↓第18話 ズレた墓石の真相
ウェルモンドの車はレトロな三輪自動車だった。
彼が運転を行い、助手席には迷子が座る。
残りの三人は後ろの荷台に座り、車は舗装されていない道をガタガタと進んだ。
「……」
「ウェルモンドさんって無口ですね」
「……」
「趣味とかあるんですか?」
「……」
「大工さんは何年目で?」
「……」
「その棺桶みたいなのなんですか?」
「……」
「ウェルモンドさん?」
迷子の質問に対して、ハンドルを操作するウェルモンドは沈黙を貫いていた。
会話もはずまないし、迷子はため息をついて窓の外を眺める。
「……?」
そんなとき、ふと視界に人影が映った。見たことのある人物……ビリーだった。
羊の群れの中にいるが、もう一人誰かいる。
後ろ姿だが、長く赤い髪の女性だとわかる。
なにか話しているようだが、ビリーの表情は深刻そうだった。
「あの人どこかで……」
違和感を覚えながらも、視界はどんどん流れていく。
迷子は赤髪の人物を思い出せず、次第に車は森の中へ入った。
やがてビリーたちは見えなくなる。
「なぁ、迷子。さっきのビリーっちじゃね?」
すると窓の外から、ひょこっとうららが覗いてきた。
ゆららやカミールも、赤髪の女性が会話する姿を目撃したようだ。
そんなうららを一瞥して、ウェルモンドが忠告する。
「ミズ・ユララ。頭を引っ込めないと舌を噛むぞ」
「心配すんな根暗。あたしはディス・イズ・ニンジャだぜ!」
と、そのタイミングで車体がガクンとバウンドする。
窓枠で頭を打ちつけたうららは、「うげっ!?」と思わず声を漏らした。
「危ないですようららん。いいから後ろに戻ってください」
「うう……」
主人の忠告に、しぶしぶ頭を引っ込めるうらら。
車は森を走り、小川のほうへと向かった――
☆ ☆ ☆
川のせせらぎと鳥のさえずり。
静かな木漏れ日がスポットライトのように車を照らす。
「さぁ、もうすぐだ」
車を停めたウェルモンドは、小川の側に置いてある長く平たい木の板を担ぎはじめた。
一同はなにがはじまったのかと訝しんでいたが、その答えはすぐにわかった。
「これを小川に架ける。しばらく待て」
板の予備は、向こう岸にもあった。
足場がないこの場所では、反対側に渡る際にこの板を使うらしい。
「さ、もう少しだ」
木の板を並べ終えると、再び車に乗り込むウェルモンドたち。
車は向こう岸へと渡り、やがて森を抜ける――
☆ ☆ ☆
「ついたぞ」
車は森を出てすぐのところで停まった。
そこには文字が彫られた石造がいくつもならんでいる。
つまりは墓地だ。
人の手が行きわたっているようで、敷地内には草ひとつ生えていない。
最近できた場所らしいが、しかしあちこちの墓石が倒れたり、土が掘り起こされた形跡がある。
「こ、これは……?」
迷子が疑問の目をウェルモンドに向ける。
すると彼は黙って墓石に手を添えた。
「ここを見ろ」
そこには荒々しく、石が彫刻みたいに大きく削れたあとがある。
「クマだ」
「くま?」
「このあたりにはブラウンベアが生息している。ときおりこうして墓石を倒し、死体を引っ張り出すことがあるんだ」
「じゃあ、これはそのときの爪あとだと?」
「4年前のあのときも、墓は無造作に荒らされていた。俺はそれを戻しただけだ」
「戻したって……掘り起こしたんじゃないんですか?」
「子熊の足跡をごまかすためだ」
ウェルモンドは、そっと地面をなぞりながら話す。
「墓を荒らしたのは子熊だった。住民が地面に残ったそれを見つければ、いずれ子熊狩りがはじまるだろう」
「じゃあ、ウェルモンドさんは子熊を殺さないために?」
「俺はそういうのが苦手でね」
彼は目深に帽子をかぶり直す。
「それで黙っとったんか」
