩により、その教えに力を失い始めたのが約三百年前のことです」


 地下から延々と再生を続けて塔の建設を遂行しようとする機械たちの無限の行進に、それを妨げようとする人の執念はついに失われ、今は機械の為すがまま塔の建設が続いている。この不変な機械の在り方に、ただ人の世の盛者必衰を感じるばかりである。


「この塔と機械は、人の抱く正しさの移ろいやすさを教えるために、神が我々に示したシンボルなのかもしれませんね」


 そこでガイドはこの遺跡までの案内料とした渡したチップを私にちらと見せながら、少し皮肉気な顔でそう語った。


「そうだな」


 そのチップを払ってここまで来た一人の観光客である私には、ガイドの考えに同意を与える以外の答えを持たなかった。


「写真を一枚お願いできるかな?」


 ガイドに追加のチップを払い、私は塔と遺跡を背景にして、この塔の歴史の末端に立った記録を写真に残した。

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