第2話 彼女を見つける方法

 この見ず知らず世界の中から、たった一人の彼女を見つけ出す方法はあるのだろうか?


 ぱっと思いついた方法は、手当たり次第に周辺の人々に聞き込みをして彼女の足跡をたどることだ。


 しかし、この方法で彼女にたどり着くのはおそらく難しいだろう。なぜなら、ゲートの出口は繁華街と通じており、人が多すぎるからだ。


 このような人口密度が高いところでは、見た目に多少の違いがあったところで、一瞬にして群衆にまぎれこんでしまう。

 実際、白に近い銀髪が周囲と比べて特徴的であるにも関わらず、周りの人の意識は僕自身に対して向けられていない。


 僕の方からたどって彼女につながることは非常に難しい。

 つながっているかもわからない出口に向かって進む、迷路のようなものだ。


 だったら、どうするべきか? そこで僕は反対の方法を思いついた。


 逆に彼女の方から僕につながりを求めてもらうのはどうだろう?


 例えば僕がこの世界で何らかの活動をして、僕自身の存在を周囲に認知してもらう。

 僕がこの世界で有名になりさえすれば、自然と彼女が僕のことを見つけてくれる可能性はきっとあるはずだ。


 特に目立った特徴も特技もない僕が簡単に有名になることを前提で考えている点は……いったん触れないでおこう。


 とはいえ、ほかに考慮すべき重要なことがあった。


 それは、いかにして彼女の方から僕に接触する気になってもらうかだ。


 仮に彼女から僕を見つけてもらえたところで、現状向こうから接触を試みてくる可能性は限りなく低いだろう。

 実際、家出をした際に書置きしか残さなかったことからして、少なくともしばらくの間は僕と連絡を取り合う必要性を感じていないはずだ。


 書置きの内容からも、元の世界に相当嫌気がさしていることがうかがえた。

 帰る気が無い彼女からわざわざ接触しにくることを期待するのはさすがに虫が良すぎる。


 いくらあいつが本の虫とはいえ。


 じゃあ、何をすれば、彼女の方から再び僕につながりを求めてくれるだろうか?


 再び考え込むために視線を落とした僕の手元にはライトノベルがあった。

 元の世界に帰った後もこの世界を知るための教材になればと、先ほどの本屋で購入してきたものだ。


 表紙に描かれた主人公と思しき少年の表情が、まるで僕に勝ち誇っているかのように見えた。

 彼女の眼にはきっと、この世界がたまらなく刺激的に映っていることだろう。


 そうやって僕に勝ち誇ってるくらいなら、この世界の物語に勝てる方法を教えてくれたらいいのに。


 ……なんて無責任なことを思いながら、イラストの少年とにらめっこを続けることしばし。


「そうか!」


 僕たちの世界トコヨノクニでは、神は約千年も前に去ってしまったとされている。


 しかし、この世界には神すらも存在するらしい。


 ――僕自身が楽しい物語を生み出す作家になればいいのか!


 僕にとっては天啓とでもいうべきアイデアに、思わず本を握る手の力が強くなった。


「よしよしよしよし!」


 読書好きの彼女の眼にかなう作品を、僕自身が作り出す。


 もちろんあいつに比べて読書量が多かったわけではないし、小説のような文章を書くなんてことはまったくの未経験だ。


 しかし、見ず知らずの世界で当てもなく彼女を探し続けることよりも、この方法が一番現実的のように思えてきた。


 そうすれば。


 幼馴染おさななじみで、

 親友で、

 許嫁いいなずけなはずの彼女が再び、


 僕の方を再び振り向いてくれる可能性がある……はず。


 くもりがかっていた視界がぱあっと明るく開けるような感覚だ。

 

 ……いや待て。


 仮に作品を書いたところで、はたして彼女はそれを作ったのが僕だと気づくだろうか?


 作家と呼ばれる人々は基本的に正体がベールに包まれていることが多く、名前すら本名でなくペンネームであることがほとんどだ。

 また、読者の視点に立ったときに同一作者つながりで作品を追うことはあっても、作者自体の正体まで追いたいと考えることは少ないだろう。


 つまり読者にとって作家というのは、名前は認知はしていてもその人自身の個性やプライベートは隠された、正体不明で謎の存在なのだ。


 まして、僕の名前をこの世界で書こうとしたところで、日本語に変換されてしまう。彼女からすれば再翻訳された名前であり、名前だけで僕と気づく可能性は限りなく低い。


 これでは仮に運よく彼女が僕の本を手に取ったとしても、僕が書いたと気づくことはないだろう。


 ひとつ前の問いに戻ってしまった。


 彼女とつながるために作家になる。

 では彼女に気づいてもらうために……どうする?


 やはり僕自身もまた、表舞台に立つ必要があるとでもいうのだろうか?

 

 そもそも、異世界の人間でも表に立って大丈夫そうな舞台ってあるのか?





