↓第15話 ィィイモォぉぉぉタルな犯人

 初日の捜査は進展のないまま終わった。

 城に帰った迷子たちは、夕食までの時間を各々過ごす。

 しばらくしてやってきた執事たちに連れられて食堂につくと、シチューのにおいが鼻孔をくすぐった。


「さぁ下等眷属どもよ! 存分に喰らうがいいッ!」


 イスの上で中二病くさいポーズをキメるカミールを無視して、一同は「いただきます!」とスプーンを手に取る。

 皿の中を覗いたカミールが、ぎょっとした表情で声を上げた。


「おいネーグル! なぜ我の皿だけトマト入っとる!?」


「好き嫌いしては背が伸びません」


「おまえオカンか! もっと肉をよこせ!」


「大丈夫です。ほら――」


 するとネーグルがトマトをすくってカミールの口に入れる。

 最初は複雑な表情をしていたのだが、


「はむっ!? ……モグモグ」


「どうです?」


「うまー! なんじゃこれ!? おまえオカンか!?」


 それは驚いた表情に変わり、カミールは絶賛した。


「こっちはピーマンのラム肉詰めです」


 今度はアルヴァがフォークで刺して、肉詰めを主人の口に運ぶ。


「はむはむ……。はむ!? なんでじゃ!? 我、ピーマン食べれる!?」


「よかった。お口に合ったようですね」


 その表情を見れば一目瞭然。

 カミールに内緒で仕込みをしていた甲斐があったようだ。


「はーっはっはっはー!、トマトとピーマンを倒した我にこわいものなどないッ! この皿、支配してくれよう!」


「おかわりですね」と、ネーグルはカミールの皿を持ち、追加のシチューを入れる。


 一方でうららは、


「しかしほんとうまいな、これ!」


 と、スプーンを口に運ぶ手が止まらない。

 ゆららも、


「ほんと、お二人からレシピを教わりたいわぁ」


 と、料理を絶賛だ。

 迷子は口のまわりをシチューだらけにしながら、無言でスプーンを口に運ぶ。

 そんな彼女に、カミールが水を一口飲んでから声をかけた。


「んぐ……ところで捜査のほうはどうじゃ?」


 言われた迷子はしばらく宙を仰いでから答える。


「はむはむ、とくに進展は……ないですねぇ」


 だが、ふと思い出したように手を止めると、


「――いえ、そうでもありませんでした」


 持っていたポーチから、あるものを取り出した。


「なんじゃそれ?」


「教会のタブレットですよ。さっき読んでたんです」


「なにかわかったんか?」


「わたしの予想ですが、犯人は昔の出来事を模倣しているんじゃないかと思うんです」


「どういうことじゃ?」


「これを見てください」


 迷子は起動した端末の画面を見せる。


「ブラッディティアーの研究内容が、今回の事件と似ているんです」


「似ている?」


「ほらここです。実験のために100頭の羊を使ったらしいんです」


 言いながら指を差して説明する。


「実験に使った羊はミイラになるまで経過観察をおこない、状態を調べたそうですよ」


「じゃあなにか? 散りばめられたミイラは、ウイルスの実験に使われたと?」


「実際、死体から腐敗臭がしなかったことを考えると、可能性はあるかと。……ただレポートによると、ウイルスが涙腺から体外に出つくしたあと、感染の証拠は残らないそうなんです」


「要は鑑識による鑑定がむずかしいってことねぇ」


 さらりと口を挟むゆらに対し、「そうです」と迷子が返答する。


「む~、それじゃあアホ毛の推測の域を出んということか」


「それでもなんか匂うんですよねぇ。ここまで手の込んだことをするからには意味がある。犯人はブラッディティアーになにかしらの思い入れがあると、探偵の勘がそう告げています」


「でも迷子。死体ってそんな早く乾燥しねぇんだろ?」うららが干し肉をブチっと噛み切りながら喋る。


 ブラッディティアーに腐敗を促進する効果はない。それはアンヘルも言っていたことだ。


「それに100頭なんて、どこに閉じ込めておくのぉ? そんな広い研究施設、このあたりにあるぅ?」


 続いてゆららも疑問を投げる。

 たしかにそんな研究をすれば、目立って住民に気づかれるだろう。

 これに対してカミールは、「そんな場所ないわ」と即答して続けた。


「というか100頭の羊をどうやって傾斜に集めたんじゃ? 一晩じゃぞ? こればかりはウイルスでどうこうできまい」


「そこなんですよねぇ。犯人が100人くらい集まればべつですが……」


 しかし大人数で犯行を行えば、人に発見されるリスクは高まる。

 教会の裏で100人の犯人が作業を行うなど、現実的ではない。


「けっきょく人間にはムリという結論に戻ってしまいます。ほんとうに吸血鬼が復活を果たしてしまったんでしょうか?」


「けど迷子、吸血鬼が目覚めたとして、なんで羊を100頭殺すんだ?」


「簡単ですようららん。お腹がすいたんです」


「え?」


「寝起きの身体はエネルギーを欲します。朝食を抜いちゃった日はお昼までもちません。わたしなんかステーキ三皿はいけます」


「それわかるぜ!」


「姉さんもメイちゃんも食べすぎと思うけどぉ……」ゆららが二人に向けて困った視線を向ける。まぁ、食欲は人それぞれではあるが、迷子はこう続ける。


「吸血鬼は100頭の羊を隠しておいて血を吸います。堂々と吸ったらバレて大騒ぎになりますからね。お腹がいっぱいになってひと眠りしたら、あっという間に夜。吸血鬼の力でミイラにされた羊は、さりげなく傾斜にバラ撒いて土の肥やしにします!」


「なんで最後エコなんだよ」


「というかやっぱり食べすぎねぇ……」


 うららとゆららにツッコまれる迷探偵。

 カミールも白けた目を向けて、


「む~、なんかムリのある推理じゃが……でも、さっき言うとったように100頭も隠しとくなんて不可能じゃないか?」


 迷子はしばらく考えた挙句、強引に結論を口にした。


「と、とにかく吸血鬼は動物に姿を変えるといいます! きっと今もどこかで姿を変え、わたしたちの血を狙っているかもしれません!」


「メイちゃん、いつもどおり推理が迷走してきたんだけどぉ……」


「たいへんですよゆららん! 血を吸われたら、わたしも眷属の一人にされてしまいます!」


 周りから向けられる視線が、スープが冷めるくらい冷たい。

 迷探偵の推理は、もはや寸劇を聞かされているレベルだ。

 そんなとき、テーブルの下に小さい影が横切る。それはネズミだった。


「ぎゃー! 吸血鬼ですー!」


 慌ててゆららに抱きつく迷子。

 ゆららは「よしよーし」と主人の頭を撫でながら宥め、それを見たカミールは肩をすくめた。


「とにかく進展はないようじゃが問題ない。仮に吸血鬼が現れたとしても、我の力で眷属の一員に変えてやるぞ! ふはははー! 血の涙を流すがいいッ!」


 スプーンを持ってイスの上で中二病ポーズをキメるカミール。


「我、きまった」と満足気な表情の主人の口元を、ネーグルは横からそっとナプキンで拭った。


「ということで夕食の続きじゃ! さぁ、皆のもの、冷めるまえに食べよ!」


 カミールは再び皿を空にして、おかわりを要求する。

 ネーグルは皿を受け取り席を立つと、「のちほどデザートをお持ちします」と言って厨房へ向かった。


「……吸血鬼が姿を変える、か」


 そして食堂を出る瞬間、独り言のようにそんなことを呟く。

 どこか物悲しい過去を見るように、彼はメガネの奥でスッと瞳を細めた――

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