↓第6話 、、、少し遠いみたいです

「まずは聞き込みです!」


 次の日の朝。

 ネーグルとアルヴァに見送られながら、迷子たちは出発した。

 馬車の中で、カミールだけがなんか不機嫌そうだ。


「むむむ……」


「どうしたんだよカミっち?」


「おいギザ歯! なんじゃあの土産は!?」


「なにって、あのインディーゲームのことか?」


「そうじゃ! キャラが壁にめり込んで動かんぞ!」


「カッケーだろ? ニンジャみたいで!」


「よくないわ! しかも放置したら別のエリアにワープしたぞ!」


 それを聞いていたゆららが「まぁ、姉さんのセンスは独特だしぃ」と、嘆息して肩を落とす。

 するとカミールが、「おぬしも妹ならギザ歯を止めい! もっとまともなタイトルがあったじゃろ!」と、憤慨した。


「ちょっとカミらん、ゲームの話はあとです。事件の現場はこの先ですよね?」


 不満をぶちまけるカミールだが、迷子の一言で冷静になり、気持ちを切り替える。


「フン。もうじき大きな農場が見えるわ」


「ところでカミらん。わたしルーマニア語わからないんですけど?」


 迷子が不安を口にするとゆららが、


「そういえば、カミちゃんたちは日本語できるから安心しきってたわぁ」


 今さらなことを口にした。

 この中で言語に精通しているのはゆららだけだ。

 カミールは日本語が得意でも、住民はどうかわからない。


「そんなのどうとでもなるじゃろ。翻訳アプリを使え。なんなら端末にインストールしてやろうか?」


 カミールはおすすめの翻訳アプリを、迷子の携帯端末にインストールする。

 これでリアルタイムでのシームレスな会話が可能となった。


「ありがとうございます。カミらんは頼りになりますねぇ」


「フフン、我を誰と心得る! 吸血鬼の王、カミール・ラン・ファニュであるぞ! 下等眷属どもよ、ひざまずき、血の涙を流すがいいッ!」


 立ち上がり中二病くさいポーズをキメるカミール。

 携帯端末の手描き機能を使い、画面に『かみーる・蘭・ふぁにゅ』と日本語で自分の名前を書いて見せつけた。


(なぁ、カミっちておだてに乗りやすいよな)


(声が大きいですうららん。機嫌をとっていればデバックの件も見逃してくれるかもしれません)


 なんとも浅はかな作戦を小声で話す迷子。

 となりでニコニコしているゆららは、あえて二人の会話にツッコまなかった。


「お、あれが農場じゃ!」


 するとカミールが丘の向こうを指差す。

 広々とした草原に、たくさんの羊が群れとなっていた。

 一同は小屋のあるほうへと移動する――


☆       ☆       ☆


「――おや、どうしたんですカミールのお嬢?」


 馬車は小屋の前に停まった。そこには体格のガッチリとした強面の老人が立っている。

 オーバーオールに身を包み、長靴を履いた彼は、干し草をピッチフォークで掻き分けている。立派な白い髭をたくわえて、眼光は鋭い。


「仕事中すまんなソルよ、ちょっと用があってな」


 ソルと呼ばれた男は、カミールの後ろにいる迷子たちに視線をめぐらせる。

 そして雰囲気を察して端末をポケットから取り出す。

 農場を訪れる観光客も少なくないので、こうして翻訳アプリを使うのも日常と化していた。

 カミールはみんなを紹介しようと振り返るが、なぜか迷子の姿が見当たらない。

 するとゆららが、「あ、あそこぉ」と、おっとりした声で後方を見つめた。


「わぷっ! ……ちょ! ……だ、だれかぁ~……!」


 たくさんの羊に囲まれた迷子が、もみくちゃになっている。

 エサと間違えられたか、または単にじゃれているのか……。

 とりあえず挨拶を済ませるために、うららがひょいと主人の身体を担ぎ上げて救出した。


「あたしはメイドのうららで、こっちは妹のゆらら。んで、このぐったりしてるのは主人の迷子だ。よろしくな!」


「この三人は我の友なのじゃ!」


「お嬢の? そうか、ワシはソル。『ソル・コーネル』。この農場で羊を育てている」


 ソルは手を止めて、近寄ってきた羊の頭をなでる。


「こいつらは最高のミルクを恵んでくれる。できたてのチーズは格別だ」


「ソルよ、今日はチーズの味見に来たのではないのじゃ」


「ふむ。観光ではないと?」


「実はこのあいだの事件について調べとる。ここで伸びとるアホ毛は探偵でな。ニホンから犯人を捕まえるためにここにやってきたんじゃ」


「探偵?」


「こ、こんにちはソルさん……わたしは才城迷子……サインがほしいならいつでも言ってください……」


 うららに降ろされた迷子は、まだ目を回している。

 状況を理解したソルは、深く息を吐いて口を開いた。


「つまりお嬢、吸血鬼を捜すつもりで?」


「そうじゃ。まずは事件のあった現場を見せてもらいたいんじゃが」


「…………」


 少し考える素振りを見せたソルは、振り返って牧草地の彼方に視線を向ける。

 ピーッと指笛を吹くと、羊の群れの中からひょこっと顔を出した人物がいた。


「現場へはあいつが案内する。ワシは腰が悪くてな。長い移動は負担なんだ」


 そう言って腰をさするソル。

 ピッチフォークを持つだけでも、かなりつらいようだ。

 そうこうしていると、指笛で呼ばれた人物が走ってきた。


「ハァ……ハァ……、なんです親方? 干し草の移動ですか?」


「ああ、ビリー。悪いがこちらさんを案内してくれないか? ニホンから来た探偵さんでな。例の事件を捜査しとるんだと」


 ビリーと呼ばれた人物は顔を上げて迷子たちを見る。

 背が低く、だらんと垂れた前髪で片方の目は隠れている。どこかおとなしそうな印象を受けた。


「……カミールさんの知り合いですか?」


「みんな我の友じゃ。事件の捜査に協力してくれとる!」


「はじめまして。わたしは才城迷子。こっちはメイドのうららんと、ゆららんです!」


「…………」


 観察するように視線をなぞらせたビリーは、呼吸を整えて口を開いた。


「ボクは『ビリー』。ここで羊飼いをやってる」


「ビリーさんですか。ひょっとして日本語がおわかりに? イヤホンをつけてないようですが?」


「ああ、最近までニホンに住んでいたからね。アプリなしでも平気だよ」


「そうでしたか」


「さっそく案内するよ。少し歩かなきゃいけないけど、大丈夫かい?」


「問題なしです!」


 迷子は元気よく手を挙げる。ビリーはソルに向き直り、「それじゃあ行ってきます」と伝えた。


 五人は小屋を離れ、現場に向かう。


 ソルは腰をさする手を止めると、遠ざかっていく迷子たちの背中を見つめ、訝しく眉をひそめた――

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