第7話 秘密(ノア視点)

「は~い!それではノアの大道芸、今からはっじまーるよ~!!」


金曜の午後、昼下がり。

ここで毎週子どもを集め、大道芸人ノアとして芸を披露するのが俺のお決まり。


しかし今日はいつもと違うお客様が1人。


その人は女性で何故か帽子を目深に被っていた。

その時点で何やら訳アリなのかもしれないと気付くべきだったのだが、どうやら最初の手品に彼女が食い付いてくれたらしく、それが嬉しくてついつい調子に乗ってしまったのだ。


「え?え?…」


帽子から花を取り出し、ブーケにしてまるで王子かナイトの如く跪いて差し出した。


ちょっとキザだが余興としては及第点だろうと思っていたのに、その見通しはかなり甘かったらしい。

女性は渡した花束を持ったまま帽子を深く被り直し、焦った様子で俺から逃げ出したのだ。


「っ!?あ、ちょ…」



「…」


唖然として、ついつい素のままその後ろ姿を見つめ続けてしまった。

まさかあんな変質者に出くわした位の勢いで逃げられるとは…


「ダッセー!フラれてやーんの!」


アハハハ!!


「…へっ?」


周りにいた子ども達の冷やかしと笑い声でハッと我に返る。

いけないいけない。今の自分の役割を忘れてた。


「と、とほほ~」


お間抜けな顔で大袈裟に落ち込んで見せると、子ども達がまた一斉に笑い出してくれた。


今の俺は大道芸人ノア、

それだけは絶対忘れちゃいけないぞ。




それからはいつも通りおとぼけ道化師を演じ、手品で皆の心を掴んだ…掴んでると思う。

目の前の屈託ない笑顔がその証拠。


そう、俺はこの笑顔が大好きなんだ。




それから数十分経った頃だろう、ショーも終盤を迎えた。


「はいっ!これにてノアのマジックショーはこれにて終了だよ~!毎週この時間にここでやってるから、まった来ってね~!」


最後にお別れの言葉を伝えると、子ども達はワ~!と歓声を上げながら拍手を送ってくれた。




「おじさん面白かった!また来るね~!」


道具が入った鞄を手に取り、その場を後にする俺の背中に掛けられた容赦ない言葉にまたしてもズッコケる。

おいおい、俺はまだ25歳だっつうの。まぁキミ達からすればおじさんなんだろうけど。


「おぅ!!またおいで~!!」




それからしばらく歩き、子ども達の姿が一切見えなくなった所で俺はまた、あの“大きいお客さん”の事を思い出していた。


定期的に同じ場所でマジックショーをやっていると、ああして大人が暇潰しに見に来るのは左程珍しい話ではない。

だけどこうして思い返す程気になってしまうのは、彼女が普通の人とは違う“何か”を感じていたからだ。


何でだろうな、まぁこの辺じゃお目にかかれない美人だったからかな?

あの時は冗談交じりに「美しい人」なんて言ったけど、正直こっちが自分の立場を忘れてしまいそうな程綺麗な顔立ちだった。


肌は陶器みたいに白くて滑らか(あんまり外に出ないのかな?)だったし、こっちを見てくる大きな目は茶色い宝石みたいで、顔のパーツ全部が彫刻みたいに整っていた。

でも造りだけじゃない、内側から醸しだされている何か?が彼女を他の人間とは違うヒトに作り上げていた。


もしかして凄いお金持ち?

それともとんでもない有名人とか?


あ、だからあんなに帽子を目深に被っていたのかな。


俺世間知らずだから、あんまりそういうの分かんないんだよなぁ~。


あれやこれやと思考を巡らせていると、ふいにお尻の辺りを指でツンツンと突かれた。


「ん?」


立ち止まって振り返ると、前には誰もいない…いた。

小さい女の子だったから下を向くまで気付かなかった。


あれ、よく見ると大道芸ショーのお客さんじゃないか。


「どうしたんだい?」


ニッコリ微笑みかけると、女の子が後ろに隠していた手を俺の前へと差し出した。


「これ!!」






「…」


「おじさんが落としてたの見てたから、拾ったの!」


「…」


あれだけ過剰に反応していた“おじさん”という言葉に何も言い返せないでいたのは、女の子が差し出した“それ”を思わず凝視してしまったからだ。


「…あ、ありがとう。いけないいけない、うっかりしてたよ」


冷静を取り戻すと女の子から“それ”を受け取り、即座に鞄へ仕舞う。

これにて退散、といきたい所だが悲しいかな女の子は興味津々の様だ。


「それすっごい綺麗だね!いっぱいキラキラ付いてて…






これ、“かめん”って言うんでしょ!?」






「…そうだよ」


何も悟られないよう、とびきりの笑顔で返す。

それでも女の子は未だ帰る素振りを見せてくれない。


「それも手品で使うの~?」


「いや、使わないよ。これはまた別のお仕事で使うんだ」


「お仕事ってなぁに?」


これはまだまだ終わらなさそうだ。

よし、それなら…


「う~ん、キミにはまだ早い…いや、もしかしたらもっと早く触れるかもしれない。まぁそれはキミ次第だね」


「?どういうこと?」


首をかしげる女の子の目の前に手を伸ばし、何もない所から小さな一輪の花を差し出した。


「わぁすごーい!!」


「これは拾ってくれたお礼だよ、さぁもうお帰り」


「ありがとう!」


女の子は俺の手から花を手に取るとそれ以上は詮索する事なく、自分の家へと帰って行った。

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大国の王女は推しと初恋の君との間で揺れ動く 米穀店 @okome_saori

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