↓第12話 デーモンじゃありません。吸血鬼です。

「ブラッディティアー。ビリーさんが大学で研究していたウイルスですね」


 迷子の言葉に、アンヘルが頷きを返す。


「ええ。ビリー君もこの分野に興味があるようで、書庫の本を読みたいと教会に通っていました。ちなみに研究の記録はかなり昔からあったようですが、やはり完成には至らなかったようです」


 本をかざすアンヘルに、ゆららが質問する。


「そもそもこの土地で研究されてたものなのぉ?」


「はい。この本の著者でありブラッディティアーの研究者、『ゼノ・ザーフィル』は、この地を拠点に活動していたようです」


「そのゼノさんという方は、なぜ研究をはじめたのでしょう?」


 迷子の質問に対し、アンヘルは「そうですねぇ……」と少し考えてから言葉を続けた。


「書物を読む限りでは、「生」への執着があったように思えます。なにやら一族を繁栄させるための手段を欲していたようで」


「繁栄ですか?」


「信憑性はともかく、その他の書物からはこの地でおきた歴史が記されています。そこにあったのは、「人間」と「吸血鬼」の対立でした。ゼノは自らを吸血鬼と称していたようで、自分たちを迫害した人間につよい恨みを持っていたのだとか。人間を滅ぼし、吸血鬼だけの世界をつくろうとしていたようです」


 それを聞いた迷子は、少し黙り込む。

 と、そこでうららが口を開いた。


「ガチで吸血鬼がいたのか? カミっちみたいな中二病じゃなくて?」


 するとカミールは、


「なんだその目は! ギザ歯め、血の涙を流すがいい!」


 うららの膝をゴスゴスと蹴った。

 二人はさておき、アンヘルは話を続ける。


「実際、吸血鬼の見た目は人間と異なっていたそうです。尖った耳と鋭い八重歯。瞳の色は赤く染まっていたのだとか」


「なんだそれカッケー! もしかして今もどこかで生きてんのか!?」


「まぁ、吸血鬼の寿命は長いといいますからね。古書の記録を見ても彼らは人間より長く生きたと記されています。ひょっとしたら私たちの生活にまぎれているかもしれません」


 そして冗談っぽく笑うアンヘル。

 が、すぐに表情を改めて続きを補足した。


「ちなみにゼノは、思想に反する者たちの命を容赦なく奪ったとも伝えられています。目的のためには手段を選ばない。彼の弟子『ハリー・ブロートン』によれば、ゼノは人間の住む街を焼き払ったと伝えています」


 アンヘルは歩きながら続きを話す。


「そんな彼は謀反を企てた際に命を落としたそうなのですが、ハリーの手記がのちに広まり、ゼノは『流血公』と呼ばれるようになりました」


「まるで小説みたいな話ねぇ……」と、ゆららが頬に手をそえる。

 話を聞きながら迷子が浮かない顔をした。

 うららが「どうした?」と声をかける。


「仮にその話が本当だったとして、たがいに歩み寄る道はなかったのでしょうか……」


 その言葉を受けて、アンヘルは静かに口を開いた。


「ここで話したことはあくまで伝承……と言いたいところですが、記述には妙なリアリティがあります。それこそフィクションとは思えないほどに。いずれにせよ、争いのない世界が理想でしょう。人々が血を流すなど、想像するだけで胸が痛みます」


 そう言って本の表紙をそっと撫でた。


「さて、余談ですがこの本には動物を用いての実験記録が記されています。ウイルスは変わった性能をもっているようですよ」


「変わった?」


「ええ、どうやら宿主が死亡した場合、その個体を放置しても腐敗臭がしないそうです」


 それを聞いた迷子は少し考えたあと、カミールに質問した。


「カミらん、羊のミイラを発見したときにニオイはありましたか?」


「そういえばなにも感じなかったぞ。びっくりしてニオイどころではなかったというのもあるが」


「アンヘル神父はどうでした?」


「そういえば私も感じなかったような気がします」


「……なんかニオイますねぇ。100頭ものミイラですよ? 誰もにおいを感じないことなんてありますか?」


「じゃあメイちゃん、羊にはウイルスが使われたってことぉ?」


「あくまで仮説ですが、その場合、犯行は人間の仕業ということになります」


「でも迷子、そんなたくさんの羊を、どうやって一晩で持ってきたんだ?」


「う~ん、それはわかりません」


 そこでアンヘルが、さらに疑問を投げた。


「一つ問題があります。ウイルスに感染したとしても、死体の腐敗が促進することはないそうです。一日や二日でミイラをつくるなんて、はたして可能なのでしょうか?」


「むむむ……やっぱり今回の事件は吸血鬼の仕業ですか?」


 迷子は頭をかかえる。

 やはり事件の手掛かりになるようなきっかけをつかめない。


「ひとまずウイルスの知識は役に立つかもしれません。アンヘル神父、どうしても古書をお借りすることはできませんか?」


「それならご心配なく。貸出は無理ですが、鑑定の終わった本は内容をアーカイブに保存してあります。教会の端末――タブレットで自由に閲覧することができますよ」


「やったー!」


「――とはいえ、このあいだ床に落としてしまって……」


「え? 故障したんですか?」


「幸いビリー君がその類に精通しています。すぐに修理を依頼しました」


「つまり、あいつが持ってんだな」と、うらら。


「ひょっとしたらもう直っているかもしれません。尋ねてみるといいですよ」


「わかりました、さっそく聞いてみます!」


「おいアホ毛! ウェルモンドのことも忘れんな!」と、カミールが迷子のわき腹をつつく。彼の聞き込みも忘れてはならない。


「大丈夫ですよカミらん。わたしを誰だと思ってるんです?」


「もの忘れの激しい迷探偵じゃが?」


「ああメイコさん、タブレットの返却はいつでもかまいません。気の済むまで使っていただければと」


「ありがとうございます! 読み終えたら持ってきますので!」


 こうして迷子たちは書庫を去ることにしたのだが、


「ん?」


 外に出る直前、アンヘルが床に光るなにかを見つけた。

 それは銀のアクセサリのようだった。


「円形の……イヤリングでしょうか? どなたか落とされました?」


「え? みんなつけてましたっけ?」


 迷子は視線で問うが、みんなは首を横にふる。

 アンヘルもイヤリングはつけないらしく、誰のものかわからない。


「とりあえず教会で預かります。心当たりがあればまたお越しください」


 そう言って彼はアクセサリをポケットに仕舞い、迷子たちを送り出す。

 ひとまずタブレットはあとまわしにして、一同は聞き込みのためにウェルモンドの家へと向かった――

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