↓第10話 ランダムに散らばる羊のミイラ
「すみませーん! おじゃましまーす!」
迷子の声が教会内に響き渡る。
するとパイプオルガンの音が止まり、演奏していた長身の男が立ち上がった。
「……おや? 見ない顔ですね」
「神父よ、こやつらは我の眷属じゃ」
カミールがそう言うと、元気よく迷子が手を挙げる。
「こんにちは、わたしは探偵の迷子です!」
「ディス・イズ・ニンジャ!」
「右に同じくぅ」
うららとゆららも続けて自己紹介をする。
その言葉を受けた神父は、胸に手を当ててこう言った。
「私は『アンヘル・クラウディウ』。ここで神父を務めています。ニホン語が話せるので、気兼ねなくなんでもおっしゃってください」
「もしかして、アンヘル神父も日本に住んでいたんですか?」
「いいえ、私はカミールさんのおかげで言葉を覚えたんです」
「カミらんの?」
するとカミールは携帯端末でゲームアプリを起動する。
「神父には我のゲームコミュニティに参加してもらっとる。ボイスチャットは必須じゃからの。ニホンの面子が多い我のグループでは、自然と言葉が行き交うというわけじゃ」
「なるほど」と、迷子は納得する。
アンヘルは自分の端末でアカウントを見せると、
「最初は翻訳アプリを使っていたんですけどね。でも今ではこのとおりです。なかなか楽しいものですよ」
そう言って微笑んだ。
カミールのゲーム好きは、いろんなところに伝播しているようだ。
「ところでメイコさん。わざわざニホンからなんの用で?」
「はい。先日ここで起こった事件の調査をしているんです」
「というと、あの羊の件ですか?」
「そうです。現状からみて人間の仕業とは思えません。犯人はほんとうに吸血鬼なんでしょうか? なにか知っていることがあれば、アンヘル神父の見解を聞きたいです」
アンヘルは少し考えて、首を横に振った。
「私もお力になりたいのですが、お伝えできることは少ないかと。一夜にして羊のミイラが現れたこと以外、なにもかもが不明なのです」
「アンヘル神父も前日の捜査に参加したんですか?」
「はい。住民たちと一緒に捜索を行いました。けっきょく日が暮れて一時中断となりましたが、そのときは羊のミイラなんてありませんでした」
「教会の裏はその現場です。夜中に物音などしませんでしたか?」
「さぁ、夜は眠っていたので。それこそ物音がしたかどうかも……」
「う~ん、羊はいつ現れたのでしょう?」
するとうららが、「空から降ってきたんじゃね?」と言う。
ゆららは、「そういえば、それっぽい映画あったわねぇ」と思い出しながら呟いた。
横からカミールが難しい顔を向ける。
「ガチで突然あらわれたのかのう? 瞬間移動的なヤツか?」
「そんな能力あったらわたしがほしいです。寝坊しても学校まで一瞬ですので!」
「なんだよそのショボい使い道……」
「メイちゃんは夜更かししないで早く寝ましょうねぇ」
メイド二人から白けた視線を向けられる迷探偵。
いずれにせよ100頭のミイラが出現した原因は、すぐにわかりそうもない。
「なぁ神父よ。些細なことでもいいから他に気づいたことはないか?」
カミールはそう尋ねるが、
「申し訳ありません。私がお伝えできるのはこのくらいで……」
アンヘルは困った表情で返答するしかなかった。
「困ったわねぇ、このままじゃあ私たちカミちゃんの奴隷にされちゃうぅ」
ゆららが頬に手を添えてため息を吐く。
「おい迷子! なんでもいいから犯人を捕まえろ! あたしらの運命がかかってんだからな!」
うららは必死になって主人のほっぺを左右から掴む。
デバックに付き合わされるのは御免だ。
「わぷっ! 無茶言わないでくださいよ! 手掛かりがないんじゃどうしようもありませんから!」
「だったら閃けよ! いつもみたいにピカッって!」
「安心してくださいうららん。トランシルヴァニアの生活も悪くありません」
「あきらめんじゃねぇ! 一日中部屋にこもってバグを見つけるんだぞ!? アタマおかしくなるだろうがぁ!?」
主人の肩をガクガク揺らしながら訴えるうらら。
わちゃわちゃしている迷子たちを見て、アンヘルが思い出したように口を開く。
「そういえばウェルモンドさんに話を聞いてみては? 彼ならなにか知っているかもしれませんし、今ならちょうど屋根のあたりに――」
「あ。ヤツなら「仕事は終わった」とか言って帰ったぞ」そう言って窓の外を指差すカミール。
「え? 屋根と書庫の修繕を頼んでおいたのですが……彼はほんとうに仕事が早いですねぇ」
頭を掻きながらアンヘルが苦笑いをこぼす。
すると肩を揺らされていた迷子が、目を回しながら口を開いた。
「そ、そういえばあの建物、変わった形をしてますねぇ……」
「あ、見ましたか? 一見すると妙な形ですが、実はちゃんと意味があってああなってるんですよ」
「え、そうなんですか?」
「フフ、せっかくの機会です。見ていきませんか?」
アンヘルの言葉に、迷子は「ぜひ!」と前のめりになる。
そこにうららがすかさず割り込み、主人のほっぺをグイと掴んだ。
「おい、遊んでる時間はねぇぜ?」
「はぅ! で、でも……これも捜査の一環です!」
「ウソつけ。ただ見たいだけだろ?」
好奇心旺盛な迷子に対し、遊んでる時間はないと訴えるうらら。
苛立つ姉を宥めるように、ため息をついたゆららが言葉を紡ぐ。
「まぁ姉さん、せっかくだからいいんじゃなぁい?」
「いや、でもこのままじゃあ――」
「一回なんでもないところに意識を向けるとぉ、新しい発見があるかもぉ」
そう言われたうららは、「う~ん……」と両手を組んで黙考する。
しばらくすると、「……わかったよ、ちょっとだけな」と、書庫を見学することに同意した。
「ありがとうございます! きっとなにか閃きますよ!」
「はぁ……そんな都合のいいことあるかよ」
肩をすくめるうららに、元気よく返事を返す迷子。
こうして一同は、書庫のある教会の裏手へと回った――
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