↓第11話 ッ……! 最高の絶景です!

「……ほんとうに独特なかたちですねぇ」


 やってきた迷子は、傾斜から書庫を見上げる。

 全体が白塗りで長方形の建物は、太くて頑丈な4本の柱に支えられていた。

 高い位置に取り付けられた四角形の窓は、内側から開く仕様で、換気の際に使うらしい。

 アンヘルいわく、室内の広さは約40畳だとか。


「あたりを一周しましたが入り口がありません。どうやって入るんです?」


「フフ、これを使用します」


 アンヘルが持ってきたのは長い梯子はしごだった。

 建物の真下まで持っていき、床底の溝に引っ掛ける。


「傾斜にしっかりと固定して、準備完了です。あとは床底の扉を開けて中に入るんですよ」


「ああ、たしかに扉がついていますね。横にスライドして開くんですか?」


「はい。ちなみにカギはこれです」アンヘルは手のひらより大きなカギを掲げている。


「大きくて重そうですね。真鍮しんちゅうですか?」


「ええ、何せ古いカギですからね。常備するには疲れるので、普段は教会に置いています」


「盗まれたりしないんですか?」


「ハハ、大丈夫ですよ。住民はみんないい人ばかりで、何なら当番を決めて一カ月に一回、書庫の掃除を手伝ってくれているんです」


「信頼しているんですね。しかしなんでこんな面倒くさい入り口を?」


「一種の防犯装置らしいです。大切な書物を泥棒から守るため、簡単には入れない仕組みを作ったのだとか」


「なるほど」


「この教会は古くからこの方法を用いていたようで、私も前任の神父から聞くまで、セキュリティの一環とは思いませんでした」


「前任? というと、以前は別の人がこの教会を管理していたんですか?」


「はい。『セザール・クレマンティス』という方で、この地に移住した私の面倒をみてくれた人です」


「神父は旅行がきっかけで引っ越したからの」と、カミールが付け加える。


 すると迷子が「どこのご出身ですか?」と、質問を返した。


「故郷はアメリカです。この絵画のような風景に魅了され、おもいきって移住を」


「どうじゃ! 魅力的な土地じゃろ!」


 胸を張る彼女に、「なんでカミっちがドヤ顔なんだよ……」と、うららがツッコむ。

 迷子はこう続けた。


「セザール神父にもお話を伺ってみたいですねぇ。教会にはいらっしゃらないんですか?」


「ああ、それなんですが……」


 アンヘルは口籠るように言葉を濁した。

 様子を窺っていたカミールが、空気を読んで口を挟む。


「行方不明じゃ」


「え?」


「セザール神父はいなくなったんじゃ。しかも突然な」


「ど、どいうことです?」


「まるで神隠しじゃった。目撃情報はなく、森や街を捜しても見つかることはなかった」


 暗い顔をして、アンヘルも言葉を添える。


「あまりにも突然だったので、住民の間では吸血鬼に攫われたのではないかと噂が流れたものです」


 そこでうららが口を開く。


「おいおい、昔もヤベェ事件起こってるじゃん」


「なんだか怖いわぁ……」


 ゆららも訝しい表情を見せる。

 アンヘルは話を続けた。


「日頃からセザール神父のお手伝いをしていたこともあり、私が代理を務めることに抵抗はありませんでした。しかし彼がいなくなってから早数年。いまだに行方はつかめていません」


「あれはたしか……ウェルモンドが帰ってきた時期じゃったか?」


「そう、いまから4年前です」


 二人の会話を聞いた迷子は、


「『帰ってきた』というのは?」と、問い返す。


「地元はトランシルヴァニアじゃが、定期的に各地を放浪しとる。本人は大工の修行と言っとるが、なにせ口数の少ない男じゃ。それ以上のことはわからん」


 カミールはそう答えた。

 そしてアンヘルは、


「彼との出会いは衝撃的でした。なにせ月夜に墓を掘り起こしていたのですから」


 そんなことを言うと、迷子は「いったいどういうことです?」と、表情に滲ませた。


「セザール神父がいなくなって数日後のことでした。カミールさんと草原の墓地を捜索していたところ、土を掘り起こす彼と鉢合わせたのです。カミールさんの知り合いとわかり、一旦、話し合いの場を設けることになったんですが、何を聞いても彼は口を閉ざしたままでした」


「このままだとらちが明かんし、理由を言わぬなら我が警察に連れていくと言ったんじゃ。最終的にウェルモンドが謝罪して、アンヘルが被害届を出すことはなかったがな」


 それを聞いたうららは、「慈悲深いな。それは神父だからか?」と、アンヘルに聞き返す。

 彼は少し考えながら言葉を紡いだ。


「なんというか、彼は訳ありのようでした。怪しいと思いつつも、そのときは様子を見ることにしたんです。それ以来、彼は教会の修繕などを無償で行ってくれています。もっとも彼にも生活があるので、後からそれなりの報酬はお支払いしていますが」


