↓第41話 はちみつの正体

 ビリーの家から移動して、迷子は高床式の書庫に来る。

 そこにはすでに、うららが待機していた。


「ふぁ~、ねみぃ~。天気も悪いしさぁ」


「フニャフニャしてる場合じゃないですよ。さぁ、仕事です」


 書庫の裏側に回ると、うららは鉤爪のついたロープを空へ投げる。

 それは放物線を描きながら落下し、天井のわずかな縁に引っ掛かった。


「……よし! 登れそうだぜ」


 ぐっと引いて固定を確認すると、うららはロープを伝ってよじ登る。

 屋根のてっぺんに降り立つと、平らで真っ白な面が広がっていた。

 瓦もレンガも敷いていないから当たり前だが、そのせいで雨風に晒されて、ちらほら汚れている。


「ん?」


 視線を落としたうららは、縄状の跡を見つける。彼女のロープとは別のものだ。おまけに靴跡らしきものもある。誰か以前に来たのだろうか?

 すぐさま端末をかざすと、画像を撮って下で待つ迷子に送信した。


「おーい! あったぜー!」


 迷子はそれを確認すると、親指を立てて合図する。


「引き続きお願いしまーす!」


 するとうららは、もう一つの鉤爪ロープを取り出した。

 それをもう一方の縁に引っ掛け、ロッククライミングの要領で書庫の下に降下する。

 ゆっくり窓の位置で停止すると、その枠やガラスを丁寧に調べた。


「……よっと」


 続いてポーチに手を入れ、粉状のものを取り出す。

 手際よく窓枠やガラスに振りかけると、指紋のかたちが浮かび上がった。


「ビンゴだぜ」


 再び端末に画像に収めると、次に透明のフィルムを取り出し、指紋に押し当てて採取する。


「迷子~、ばっちりだぜ~!」


「おつかれさまです! もう戻っていいですよ~!」


「ああ、もう少しここにいるぜ! 風が気持ちいいんだ!」


 うららは平らな屋根に上ると、ゴロンと横になり、あくびをして大の字になった。

 天気は悪いが、そよ風が眠気を誘った。


「……さてと」


 一方の迷子は、丘の上でカタルシス帳にメモをとる。

 事件で集めた手掛かりを、一つ一つ整理していった。

 しばらく書き記していると、お腹が鳴る。脳を使ったせいで、甘いものがほしくなった。


「ん~、そういえば……」


 思い出してポーチをあさると、紙袋が出てきた。

 その中身はドーナツ。ビリーをおびき出す作戦で使った、ハチミツつきのものだ。


「スンスン、いいにおいですね。さっそくいただいちゃいましょ――」


 そう言って口に運ぼうとしたとき、思わず手がすべりドーナツが坂を転げ落ちてしまった。


「わわわーーー!」


 慌てて追いかける迷子。

 かなりの急斜面なので、ドーナツは勢いを加速させる。


「ま、まってくださーい!」


 必死で手を伸ばすが追いつけない。

 ドーナツは斜面を跳ね、そのまま森の中へと消えていった。


「……ん? なにやってんだ?」


 その声に気づいたうららが身体を起こし、目をこする。

 ダルそうにあくびをすると、ヨロヨロと立ち上がり、ロープを降りた――


☆       ☆       ☆


「――あっ! ありました!」


 森の中に入った迷子は、切り株の上に載ったドーナツを見つけ、拾いあげる。

 ほっと一安心してひたいを拭うと、背後から鋭い視線を感じた。


「ああ、うららんですか。うっかりドーナツを落としてしまって――」


 そう言いながら振り返ったのだが、違った。

 そこにいたのは、うららではない。二人……いや、二匹。

 クマとオオカミだ。

 四つの赤い瞳が、腹を空かせてギラついていた。


「わ……わわわわ! わたしは食べてもっ、お、おいしくありませんのでっ!」


 迷子は冷や汗を流しながら後退る。

 じりじり……じりじりと追い詰められ、大木を背に行き場を失った。


 ――終わりだ。


 最悪の状況が頭をよぎるも、必死のわるあがきで持っていたドーナツをちぎり、投げつける。

 が、クマもオオカミもそれをペロリと平らげ、何事もなかったかのようにこちらに忍び寄ってきた。


「わ、わ、わーーーッッ……!」


 悲鳴と同時、迷子に飛び掛かるクマとオオカミ。

 彼女の帽子が、大きく宙を舞った――


☆       ☆       ☆


「お~い迷子ぉ~。ど~こだ~」


 うららは森の中に入り、主人を捜していた。

 が、呼んでも返事がない。どこに行ったのだろう?


