↓第7話 名前は『ブラッディティアー』

 現場までの道のりは長い。

 道中はところどころ足場が悪いので、馬車での移動は見送った。

 五人は軽い雑談を交わしながら、のんびりと歩く。


「へぇ、それじゃあ大学時代に日本に?」


「うん。そこではいろんな国の人が集まってね。毎日徹夜で研究したよ」


「研究って、どんなことをしたんですか?」


「『永遠の命』だよ」


「?」


「『ブラッディティアー』を知ってるかい?」


 ビリーに言われて、迷子は記憶の片隅を探る。


「それって突然変異した新種のウイルスですよね?」


「そう。血液をエサに宿主の身体を再生する変異体さ」


「なぁ、ウイルスが身体を治すって、なんかおかしくね?」


 うららが疑問に思って口を挟む。


「宿主が死ねば新鮮な血液の供給が途絶えるからね。母体を劣化させるわけにはいかないんだよ。病原体の排除はもちろん、死滅した細胞の修復にも貢献するのさ」


「要するにウイルスが生きるために宿主を守るのねぇ」


 ゆららが唇に指をそえて呟く。


「じゃあ、ほんとうに死なない身体ができるんですか?」


 迷子は半信半疑で尋ねる。

 ビリーは嘆息して言葉を続けた。


「理論上はね。でも、それが実現することはなかったんだ」


「どうしてです?」


「ブラッディティアーには欠陥があったんだよ」


 迷子は首をかしげて話の続きに耳を傾けた。


「身体を修復する過程で、細胞がガン化するんだ。これは修復の割合が大きくなればなるほど確率があがる。さらに宿主は貧血に悩まされる頻度が増える。ウイルスの代償として、鉄分や動物性タンパク質を欲するようになるんだ」


「それって、お肉とかですか?」


「それもあるね。だけどもっと効率的に摂取できるものがある。『血』だよ」


 数瞬の沈黙を挟んで、ビリーは続ける。


「マウスの反応は顕著だった。成分をあたえないと自傷行為をしてまで傷口を舐めたんだ」


「まるで吸血鬼ですね……」


「最終的に血液を食い尽くしたウイルスは、涙腺から外へ排出されるんだ。結果、大気に触れて死滅するけど、そのときに流れた血涙けつるいのあとから『ブラッディティアー』という名前がついたんだ」


 ビリーは少し悲しい顔になる。


「ボクはこのウイルスを実用化するために研究を続けたんだ。永遠の命というより、医療で役立てないかと思ってね。けっきょく予算の都合でラボは解散することになったけど、まぁ、今はこうして自然と戯れることがなによりの幸せだよ」


 そう言って静かな木漏れ日に目を細める。

 迷子は少し気になって質問してみた。


「ブラッディティアーの研究は日本以外でも行われています。編入して研究を続けようとは思わなかったんですか?」


「それは……」


 するとビリーは言い淀んで、


「ボ、ボクには才能がなかったんだよ」


 気まずそうに下を向く。なんだか歯切れが悪い雰囲気だ。

 そんなとき、大きな森が正面にあらわれる。

 どうやらここを抜けるようだ。


「あやしい雰囲気ですね。まさか、あのフォイアフォレストですか!?」


「あ、知ってるぜ! UFOとか出てくるヤツだろ!?」


 迷子の言葉に、うららが好奇心に満ちた瞳を輝かせる。


「フォイアフォレスト」とは怪奇現象が多発する森で、トランシルヴァニアの名所だ。

 しかしそれを聞いていたカミールが、


「あほう。それぜんぜん違う場所じゃ」


 と、冷静に訂正した。


「はは、フォイアフォレストに比べたら、この森は退屈だよ。でも、クマやオオカミくらいは出るだろうね」


 笑いながらそんなことを言うビリー。

 迷子はハッとして辺りを警戒する。

 幸いクマやオオカミは……いない。


「ま、そのときは運がなかったと諦めればいいさ」


 ビリーはなんでもないように言っているが、まるで冗談には聞こえなかった。

 しばらく森を歩くと、分かれ道に差し掛かる。


「あ、そっちはダメだよ。別の農場に抜ける道なんだ。現場はこのまま真っ直ぐ進めば着くから」


 ビリーはそう説明する。


「農場ですか。それもソルさんの私有地なんですか?」


「いいや違う人のだよ。ちょっと変わった人の土地なんだけど……」


「変わった?」


「あ、いや……いずれ会ってみればわかるよ」


 そう言ってビリーは苦笑いを浮かべた。


「さ、もうじきだよ」


 そして数分後。


 森を抜けると、正面には広々とした草原が広がった――

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