↓第3話 物語は、いつもぐだぐだで

「……ラムぅ~……ラムぅ~……」


 迷探偵『才城迷子さいじょうめいこ』は、わけのわからない寝言を吐いていた。

 苦悶に歪んだ表情は、小柄で可愛らしいルックスを台無しにしている。

 彼女は私立王嬢学園おうじょうがくえんの中等部一年生。セレブの学生であある一方、世界の謎をもとめて探偵活動をしている。


 今回は双子のメイド姉妹「うらら」と「ゆらら」を連れて、トランシルヴァニアの土地を回っていた。迷子からは「うららん」「ゆららん」の愛称で親しまれている二人。顔も性格も似ていないが、いざとなれば息がピッタリの頼れる存在だ。


 まぁ、本業は密命をこなすニンジャなので、迷子を守ることに関してはこの上なく優秀だ。


「なに言ってんだ、こいつ?」


 不審な表情で主人の顔を覗き込む姉のうらら。ずいぶんとうなされているようだが、何の夢を見ているのだろう?


「遊びつかれたんじゃなぁい?」


 主人の頬をつつきながら、にっこり微笑む妹のゆらら。

 ちなみに三人は、さっきまでこの地域の名所を回っていた。

 ルーマニアのカルパティア山脈に囲まれた霧深い風景は、幻想的な絵本の世界を彷彿とさせた。

 通称「串刺し公」で知られるブラド三世の古城や、シビウ市街のカウンシルタワー。

 ピアタマーレの大広場では、無数の建物から覗く屋根裏の窓とにらめっこした。

「街の目」とも呼ばれるそれは、それぞれが半眼を開いたような形をしており、まるで行き交う人々を監視しているようだった。


 こうして丸一日を費やして観光を終えた一同は、迎えの馬車に乗り込んだ。

 なだらかな丘を過ぎ、いくつかの牧草地を過ぎると小さな森が見えた。

 木々のトンネルを抜け、細い一本道を抜けると斜陽に染まった古城が現れる。

 今回の目的地。依頼主が待つ城だ。


「メイちゃ~ん、ついたわよぉ~」


 ゆららは膝の上で寝息を立てる主人の肩を揺らした。


「ラムぅ~……ラ……むにゃ? もうホテルですか?」


「なに寝ぼけてんだよ。仕事だよ仕事」


 言いながらうららが半眼を向ける。

 迷子はぼんやり目を擦りながら身体を起こした。


「夢をみました。わたしが羊になる夢です。周りには二人の執事と二人のメイド、そしてちっこい銀髪の女の子がいて、わたしを焼肉にして食べちゃったんです!」


「やけに具体的な夢だな……」


「『らむぅ~』って、羊の『ラム』のことだったのぉ?」


「はい。ヒツジ語です」


「なんだよそれ。冗談言ってる場合か?」


 うららはスタッと馬車から飛び降りて、ぐ~っと背伸びをした。

 古城の前には川が流れており、向かい側から跳ね橋をおろさないと先へ進めない。


「お~い! カミっち~! 聞こえるか~! お~い!」


 そして対岸に向けて声を上げた。

 一方的に呼び続けるが、跳ね橋がおりるどころか人が出てくる気配もない。


「おっかしいな、留守か?」


 首をひねったうららは、もう一度叫んでみる。


「お~い! 出てこいよ~! カミっち~! 新作のインディーゲーム持ってきてやったからさ~!」


 そう言いながら、手土産に持ってきたパッケージを掲げると……


『いっ……いんでぃーげーむぅぅぅっッ!?』


 どこからともなく幼い少女の声がした。

 よく見ると城門の外壁に、マイクが仕込んである。

 声の主は、『だ、だまされんぞ! そんなもんダウンロード版で、いつでも買えるわ!』と言いながらも、露骨に興味のある雰囲気を声に滲ませた。


「いいのかァ? パッケージ版は初回特典ついてんだぜぇ?」とうららがギザ歯を光らせると、


『しょ……初回とくてんんんンンンっッッ!?』


 それを聞いた少女の声は、ひどく興奮した様子だった。


『おいギザ歯、なにをしとる! ギャンギャン言ってないではやくそれを持ってこーい!』


 そんな威勢のいい声とともに、ガコンと跳ね橋が下りて道ができた。

 城に入れということだ。


「ふあ~……さぁ、いきましょう」


 馬車からおりた迷子はあくびをすると、ヨロヨロした足取りで歩き出す。

 まだ眠気が抜けていないようだ。


「ところでメイちゃん、行くまえにちょっと聞きたいんだけどぉ」


「なんですゆららん?」


「なんかこれ、いつもと違わなぁい?」


 ゆららは自分の身体を眺めながら、不思議そうな目をしている。

 今回、迷子が選んだ二人の衣装は、いつもの機動性に優れたメイド服と違っていた。


「フフン、なかなかイケてるでしょ? ゆららんのは修道服バージョンです!」


「ちょっと肌の面積多くなぁい?」


「機動性を考慮した結果です!」


