↓第19話 かなり広い敷地の謎
やってきたのは、かなり広い牧草地だった。
その土地の一部を、頑丈な鉄柵が広い範囲で囲っている。
こののどかな土地柄には、似つかわしくない光景だ。
しかも一定の間隔で監視カメラが設置されている。見たところ私有地のようだが、奥のほうに動物を飼う
「おい、アホ毛!」
声をあげてカミールが指を差す。
少し離れた場所から、大きなブラウンベアが逃げていくのが見えた。
それ以降、銃声の音は聞こえず、どうやら誰かが威嚇射撃を行ったものと思われた。
「……静かになりましたね」
迷子は耳を澄ます。うららとゆららは鉄柵の網を覗きながら、内側の土地を観察した。
一見、農場のように見えるが、生き物の気配はない。
やがて向こうから一台の車が走ってきた。
「おーい! おまえらなにしてる!」
黒いSUVの高級車から顔を出したのは、猟銃を手にした男だった。
少し目が虚ろな、ヒゲ面の不健康そうな男だ。
鉄柵の内側で車を停めると、降りてこちらに歩み寄る。
「……んん? なんだウェルモンドじゃねーか。さっそく修理をたのむ」
「さっきの銃声といい、またクマにやられたのか?」
「そうだよ、鉄網の外からガンガン揺らしやがって! あんまりひどいからコイツでビビらせてやった!」
男は猟銃を構えてみせると、目を細めて迷子たちを睨め回す。
「んん? 城んとこの嬢ちゃんと……今日は見ねぇ顔がならんでやがるが?」
「こんにちは才城迷子です。日本から来ました!」
「あたしはディス・イズ・ニンジャ!」
「右に同じくぅ」
三人の簡単な自己紹介に、男は警戒した様子でアゴ髭をなでた。
「……ウェルモンドの知り合いか?」
「そんなところだ」
「……」
訝しむ男。
カミールは小声で迷子たちに説明する。
(こやつは『ベベ』。ここで農場をやっとる)
(農場? なにもいませんけど……)
(ヤツに聞いてみろ)
カミールは目配せする。
迷子は振り返って質問してみた。
「やけに広いですね。ここではなにを飼育しているんです?」
「鳥や羊だよ」
「そうですか。でも、動物がどこにも……」
「奥の厩舎に避難してんだよ。クマやオオカミに喰われちまうからなァ!」
そう言って不機嫌そうに舌を鳴らすと、
「このあいだなんか鳥をオオカミにやられた! これだけ頑丈な柵でも、穴ぁ開けられたら終わりなんだよ!」
害獣対策で鉄柵を立てているようだが、必ずしも侵入を防げるというわけではないらしい。
穴が開くたびに、ウェルモンドに修理を依頼しているものとみた。
「そうですか、これだけ広い土地を管理するのもたいへんですね」
「フン、そういうこった」
「あ、ついでなんですけど、この間の事件についてなにか知りませんか?」
「ああン?」
「変死した100頭の羊です。今のところ手掛かりがなくて、知っていることがあればぜひ」
それを聞いた途端、男の目つきが鋭くなる。
あきらかに警戒の度合いが増したように見えた。
「おまえ、あの件を探ってるのか?」
「はい。なにせ探偵ですから」
「探偵……」
ベベは頭をボリボリと掻いて、舌打ちをはさむ。
「悪いがオレは忙しい。さぁ帰った帰った!」
「ええっ? あの、ちょっと――」
取り入ろうとする迷子の言葉を遮り、ベベは手のひらで払うような仕草をする。
そして鼻息を荒げると、鉄柵の扉を開けてウェルモンドを内側に引き入れた。
早く仕事をしろといわんばかりの態度だ。
「…………」
ウェルモンドは軽くため息を吐くと、「なにかあったらここに」と、連絡先を書いた紙を渡す。そして渋々ベベの車に乗ると、修理する現場へと走り去った。
「……行っちゃいましたね」迷子が遠くを眺めていると、
「それにしてもなんだあの態度?」うららは不満そうに腕を組む。
「なんか敵意剥き出しってかんじだったけどぉ」ゆららは頬に手をそえてぽそりと呟いた。
カミールが腰に手を添えて口を開く。
「ヤツは数年前にこの地に移り住んだクチじゃ。やたら警戒心が強くて人と関りを持とうとせん」
「そのときから農場を? こんな広い土地を買って?」
迷子の質問に、カミールはこう続けた。
「ようわからん。先に鉄柵と厩舎の工事がはじまったのは覚えとる。じゃが生き物の気配はなかった。工事が終わったあとも、しばらくは生き物の気配がなかったぞ。まれに逃げ出したニワトリがおったくらいか?」
「ベベさんは、あの大きな厩舎で飼っていると言ってましたね」
「そうじゃな。ちなみに我もウェルモンドも、あの中に入ったことはない。ヤツは獣どころか人間すら基本、近寄らせんからな」
「……むむむ、ニオイますねぇ」
「なんじゃ?」
「いえ、『家畜が襲われて鉄柵を建てた』のならわかるんですが、『家畜が襲われていないのに鉄柵を建てた』んですよね? 彼はいったい、なにからこの場所を守ろうとしているのでしょう?」
「考えすぎじゃろ。単なる人嫌いじゃ」
そこで疑問を持ったゆららが会話に入る。
「そうはいってもぉ、警戒しすぎじゃなぁい?」
周りには、鉄柵に取りつけられた無数の監視カメラ。
どこにいても逸早く対応するための配慮なのだろうが、害獣対策とはいえ、人の侵入すらも拒むような威圧感を覚える。
「む~、どうじゃアホ毛。事件と関係ありそうか?」
「今のところなんとも。怪しさはMAXなんですけど……」
謎の農場を前に、再び捜査は行き詰まった。
「ところでこのあとはどうするんじゃ? ウェルモンドは行ってしまったが」
「あ、じつは一つ確かめたいことがあるんです」
「ほう?」
「4年前にウェルモンドさんが墓石を動かした場所って、どこにあります?」
「んん? 特に変わったことのない草原じゃったが?」
「そこって、さっき行った墓地みたいな感じですか?」
「いや、さっきのはきれいなほうじゃ。草原の墓地は野ざらしというか、基本、人の手が入ることはないからの」
迷子はしゃがんで地面の草を引っ張ると、どういうわけかそのまま黙り込んでしまった。
カミールが不審な目を向けていると、「わかりました」と言って、スッと立ち上がる。
「カミらん、その墓地に案内してください」
「はぁ? なんで今さらそんな場所に?」
カミールが首をかしげていると、
「理由は簡単です」
迷子は確信をもった声で彼女に告げる。
「ウェルモンドさんが、ウソをついているからです」
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