 うんうん悩みながら道を歩き続けていると、突然空から声が降ってきた。


『君もVTuberに興味ない?』


 ――VTuber?


 聞きなれない言葉に僕は足を止め、思わず顔を上げる。


 気づかないうちに、商店街のアーケードを抜けていたようだ。


 僕は都会のど真ん中で、人があらゆる方向から行きかう広場に立ち尽くしていた。


 視線の先にはビルの壁に取り付けられた大型ビジョンがあって、先ほどから聞こえている音声はビジョンに映る映像とリンクしている。


 広告と思しき映像に、僕は目を奪われてしまった。


 なんだ、これ?

 

 どうやら、内容は様々なVTuberを紹介するプロモーション映像らしい。

 そこには周囲の人々よりさらに多様性を持った集まりが存在していた。

 髪型や髪色や来ている服はみんなバラバラだ。性別も年齢も、なんだったら種族すらも違いそうなのに。


 誰もが楽しそうに、笑顔を浮かべていた。


「VTuber……っていうんだ」


 憧れの気持ちを抱いたのはいつ以来だろう?


 本当に久々の、高ぶる気持ちに包まれた僕の目は大型ビジョンの広告に釘づけだった。


 映像によると、どうやらVTuberと呼ばれる人たちは異世界出身者も多いようだ。

 それにもかかわらず、あらゆる世界から集ったタレントたちがバーチャルという空間を生かして、パフォーマンスを通じてこの世界中の視聴者から支持を得ているという。

 

 VTuberになれば、僕みたいな異世界からやってきた人間でも悪目立ちせずに、有名になれるかもしれない。


 彼女とつながるために、作家になる。

 彼女に気づいてもらうために、VTuberになる。


 この世界は、何も持たない僕に2つもアイデアを授けてくれた。

 なんと素晴らしい世界だろう。


「よし、これでいける! って、わっ⁉」


 思わず両手を上げて飛び上がりそうになっていたところを、背後から衝撃があって思わずつんのめる。

 ほうけていた感覚が現実に引き戻された。


 なにごとかと後ろを振り向くと、人相の悪い男性が僕のことをにらみつけていた。


「おー、なんや? 銀髪兄ちゃん。どないしたんや? ぼけーっとこんなとこ突っ立って。UFOでも見えたんか?」


 男の声色はガラガラでとげとげしく、いかにも不機嫌そうだ。


 いくら目立ちたいとは言え、お尋ね者的な方向で有名なりたいわけではない。

 正当な目立ち方を思いついた以上、悪目立ちは避けるべきだ。


 なるべく穏便に済まそう。


「あっ、すみません。つい見とれてしまったもので」


 僕はすぐに頭を下げてから、大型ビジョンの方を指さす。


「ああん?」


 男は眉をひそめたまま見やると、今度は不思議そうに首をかしげた。


「なんや兄ちゃん? あれに興味あるんか? 若いのに変わり者やなー」


「変わり者かはともかく……どうやらそうみたいなんです」


「えーっ⁉ 冗談ちゃうかったんか⁉」


 剣呑けんのんな印象の表情はそのままだが、男は目を丸くしている。


「ほんまに!? あの、おっちゃんが気になるんか?」

 

「おっちゃん?」


 いったい何の話だろう?


 ……確かに広告映像には農作業の格好をした中年男性VTuberも映っていたような気もする。

 その点では完全に的外れというわけではない。


 とはいえ、あえて『おっちゃん』と表現したのはなぜだろうか。


 VTuber紹介映像に登場したタレントの中で、おっちゃん系VTuberはむしろ少数だった気がするのだが。


「そうや、あのおっちゃんが気になるんやろ?」


「お、おっちゃん?」


 何か認識がすれ違っているような気がしなくもないが、それでも男の太い人差し指は確かに僕の指先と同じ向きを指している。


 じゃあ、見ているものは同じか。

 ……いや、わずかに指先がズレている?


 指先と同じ視線の、大型ビジョンが取り付けられた壁面のやや斜め下に、かごのような乗り物に乗った人物が小さく僕の瞳に映った。


「あの、ビルの壁いてるおっちゃんに興味あるんちゃうの?」


 僕と不機嫌男との間にはやはり決定的な思い違いがあった。


 気づいた瞬間、僕の中に存在する謎のスイッチがONに切り替わった。

 つい口から飛び出た言葉と振りかぶった右手が、その証拠だった。


「な、なんでやねん!」


 ――なんでやねんって、なんやねん!


 戸惑とまどう僕の内心なんて知るよしもなく、男は違う場所を指さした。


「ほな、その手前の、電線直してるおっちゃんがええんか?」


「それも、ちゃうわ!」


 男はますます困惑した様子で眉に唾をつける。


「ほな兄ちゃん、高いとこ好きなんか? 知らんけど」


「もうええわっ!」

 

 言葉を翻訳する魔法にどうやらなまりがあることに気づいたのは、それからしばらく後の話だった。

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