 服の特徴は腕周りがノースリーブになっていることと、脚の部分がチャイナドレスのようになり、スリットから即座に蹴りが繰り出せるようになっている。

 いずれも暗殺術をあつかう姉妹のために、迷子なりに選んだ特注デザインらしい。


「ま、かっけぇからいいけどな!」


 そう言ってギザ歯を光らせるうららの服装は、「メイド騎士」がコンセプトらしい。

 ノースリーブにショートパンツと機動性は確保しつつ、首元のスカーフや腰回りの装飾は、気品と豪華さを兼ね揃えた舞台衣装のようでもある。

 迷子いわく、今回は少しファンタジー的な要素がほしかったらしい。


「カミらん元気ですかねぇ」


 そんなことをつぶやいて、迷子は正面扉へとやってくる。

外壁に仕込まれた監視カメラに視線を向けると、インターフォンにそぉ~っと指を添えて、


《ピピピピピピピッピピピンピピピピピンポンピンポン!!》


 高速のピンポンダッシュ。

 いや、ダッシュはしていないが、通報レベルで迷惑な連打を繰り返した。


『コぉぉォォラああぁぁァァッ!!』


これに耐え兼ねたように、少女の怒声がスピーカーからほとばしる。


『くだらんことすなー! このアホ毛!』


 途端にブチンと通話が切れると、早く入れと言わんばかりに巨大な扉がギギギと音を立てた。


「おじゃましま~っす!」


 迷子を先頭に、三人は歩みを進める。

 赤い絨毯じゅうたんが続くエントランスの先に、階段があった。

 その踊り場に、仁王立ちする小さなシルエットが見える。


「くはははー! 待っていたぞ下等眷属! 我の根城に来たからには生かしてはおけぬ!」


 赤い瞳に尖った八重歯の少女は、長い金髪を払って高笑いを響かせると、


「我が名は『カミール・ラン・ファニュ』!! 吸血王の前に跪き、血の涙を流すがいいッ!」


 天井まで届く装飾のステンドグラスを背に、中二病くさいポーズをキメた。


 ――決まった。我、カッコイイ。


 そう言わんばかりに不遜な笑みをこぼす『カミール』と名乗った少女。

 ……が、目を開けると、いつの間にか迷子たちが周りをぐるっと取り囲んでいた。


「え? ちょ、え? な……なんなのだコレ、え――」


 動揺するカミールはさておき、迷子たちはニッコリしてその頬や髪の毛を好き勝手に撫でて抱きつく。


「わーっ! やめ、このっ……あっ……わあぁぁあーーーっ!」


 暴れるカミールを差し置いて、迷子は「久しぶりですね~カミら~ん!」と言いながら頬ずりした。

 ゆららは「ウフフ、あいかわらずお人形さんみたい~」と言いながらアゴを撫で、

「はははー、ひさしぶりだなカミっち!」と笑いながら、うららは可愛く尖った八重歯を指でつついた。


 わちゃわちゃの、もみくちゃだ……。


「ふごぉ!? はうぅッ!? ちょ、やめ……コラー! やめんか! ええい、こら、ちょ……ガチで、あっ……だからそこは……。はわわ! 触るなっ! ……はうぅッ!? こ、こらガチで……やめ、ガチで……ちょ――ああぁぁァァアアああぁぁァァッツ!!」


 古城に響き渡る悲鳴。

 子猫がじゃれ合うみたいな光景がしばらく続くと、どこからともなく風が吹いた。


「――――」


 そして三人の中心にいたカミールが、一瞬で消えた。


「迷子様、たわむれはこの辺にしていただければと」


 その声のするほうへ顔を上げると、階段の先に二人の男性が立っていた。

 一人はカミールを腋に抱え、クールなメガネをキリッと正している。

 もう一人は幼さが残るものの、端整な顔立ちの少年。

 二人に共通している点は、燕尾服に身を包んでいることだった。

 どういう手を使ったのかわからないが、一瞬のスキにカミールをさらったようだ。


「わははー! ナイスじゃ二人ともー!」


 涙目を拭い、勝ち誇ったようなカミール。

 迷子は男性たちの名前を呼んだ。


「お久しぶりですね、『ネーグル』さん、『アルヴァ』さん!」


 この二人はカミールの執事を務めている兄弟だ。

 見た目は10代後半から20代前半くらい。

 クールなメガネをキリッと正すのが兄のネーグル。少し幼さの残る顔立ちのほうが弟のアルヴァだ。


「相変わらず早ぇな!」


 そう言ってうららが瞳を輝かせる。


「うふふ、まるでニンジャねぇ」と、ゆららが柔和に微笑みかけた。


「本日は遠方からありがとうございます。迷子様もお変わりのないようで」


 ネーグルは淡々と一礼する。

 アルヴァはそのとなりで無表情を決め込んでいるが、にっこり手を振るゆららと視線が合うと、頬を赤らめて視線を逸らした。女性と接するのに慣れていないのか、それとも単純にゆららがカワイイからか……。


