↓第20話 らくしょー……じゃない展開

「アホ毛よ、いったいどういうことじゃ?」


 迷子はカミールに案内され、4年前に子熊がいたとされる墓地に辿り着いた。

 その一帯は静かな草原で、くるぶしのあたりまで草が伸びている。


「いいですか、このあたりの草は根の強い頑丈なものが多いです。とくにこの墓地はそれが密集して葉を茂らせていますね」


 迷子はその辺の草を引っ張り、根の強さを確かめる。

 少しの力を加えるだけでは抜けそうもない。


「そりゃあ、見ればわかるじゃろ?」


「ウェルモンドさんの話だと、子熊の足跡を見たと言っていました。ですがこの地帯だと草が邪魔して足跡が残らないんです。子熊が歩く程度であればなおさら」


 迷子はその場でぴょんぴょんと跳ねる。

 むりやり土を掘り返すくらいのことをしないと、地面に痕跡を残せそうにない。


「それにカミらん、4年前にここの墓石は倒れていましたか?」


「え?」


「死体を取り出すには、まず墓石を退かさないといけません。とはいえ器用に運ぶこともできませんから、子熊は力任せに石を倒してしまうでしょう」


 先ほどウェルモンドが見せた墓石には、クマが倒した荒々しい痕跡が見られた。

 もし4年前もクマが出没していたら、墓石にはそれなりの痕跡が残るはず。


「そういえばあのとき、位置のズレた墓石をみんなの手で戻したのじゃ……」


 カミールは記憶を辿る。

 そのとき墓石はズレていただけで、倒れていなかった。


「そうなるとウェルモンドさんは、自分の意志によって墓石をズラし、地面を掘り起こしたことになります」


「まてまて。なぜウソをついてまでそんなことをするんじゃ?」


「はっきりとしたことはわかりませんが、そうしなければならないほどの理由があるということです」


「なんだよ理由って?」


 うららが横から言葉を投げる。

 すると迷子は、ポーチから教会のタブレットを取り出した。


「思い出してください。ブラッディティアーの研究記録には、死体による実験も記載されていました。わたしはまだ、彼がウイルスの研究者という線を捨てていません」


「じゃあなにか? あやつは吸血鬼で、先祖の復讐をたくらんでいるとでもいうんか?」


「そういった可能性もあるということです。なにせウソをついてまで死体を掘り返したわけですし、医療目的の研究なら、どこかのラボに所属しているはずです。まぁ、お墓の中にお宝でも埋まっていれば、別の話になりますが」


「つまりは「物取り」だった場合ねぇ」


 ゆららが割り込み、「どうなのぉ、カミちゃん?」と、尋ねる。


「う~ん、ヤツが金に困っとるなんて聞いたことないぞ」


 カミールは頭を抱えながら返答した。

 実際、このあたりの墓地に高価なものは埋まっていない。


「となるとますます気になります。彼がなぜあんなことを言ったのか? わたしたちに何を隠しているのか? カミらん、それをはっきりさせませんか?」


「そうは言っても、どうすればいい? やつは自分から話そうとせんのだろう?」


「家の中を見せてもらうんです。彼が研究者なら、かならずどこかに痕跡が残るはずです」


「徹底的に調べるということか?」


「事件との繋がりは不明ですが、このモヤモヤを解消するには一番かと」


「……わかった。我も同行する。なにもなければいいんじゃが……」


 カミールの心は揺らいでいた。

 悪いやつには見えないが、ウェルモンドの行動には違和感を覚える。

 だからこそ、迷子の仮説を検証する必要があるだろう。

 今回の事件に関わりがあれば大変だ。仮に犯人だとしても、まずはじっくり話を聞くつもりでいた。なにか深い事情があるのだろうと、そんなことを思っていた。


「――――?」


 そのとき。

 遠くでなにか聞こえた気がして、カミールは振り返る。


「どうしたんです?」


「いや、いまなんか人の声が――」


 カミールはさらに耳を澄ませる。


 ――――。


 やっぱり聞こえる。人の声だ。


 悲鳴。

 遠くから女性の悲鳴が聞こえる。

 風に乗ったその声はうららとゆららにも届いたようで、数瞬おくれて迷子も状況を察した。


「迷ってる場合じゃありません!」


 一同は声のほうへと駆け出す。

 その先で待ち受けるのは、彼女たちの動揺を誘うには充分すぎる光景だった――

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