↓第14話 テラスから覗く客人
「え、教会の?」
ビリーは草原に腰を下ろして、羊の群れを眺めていた。
ちょうど休憩をしていたらしい。
「古書の内容が気になりまして」と、迷子。
「そっか。とりあえず修理は済んだけど、タブレットは家にあるんだ」
ビリーは腕時計を一瞥すると、立ち上がり後方に振り返る。
「親方~! お・や・か・たぁ~!」
「ああン?」
「探偵さんが資料を見たいそうなんですが――」
「…………」
ソルは髭を撫でたあと、軽く手を払う仕草をして羊のミルク運びに戻る。
ビリーはペコリを頭を下げ、迷子に向き直った。
「大丈夫みたいです」
「よかった! さっそくお伺いしましょう!」
「ストップじゃアホ毛! 我はそろそろ城に帰らねばならぬ」カミールが突然、そんなことを言う。
「え、なんかあるんですか?」
「夕食の支度じゃ。ネーグルとアルヴァのやつ、我がいないと勝手にピーマンとかトマトとか入れるんじゃ!」
「いいじゃねぇか。うまいんだし」
「よくないギザ歯! 野菜のヤツら、我の夢に出て追っかけまわすんじゃ!」
「カミっちって、おもしろいよな……」
「油断できぬ! 夢の世界でも我に立ちはだかるとは!」
「ふふ、じゃあカミちゃんが食べちゃえばいいんじゃなぁい?」横から覗き込むゆらら。
「サラっと恐ろしいことを言うな! 吸血鬼は肉があればいいのじゃ!」
「血じゃねぇのかよ……」
「うるさいぞギザ歯! とにかく我はネーグルとアルヴァを見張る! あとはたのんだぞ!」
慌ただしくカミールは去り、数瞬のあいだ沈黙が満たす……。
「それじゃあ、わたしたちだけで行きますか」
ビリーに案内をたのみ、一同は直ったタブレットを取りにいった――
☆ ☆ ☆
「ここです」
羊小屋から少し歩くと、ビリーの家についた。
ウェルモンドの家みたいに、木で出来た小さな家だ。
「おじゃましまーす」
中に入ると、たくさんの本が積まれてあった。
大学時代に使っていたものか、難しい内容のものだ。
ベッドの側には、いくつかのゲーム機が置かれている。
「ええと――」
ビリーはベッドのそばに置かれていた教会の端末を取ると、迷子にそれを差し出した。
「ボクはもう読んだから」
「ありがとうございます」
迷子がペコリとお辞儀をすると、窓の外でコンコンと音がした。
なんだろうと思い、そのまま背伸びして外を見る。
「……――おわーっ!?」
するといきなり羊が顔を出してきたので、大きくのけぞった。
後方によろめき、棚に頭をぶつけた拍子に上から写真立てが落ちてくる。
「だ、だいじょうぶ?」
「うう……すみませんビリーさん。吸血鬼かと思いました……」
「いつもボクを追っかけてくるんだ。名前は『ダン』」
ビリーは上下に開閉するタイプの窓を、ガタガタと揺らしながら開ける。
すると羊は頭をこちらに突き出してきた。まるで撫でてほしいと言っているようだ。
「親方のところで飼ってる羊ですよね?」と、迷子。
「そうだよ、草原を移動するときだけじゃなく、家にもついてくるんだ」
「ダンって言ってましたけど判別できるんですか? あれだけの数がいるのに?」
「もちろん。不思議だよね、雰囲気っていうか毎日接しているうちにわかるようになるんだ」
ビリーは言いながらダンの頭をなでる。
心が通じている。そんな感じがした。
「あ、すみません。棚のものを落としちゃって――」
迷子はさっき落とした写真立てを拾い上げる。
そこには白衣姿の男女たちが写っていた。
「これは大学時代のものですか?」
「ああ、研究してたころのね。記念に飾ってあるんだ」
昔の仲間たちらしい。
メガネをかけた赤い髪の女性が、ビリーのとなりで笑っている。
「ちなみにこの背が高い男性が教授だよ。『ダリー・ザーフィル』って言って、ブラッディティアーの第一人者なんだ」
「ザーフィル? たしかウイルスを最初に研究した人もその名前でしたよね?」
「よく知ってるね。ダリー教授はゼノ・ザーフィルの子孫なんだ」
「へぇ、この人が」
「かなり優秀さ。だけど研究のことになると周りが見えなくなるんだよ」
「マッドサイエンティスト的な?」
「そうだね。他人の意見を聞かないから、衝突もけっこうあったし」
昔を振り返るビリーに、迷子は尋ねた。
「ラボは解散したと言っていましたが、教授は今も研究を?」
「あ、それが……」
するとビリーは口ごもり、視線を気まずそうにそらす。
資料に混じって積まれた古新聞を拾い上げ、ゆららが小さく呟いた。
「『死んだ』、のねぇ?」
そこには『4年前に起きた焼身自殺』の内容が書かれていた。
ビリーは静かに頷き、
「その日は電話で呼び出されたんだ。なんだか様子がおかしくて、駆けつけたときには、もう……」
記憶を辿るように、慎重に言葉を選びながら語りはじめる。
「教授はすでに燃えていたよ。赤い炎に包まれて……橋の下に落ちたんだ」
当時、現場のそばにいた人もそれを目撃したようだ。
上着や免許証、研究室のカードキーなども橋の上で発見されたとのこと。
「教授はなんで自殺を?」迷子は問う。
「研究で悩んでいたとかストレスに耐え兼ねたとか、ウワサは尽きないけど本当のところはわからない。永遠の命を謳うブラッディティアーを危険視する声は多かったし、得体の知れないものに後ろ指を差す人がいたのも事実だよ」
「未知のウイルスは脅威ってわけか」
うららがそんなことを呟く。
ビリーは言葉を続けた。
「まぁ一歩間違えば細菌兵器だって作れるかもしれないしね。資金が断ち切られるのは、時間の問題だったのかもしれない」
そして下を向くと、口を閉ざして青ざめた顔になる。
「ごめん、少し気分が……」
「すみません、思い出させてしまって」
「いいんだ。少し仮眠をとるよ」
冷や汗を額に滲ませ、ベッドの上に横になるビリー。
迷子たちはこの場を離れることにした。
「それではお大事に。タブレットありがとうございました」
「ああ、またね」
静かに扉を閉めて、迷子たちは去った。
まもなくして羊のダンが、心配そうに部屋を覗いてくる。
ビリーは少し身体を起こし、窓の外に手を伸ばした。
「…………」
ダンの頭を撫でながら、新聞の表紙を深刻そうに眺める。
このときビリーは、あることを決断しようとしていた――
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