第6話 もう1つの出会い

「はぁ…風が心地良いわね」


空いていたベンチに腰掛けながら、私はマシュー様の事を考えていた。


繊細で優雅な演奏こそマシュー様の一番の魅力だけれど、やっぱり彼のパーソナルな面も気になってしまうのはファンとして悲しき性ね。


あの仮面の下には、どんな美しい顔が隠されているのかしら。

どんな声でお話をされるのかしら。

きっとあの演奏の如く、ガラス細工の様な美しい繊細な声をしているに違いないわ…。




「は~い!それではノアの大道芸、今からはっじまーるよ~!!」


間の抜けた大声に思わずズッコケてしまった。


ちょっと何!?せっかく心地良くマシュー様の想いに浸っていたというのに、素っ頓狂な大声で邪魔してきて!


当たり屋も良い所だけど、マシュー様の事で頭がいっぱいだった私は文句の1つでも言ってやろうという勢いで声のした方へと振り返った。

するとそこには沢山の子ども、そしてその子ども達に囲まれる形で細身の男性が立っている。


何かしらあの男性?突飛な格好をしているわね。


服装はシンプルなシャツと黒ズボンに派手なチェックのベストを着て、頭にはシルクハットを被っている。

顔は真っ白に塗られていて、鼻には赤い玉みたいな物が付けられていて、そう、まるで…道化師だわ。

あぁなるほど、さっき“大道芸”という言葉が聞こえてきたけど、あの方がその大道芸人という訳ね。


「良いからおじさん早く手品見せてよ~!」


周囲に群がる子どもの容赦ない言葉に、大道芸人はズルっと大袈裟にズッコケて見せた。


うーん…さっきまで壮大で優美な演奏を目の当たりにした所だから、何だか拍子抜けしちゃうわね。


「ちょちょちょ、おじさんはヒドイなぁ~。そんな事言ってると…」


そろそろお暇しましょ、と広場を後にしようとしたその時だった…。


ポンッ!


「うわぁ!」


「えっ?」


軽く響いた爆発音と子ども達の驚く声に思わず振り返ると、何と大道芸人の手には海賊が持っている様な大きなサーベル(西洋刀)が握られている。

これには子ども達だけじゃなく、少し離れた所で各々の時間を過ごしていた大人達も小さく驚きの声を漏らして釘付けになっていた。


「キャプテン:ノアが取って喰っちまうぞ~」


低い声を出して刀を振り回す、自分をノアと名乗る大道芸人。勿論遠目からでも分かる切れない玩具の刀ではあるけれど、おどけて追い回してくる彼に子ども達は「うわ~逃げろ~!」と楽しそうに逃げ回った。


凄い、あんな大きな刀を一瞬で出すなんて…

簡単にやってのけたみたいだけど、余程の実力が無いと難しい筈だわ。


もしかして…もしかして…


馬鹿っぽく見せかけて実はとんでもない凄腕なんじゃないかしら。


そんな失礼にも程がある目でノアを凝視していると、ついつい見つめ過ぎてしまってしまったみたいで…


「?」


「、あっ」


ふいにノアと目が合ってしまった。


いけない、そう思う私とは対照的にノアは意外な反応を見せてきた。


「…」


「…え?」


ニコッ


っ!?


子ども達には見せていなかった、また少し違う優しい顔でこちらに微笑みかけてきた。


な、何、それ…


手品の腕に感動していたのも相まってか、さっきまでお間抜けな道化師と思っていた男性に一味違った微笑みを投げかけられ、少しだけ胸がキュッと跳ね上がった。


いやいや嘘でしょ?

これじゃまるで、恋する乙女のトキメキじゃない。


そうやって悶々とした気分で前を見ていなかったから気付かなかった。

まさかノアが、私の目の前まで来ていただなんて…


「っ、きゃぁっ!!」


「♪」


ふと目線を上げた際に映った眼前の白い顔に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

そんな私を見て、満足そうに笑うノア。

理解が追い付かずただただ呆然としていると、ノアがとんでもない行動に出て来た。


「可愛いお客さん、帽子を貸していただけますか?」


「えっ?…あっ、ちょっと!!」


何とノアが私の帽子を取り上げてきた。

いけない!!この帽子は私が王女であるのを隠す為の必須道具なのに!!


「ちょっと返して!!」


もし姫だとバレたら一大事と思い咄嗟に取り返そうとしたその時だった。


ポンッ!!


「きゃっ!!…え?」


何と帽子いっぱいに、大量の花が咲き誇っている。


「…」


「すげー!」と大声で駆け寄ってくる子ども達の中心で私はというと、驚きのあまり言葉を失ってしまった。


嘘でしょ?だってさっきまで私が被っていたのよ?

仕掛けを施すなんて出来ない筈なのに…。


訳が分からずただただ綺麗に咲く花を見つめ続ける私をどこか嬉しそうに眺めるノア。

彼は帽子から花を取り出すと、私の頭へ片手で丁寧に帽子を被せ、一方の花はというと何と目にも止まらぬ速さでラッピングを施し見事な花束を作り上げた。


「美しい人には、美しい花束を」


そう言って跪くと、ノアが私に花束を差し出した。


「え?え?…」


ど、どうしましょう。

胸の鼓動が激しくなって、汗が止まらない…。




「ヒューヒューッ!!」


「!!」


周囲の子ども達のという冷やかしの声でやっと我に返った。


ちょっと何してるのよアリス!!

突然の異常事態ですっかり忘れていたけれど、今の私は世を忍ぶ身なのよ!!


この様子だと、多分ノアや子ども達は私がシューベンハルツの王女だとは知らないみたいだけれど、あまり長居すると他の人達に私の存在がバレるかもしれない。


早くここを去らなきゃ。


「っ!?あ、ちょ…」


慌てた私は目の前のノアに何の返答もせず後ろを振り返り、そのまま一度も振り返らず花束を持ったまま走り去った。


「…」


ノアは突然逃げ出した私を見て一瞬素になったみたいだけれど、そんな姿なんてこの時の私には知りようもなかった。




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