↓第4話 語尾は「じゃ」とか

「え、なんですって?」


 迷子はナイフとフォークを持ったまま聞き返す。


「きゅうけつきぃ? カミっちはホラーものが好きなのか?」


 そんなことを言ううららに、「ゲームの話じゃないわ!」と、カーミルはすかさずツッコむ。

 ゆららは「カミちゃん、冗談言ってるわけじゃないのよねぇ?」と、首をかしげているが、もちろん嘘を言っているわけではない。

 カミールは一呼吸おいて、迷子に続きを話しはじめる。


「先日のことじゃ、この城からしばらく歩いたところの農場で、羊が消えたんじゃ。しかも100頭。100頭の羊が放牧されたまま行方をくらませたんじゃ」


「100頭って……それは一度にですか?」


「そうじゃ。我らは住民たちと捜索をはじめたんじゃが、その日は見つからず、捜索は翌日に持ち越されたんじゃ」


「……」


「そして次の日、丘の斜面で羊が発見されたんじゃ」


「よかったです。無事保護したんですね」


「よいものか」


「え?」


「ミイラじゃぞ。100頭の羊が、一晩でミイラになったんじゃ」


 フォークを持っていた迷子の手が止まり、咀嚼していた肉を飲み込むのをためらう。


「解剖の結果、そのすべてが血を抜かれていたことがわかったんじゃ。実に奇妙じゃろ? 前日なにもなかった場所に死体が現れ、さらにそのどれもが一夜にしてミイラになるなんて」


「たしかに変ねぇ……」と、ゆららが考え込む。


 うららが「壮大なドッキリじゃね?」と、言いながら肉を食らった。


「いえ、間違いありません」


 と、横で聞いていたネーグルがメガネを正しながらつぶやく。

 同じく弟のアルヴァも、「ええ、ほんとうですよ」と小さく頷いた。

 カミールは水を一杯飲んで、さらに説明する。


「この事態に住民たちは不安がってな。吸血鬼の仕業じゃないかとウワサが広まったんじゃ」


「まさか。さすがに冗談だろ?」


 うららは懐疑的な視線を向ける。中二病のカミールならともかく、住民たちがおとぎ話を信じるのだろうかと疑問だったからだ。

 しかしカミールは目を細めると、


「本当かもしれんぞ? 何せこの地方には伝説があるからな」


 と、ニヒルな笑みを浮かべた。


「『400年の時を経て、暁月あかつきの夜に王がよみがえる』――つまりここでいう『王』とは、滅んだとされる吸血鬼のことじゃ」


「伝説? マジ? なんかカッケーじゃん!」


 一転して、うららは目を輝かせる。


「ちなみにカミらん、その400年後の日付はいつにあたるんです?」


「3日後じゃ」


「え?」


「3日後の夜に吸血鬼の王が復活する」


「ってもうすぐじゃないですか!」


「仕方ないじゃろ。言い伝えなんじゃし」


 身を乗り出す迷子と、淡々と話すカミール。

 少し黙考していたゆららが、そこで口を挟んだ。


「ねぇ、つまり吸血鬼はまだ復活していないってことよねぇ? それなら今回、羊の血を吸ったのは誰なのぉ?」


「だからこそ捜査を依頼したんじゃ。フライングで復活しとったら大変じゃろ!」


「迷惑な吸血鬼ねぇ……」


「そもそも我も混乱しとるんじゃ。こんなオカルトめいた事件、地元警察も手を焼いとるし、そうなればアホ毛に頼むしかなかろう?」


「ま、迷子の得意分野かもな」


「ちょっとうららん。わたしを色物探偵みたいに言わないでください」


「でも実際そうかもぉ。前回なんて宇宙に行ったしぃ」


「ゆららんまで……」


「とーにーかーく! 今後、被害がないとも限らん。犠牲が出るまえに犯人を捕まえて、住民たちを安心させてやりたいのじゃ!」


 するとネーグルとアルヴァも前に出て、


「私たちからもお願いします」


「なにとぞ」


 静かに頭を下げた。


「たしかに放置するには気が引けますねぇ。実際、被害が出たわけですし」


「アホ毛よ、念のために言っておくが、おぬしに拒否権はないのだぞ?」


「え?」


「忘れたんか? 3日以内に事件を解決できなければ、おまえんとこのメイドを二人借りると」


「ハァ!? なんだよそれ!?」


 うららは不満気な声を漏らす。

 カミールは「ほれギザ歯」と、録音していたボイスチャットのやりとりを端末で再生した。


 そこではオンラインゲームで負けた迷子が、やけくそになって依頼を承諾する様子が記録されている。


「おぬしらも知ってのとおり、我の両親は某ゲーム会社の代表じゃ。とあるタイトルの納期が迫っておってのう、デバックの人手がどうしても足らんのじゃ」


「まさか……延々とバグを見つけろと!?」うららが思わず立ち上がる。


「安心せい、バイト代も出る。期待しておるぞ、苦楽園流の剪定眼せんていがんを活かすのじゃ!」


 ゲーム開発において、デバックは重要な仕事。製品を正常に遊ぶために、システムの不具合を探し出さないといけない。

 忍耐と精神力を要求されるこの仕事は、苦楽園のニンジャといえど、決して楽にこなせるタスクではなかった。


「うおぉい迷子ぉ! おまえなに勝手な約束してんだよ!」うららはそう詰め寄るが、「し、しりませんよ!」と、迷子はごまかすように視線を逸らした。


 その横でカミールが、腕を組んで嘆息する。


「フン、アホ毛の悪いクセじゃ。負けがこむと適当なことを言いよる」


「ままま、待ってください! 事件を解決すればいいんですよね? そうすればうららんもゆららんも拘束されずに済みますよね!?」


「もちろんじゃ。ただし3日じゃぞ? 4日目にはトランシルヴァニアを発つからな。ニホンの名所を案内してくれると言ったのはお主じゃ。飛行機も予約してある」


 再びボイスチャットの記録を再生するカミール。観光だけでなく、とっておきの焼肉もおごると言っている。

 迷子は勢いにまかせて、いろいろと約束してしまったらしい……。


「…………」


「期待しとるぞアホ毛。要は事件を解決すればいいのじゃ。そうすればメイドの二人も地獄のようなデバックをしなくて済む」


 悪役のように不遜な笑みを浮かべるカミール。

 約束してしまった以上、迷子も強気なことは言えない。


「うぅ……迷ってる場合じゃありません。こうなったら吸血鬼を捕まえてやりますよ!」


 そしてやけくそに肉をみ、グラスの水を一気に飲み干した。

 はたして事件は解決するのだろうか? そしてほんとうに吸血鬼は存在するのか?

 王の復活まであと3日。

 喉を通る羊肉が、なんだか、重い――

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