「迷子ぉ~……――ん?」


 少し先の、開けた空間に目を凝らす。

 なにか賑やかな雰囲気があった。

 近づいていくとクマとオオカミがいる。

 ――というか、迷子と一緒にダンスを踊っていた。


「はぁ?」


 うららは目を丸くする。

 厳密にはダンスというより、クマとオオカミは酔っぱらい、フラフラ身体を動かしている感じだ。

 迷子は、ご機嫌に手や腰を動かしたり、帽子を宙に投げたりしながら踊っている。


「あ、うららん! どうです一緒に?」


「いや、どういうことだよ。クマとオオカミだぜ?」


「どうやらこれが原因みたいです」


 迷子はドーナツにつけたハチミツの小瓶を取り出す。


「調べてみたらこれ、『マッドハニー』だったんです」


「ま、まっど?」


「シャクナゲの花から摂れる高級なハチミツです。幻覚作用があるので、食べ方には注意が必要です」


「じゃあこいつらは……」


「そういうことです。秘密兵器がここで役に立ちましたね!」


 ドヤ顔の迷探偵。まぁ、結果オーライというやつだ。

 うららはため息を吐いて腕を組む。


「っていうか、うかつに森入んなよ。突然いなくなったら探しようがないぜ」


「大丈夫ですよ、ハーメルンの笛吹き男じゃあるまいし。――あ、知ってます? トランシルヴァニアには、その伝説が残っているんですよ」


 迷子は踊りながら話す。


「ドイツはザクセン州の自立都市、ハーメルンで消えた子供たちが、1600km離れたトランシルヴァニアで発見されたそうです」


「なんだよ急に。この地方は魔法の力でも働いてんのか?」


「フフフ、あるかもですね。何せこの世界は謎に満ちていますから」


「とにかく帰ろうぜ。雨降りそうだし、ゲームでもしながら作戦会議だ」


「やりませんよ。うららんが持ってきたヤツでしょ?」


「そうだぜ。ニンジャみたいでカッケェだろ?」


「バグで壁抜けワープするゲームはかっこよくありません!」


 踊りながらツッコむ迷子だが、しばらくして動きが止まる。


「ハーメルンの笛吹き男……壁抜け……?」


「どうしたんだよ?」


 尋ねるうららを放置して、迷子はゆららに電話をかけはじめた。


「もしもしゆららん。例の自殺した教授なんですが――」


『なぁに~?』


「焼身自殺を図ったときに、目撃したのはビリーさんとその周辺の人たちですよね?」


『そうよぉ、炎に包まれたまま川に落ちたみたい。教授の身元を示す身分証と、ビリーさんたちの目撃情報があったのは幸いかもぉ。前の日は大雨でかなり増水してたから、捜査はかなり難航したみたい』


「それともう一つ。教授の交友関係はどうでしたか? 悪い人たちとお付き合いがありませんでしたか?」


『え、なんで知ってるのぉ? 私が調べた感じだとぉ、教授がドラッグを売り捌いていた証言があるのぉ』


「どらっぐ?」


『大学の研究で偶然できた副産物なんだけどぉ。教授は裏でそれを売り捌いていたみたい』


「なるほど……」


 迷子は顎をなでる。


「最後にもう一つ。ビリーさんの過去をできるだけ詳しく調べてください。あと二人の関係についても同じく」


『関係を? ただの先生と生徒じゃなくってぇ?』


「お願いします。重要なことなんです」


『……わかったわぁ。またかけ直すわねぇ』


 ゆららは通話を切り、再び捜査に戻る。

 迷子はニヤリと笑みを湛え、ふたたび踊りだした。


「フフフ……」


「なんかわかったのか?」


「うららんも踊りましょう。今夜、吸血鬼の正体が明らかになります!」

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