「やっぱりこの国はいいですね! 自然がいっぱいです!」


 迷子は暢気にそんなセリフを吐くのだが、


「おい、アホ毛! 観光に浸っとる場合じゃないぞ!」


 勢いよくカミールに指摘される。

 腋からおりた彼女は、疑うような視線で迷探偵を睨んだ。


「おぬし、まさか本題を忘れたわけじゃあるまいな?」


「……ラムぅ?」


 数秒考える迷子。


 …………。


 完全に目が点になっている。


「羊みたいな顔しとる場合かーっ! 思い出せ! 事件の捜査じゃろー!」


「事件?」


「オンラインゲームじゃ! ほら、我とのビデオチャット!」


「?」


「メイちゃん、これ、カミちゃんからのメールぅ」


 横からゆららが携帯端末を操作し、画面を見せる。

 そこにはトランシルヴァニアで起きた、奇妙な事件の概要が記載されていた。


「はぁ……メイちゃんは負けが込むと頭に血がのぼるからぁ」


「どうせ適当に依頼受けてゲーム再開したんだろ? 仕事でここまで来たってちゃんとわかってねぇみたいだし」


 うららが呆れた視線を向ける。

 迷子は少しずつ記憶の隅を探る。


「そういえば大量のスパムメールが来てたような……」


「アホーッ! それ、我の催促メールじゃぁー!」


「そ、そうだったんですか。てっきりウイルスのやつかと思って全部ゴミ箱に捨てました……」


 カミールは迷子のアホ毛をバシバシと叩く。

 いつまでも返信がなかったせいで、メールはゆららに送られたとのことだ。


「まったく……相変わらずじゃの!」


「ラムぅ~……」


 許しを請うように甘えてきた迷子を、カミールはうっとおしそうに払う。

 そんなやり取りの最中、ネーグルが咳払いを挟んだ。


「コホン。ときにみなさまお食事は?」


 するとアルヴァが、「立ち話もなんですし、よろしければご一緒に」と、食堂のほうに手を向けた。どうやら夕食を用意しているらしい。

 これにはうららが真っ先に反応して、「やたー!」と瞳を輝かせた。

 ゆららも「あらぁ、うれしいわぁ」とアルヴァの顔を覗き込む。彼はまた視線を逸らして、頬を赤らめた。


「我もお腹ペコペコじゃ。話はそこでしよう」


 そう言いながらカミールは階段を下りる。

 迷子たちはひとまず食堂へと移動した――


       ☆       ☆       ☆


 貴族が夜会を開くような宮殿。食堂にはそんな雰囲気が漂っていた。

 長いテーブルには真っ白なテーブルクロスが光り、人数分の食器が用意されている。


「お待たせいたしました」


 執事の二人は、仕込んでおいた料理をカートに載せて持ってきた。

 並べられたのは数々のご馳走。中でも銀の皿に盛られた羊の肉は、艶のある赤身にほどよく火が通っていておいしそう。

 ブルーベリーソースと相俟った肉汁の香りは、燭台の灯りに溶けてやさしく場を和ませた。


「はーっはっはっはー! 下等眷属どもよ、存分に喰らうがいいッ!」


 イスの上で中二病くさいポーズをキメるカミール。そんな彼女を無視し、みんなは「いっただきまーす!」と豪華な食事に手をつけた。


「どうじゃアホ毛、我が城の料理は!」


「はむはむ! さすが「ひつじさん」の作った料理ですね!」


「「しつじ」じゃアホー! 美味すぎて脳みそイカれたか!?」


「はむはむ! はむごほむはもご!」


「食べるか喋るかどっちかにせい!」


 口の周りをソースだらけにしながら、迷子は夢中で肉をむ。

 ゆららが横から手を伸ばし、「もうメイちゃんったらぁ~」と、主人の口元をナプキンでやさしく拭った。

 うららは両手で羊肉の骨を掴んで、「うめー!」と満足そうに八重歯を光らせる。

 迷子は口をもごもごさせながら、なにげなく本題を振った。


「そういえばカミらん、事件の詳細って?」


 するとカミールはナプキンで口元を拭い、静かにナイフとフォークをテーブルに置く。


「実はな――」


 赤い瞳が迷子に向けられる。

 次の言葉を聞いた瞬間、あたりはしばしの沈黙に満たされた。


「おぬしには『吸血鬼』を捕まえてほしい」

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