↓第21話 イレギュラーな人物

「ひ……ひゃ~……!」


 道の向こうには大量の羊がいた。

 その中心に女性がいて、服を引っ張られならが揉みくちゃの状態だ。

 旅行者だろうか、傍らには大きなキャリーケースが置いてある。


「たっ……たすけて~……!」


 たじろぎながら顔を見合わせる迷子たち。

 しかし放っておくわけにもいかず、羊の中から女性を引っ張りだした。

 しばらく手を突いてゼェゼェと息を荒げる女性。

 迷子は近くに寄り、声をかけた。


「だ、大丈夫ですか?」


「うあ……いや……イヤリング……」


「へ?」


「片方が……ど、どこかに……」


 女性はジェスチャーを交えて伝える。

 耳につけていたイヤリングをなくしたらしい。


「……むむ?」


 迷子は目を細める。

 ふと視線の先に、キラリと光るものがあった。

 羊の毛の上に、宝石がついたイヤリングが見える。


「あの、これですか?」


 素早くそれを回収すると、迷子は女性に渡してみる。


「あ、ありがとうございます。道の途中で羊に絡まれ、こんなことに……」


 女性はイヤリングを耳につける。


「えと、落としたのは一つですか?」


「あ……もう一個は数日前になくしちゃって、今は片方だけつけているんです」


「そうでしたか」


 そんな女性は、よく見ると見覚えがあった。

 ニットにスラックスといったシンプルな出で立ちで、上着にはなぜか白衣をまとっている。メガネの下には大きなクマがあり、疲労の色が窺えた。

 なにより覚えているのは、その美人な顔立ちよりも、赤くて目立つ長い髪の毛だ。


「あなたは――」


 迷子は思い出す。ビリーの部屋にあった写真立て。そこに写っていた人物だ。


「あの、ビリーさんのお友達ですか?」


「……え?」


「大学の同期ですよね? わたしは才城迷子といいます。日本で探偵をやっているんですが、森の近くでビリーさんと話していたのを見かけたもので」


「あ、その……」


「ビリーさんには事件の捜査に協力してもらっているんです」


「……じ、事件って?」


「あ、すみません。いっぺんに喋っちゃって」


 迷子の言葉に、女性は少し困惑したような表情を見せた。


「だ、だいじょうぶ、です。ニホン語わかります、から……」


 そしてメガネの位置を直すと、訥々と言葉を紡ぎはじめた。


「わ、わたくしは『エリーザ』といいます。ちょっとした観光に来ていまし、て……」


「観光ですか。トランシルヴァニアは魅力にあふれていますもんね」


「はい。さっきは助けてくださり、ありがとうございました」


「いえいえ。大学ではいまでも研究を? 一部の機関では実用化に向けた研究が行われていると聞きますが」


「あ……いや、それは」


 すると彼女は、動揺したように視線を泳がせた。


「す、すみません。わたくしはこれから、宿のチェックインがあります、ので……」


 そして腕時計を一瞥すると、慌てて重たそうなキャリーケースを起こす。

 取っ手を握ると一礼し、そそくさとその場を去ろうとした。


「あ、エリーザさん!」


 そこで迷子は、彼女の背中に呼び掛ける。


「ビリーさんとは何の話を?」


 エリーザの足がピタッと止まった。

 少し俯いたまま口を開き、


「た、ただの昔話……です」


 そう言って、足早に立ち去ってしまった。

 数瞬、沈黙が満たす。


「なんだったんだ、あいつ?」


「人見知りなかんじねぇ」


 誰もいなくなった道の先を見つめながら、メイド二人がつぶやく。


「あやつほんとに観光か?」


 腕を組むカミールに、「気になりますか?」と迷子が問う。


「なぁ~んか匂うぞ、きな臭いニオイじゃ。吸血王の嗅覚がそう告げとる」


 中二病の勘がなにかをキャッチする。そこへ迷子が鼻を近づけ、


「スンスン……そうですか? わたしには甘くておいしそうなニオイしかしませんが」


「って、我を嗅ぐなぁ!」


 カミールは、ふざける迷探偵にツッコミを入れた。


「スンスン……でもまぁ、あいつと話してた内容は気になるよな」


「ええい! ギザ歯も便乗するでないッ!」


「スンスン……カミちゃんも見たでしょ? 車で移動してるとき、なんか密会してるって雰囲気だったしぃ? ただの観光っていうのはウソなのかもぉ」


「だからおまえらはァ……」


 さりげなく便乗するうららとゆららに、プルプル震えだすカミール。

 そして爆発したように両手を振り上げ、


「くだらんことやってないで、は・な・れ・ろッ!」


 ニオイを嗅いでいた三人は、ササッとその場から離れた。


「とにかく聞き込みじゃ! ウェルモンドは仕事中じゃから一旦置いといて、そのあいだにビリーに会って話を聞くんじゃ。あのエリーザとやら、我らになんか隠しとるじゃろ!」


「まぁ、質問をかわしているかんじはありましたね。ビリーさんもわたしたちに隠し事をしているとしたら、エリーザさんのことも含めて質問してもいいかも」


「いくぞアホ毛! 善は急げじゃ!」


 意気込んだカミールはズンズンと歩みを進める。

 とりあえず迷子たちも続き、ビリーがいる羊小屋のほうへと向かった――

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