カミールがため息を吐き、横目で一瞥した。
「でもウェルモンドよ、お前の部屋にも猟銃があるじゃろ? 身を守るためならお前だって子熊を殺すんじゃないか?」
「いざというときはそうするかもしれない。だが、この弾は本当に必要なときに使うべきだと思っている」
ウェルモンドはポケットから出した銀色の弾丸に目を細める。
それを見た迷子が、「無闇に殺生は避けたいと?」と尋ねると、
「子熊には兄弟がいたんだ」
ウェルモンドは唐突にそう答えた。
「もしここで片方が死ねば、もう一匹は一生悲しむんじゃないかって。理由はわからないが、唐突にそんな感情が湧いてきた」
「ウェルモンドさん……」
「不思議だった。勝手にそれが兄と弟に見えた。俺に兄弟はいないのに、なぜあんな感情が湧いたのか、今でもわからない」
沈黙と共に墓地に風が吹き抜ける。
複雑な表情のウェルモンドに、カミールが声をかけた。
「エモいなぁお
「ミズ・カミール……」
「そんなことなら早う言うてくれ。お主は子熊を守ろうとしただけじゃ。そうじゃろ? ダイナミックコミュ障は相変わらずじゃな!」
そしてからかうように、彼の背中をバシバシと叩く。
ウェルモンドは気まずそうに、視線を逸らしていた。
「これで4年前の件は解決じゃな。アホ毛よ、そういうことじゃから――」
カミールが言いながら振り返ると、迷子はしゃがんで地面を撫でていた。さらに立ち上がり、墓地を見渡しながら黙考している。
「……アホ毛?」
「――あ、いえ、なんでもありません。ウェルモンドさん、話してくれてありがとうございます」
迷子はパンパンとスカートを払うと、お礼を述べた。
「俺から言えるのはそれくらいだ。というか、本命は事件の聞き込みなんだろ? すまないが、俺が知っていることはなにもない」
「なにかちょっとしたことでもいいんですが」
「悪い。本当になにも知らないんだ」
首を横に振る彼を見て、聞き出せることはなにもなさそうだと思った。
そこで迷子は、質問を変えてみる。
「そういえばウェルモンドさん――」
「なんだ?」
「ブラッディティアーについて、なにか知っていることはありませんか?」
「ブラッディティアー……」
「今回の事件には、ウイルスが大いに関係しているんじゃないかと。犯人はブラッディーティアーに精通した人物。そんな気がするんです」
この問いに、ウェルモンドの表情が心なしか強張る。
迷子と視線を合わさずに、彼はこう返答した。
「ブラッディティアーのことは俺も知っている。だが、世間で認知されている程度の範囲でだ。医療のことは専門外だし、なんなら医者にでも聞いてくれ」
「ほんとになにも知りません?」
「これが医者に見えるか?」
金槌を持って見せるウェルモンド。
彼が知らないというのなら、これ以上疑いの目を向けることもできず、
「……わかりました」
迷子は「研究者なのでは?」という疑惑をいだきつつも、これ以上の言及を避けた。
「すまない、俺はそろそろ仕事があるんだが」
「ああ、そうですね。すみません、ご協力ありがとうございました」
そしてウェルモンドは車に乗ろうとしたのだが。
丘の向こうから「ドォン!」と乾いた音が響く。それはあきらかな発砲音。
森とは逆の方向だが、クマでも出たのだろうか? だとしたら人が襲われているかもしれない。
うららとゆららは逸早く荷台に飛び乗り、車を出せとウェルモンドに合図する。
エンジンがかかると同時、迷子とカミールは転がるように荷台に飛び乗った。
住民が襲われていないことを祈りながら、車は銃声のするほうへと向かう――
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