「ますますわからない人ですねぇ。いい人なのか悪い人なのか?」と、迷子。


「ヤベェやつなんじゃねぇの? 杭投げてきたし」と、うららが目を細める。


「ただの変わり者だったりしてぇ」と、ゆららが柔和な笑みのまま呟いた。


「とまぁ昔話はこんなところです。夕方ごろには家にいるはずなので、よければ話を聞いてみてください」


 アンヘルは、ウェルモンドの住所を紙に書いて迷子にわたす。

 そして立てかけた梯子を握りこう言った。


「さぁ、中を案内します」


 床底の扉を開け、一同は順番に入った――


☆       ☆       ☆


「――広いですねぇ」


 引き戸の扉を潜り、迷子は天井を見上げる。

 窓から射し込む光を反射して、小さなホコリがきらきらと光っていた。

 充満する古い書物とカビのにおい。

 壁一面の本棚には、鈍器のように分厚い本がびっしりと並んでいた。


「へぇ、かなり頑丈なんですね」と、迷子が棚を触りながらアンヘルに言う。


「はい。重い書物を保管するので」


「この本、わたしの胴体くらいおっきいです。中を見てもいいですか?」


「あ、紙がかなり傷んでまして……」


 彼の反応を見るからに、中身を見るのは難しそうだ。

 迷子は残念そうに手を引っ込めて、質問する。


「しかしこれだけ古いと、管理が大変そうですね」


「はい。とはいえやることは清掃と換気くらいですが」

迷子は床に指を這わす。


 ホコリひとつない指先を擦って、視線を上げた。


「換気はあの窓で行うんですか?」


「はい。内側から開くようになっています」


「高い位置にありますが、どうやって開けるんです?」


「あそこの梯子を使います」


 壁側には背の高い梯子が置かれていた。

 これを本棚や壁に引っ掛けて使うらしい。


「……これはなんです?」


 と、その横に円柱のおおきなロール紙のようなものがあった。


「ああ、ブルーシートです。室内を掃除する際、本などを包んだりします」


 ロール状の業務用ブルールシート。

 幅は10メートルくらいで、全て伸ばせば50メートルほどになるという。


「必要な分量だけ切って使います。けっこう便利ですよ」


「へぇ」


「なぁ、いいこと思いついた!」


 と、なにやら不遜な笑みを浮かべたうららが、突然勢いよく走り出す。

 そのまま大きく跳躍して壁を蹴ると、反対側にジャンプして本棚のてっぺんに手を引っ掛けた。


「こらー! こんなとこでパルクールすなー!」


「無茶しないでくださいよ、うららん!」


 カミールが怒り、迷子がすかさず注意する。


「へーきだって! 本棚は傷つけねぇから!」


 そしてそのまま這うようにして、うららは窓のもとへと向かう。


「あれ? カギあいてるぞ?」


「おや、閉め忘れでしょうか? この間ウェルモンドさんに本棚を直してもらったときでしょうかね」


 そうアンヘルは言う。

 うららが内側から窓を開けると、さわやかな風が室内に入り込んできた。


「うおー! 街の向こうまで全部見えるぜ! まるで展望台だー!」


「え~、ずるいですよ~! わたしも見たいです~!」


 羨ましそうにぴょんぴょん跳ねる迷子。

 その身体をゆららがおんぶして、持ってきた梯子を上った。

 窓から顔を覗かせると、たしかに絶景が広がっていた。


「うわぁ、まるでおとぎ話です!」


「ほんと、絵画の世界ねぇ」


 景色に見惚れる迷子とゆらら。

 そんな彼女たちを見上げて、カミールが呆れた声を出す。


「おーい、感心するのはいいが落っこちるなよ~」


「平気です。探偵は頭脳だけでなく運動神経も――」


 そんなことを言った矢先。

 外から強い風が吹いて、迷子がバランスを崩す。

 そんな主人の身体をゆららが抱きかかえて、床に着地。

 うららは倒れかけた梯子を手で押さえて、落ちてきた本を片手でキャッチした。


「もう、メイちゃんったらぁ」


「あ……ありがとうございます」


「まったく、葬式代は出さんぞ」


 カミールは落ちた帽子を拾い、迷子の頭にバフッと被せた。


「なぁカミっち、この本なんて書いてあるんだ?」


 と、うららが落ちてきた本のタイトルを見ながら尋ねる。


「ああ? ……うん? わからん!」


「読めねぇのかよ」


「うるさいギザ歯! そんなボロボロの文字わからんわ!」


 カミールがプンプン怒っていると、


「ああ、それは研究日誌ですね」


 アンヘルがメガネの位置を正しながら言う。


「今から400年ほど前のものです。ご存知ありませんか? 人類が永遠の命を手に入れるかもしれないと、一時話題になった新種のウイルス」


「それってもしかして――」


 迷子の脳裏に、ビリーが言っていた言葉がよぎる。

 本を受け取ったアンヘルは、その表紙を見せて内容を語りはじめた――


「これは『ブラッディティアー』の研究日誌です」

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