第5話 正に夢見心地
夢みたいな時間はあっという間に過ぎ、マシュー様のリサイタルは、観客の盛大なる拍手と共に言葉通り幕を閉じた。
私の付き添いとして来ていたジャスミンもマシュー様の演奏にはいたく感動したみたいで、幕が降りた後も他の観客と同じく舞台に熱い視線を送りながら惜しみない拍手を送っていたけれど、しばらくすると自分の今置かれている立場を思い出したのかハッとした顔を見せると私の方を振り向いた。
「いやぁ素晴らしい演奏でしたね。という訳でアリス様、無断外出がバレない内に早く帰りましょ…」
「ごめんなさいジャスミン、先に帰っててくれないかしら」
「へ?」
「余韻に浸りたいから1人ゆっくり歩いて帰る事にするわ」
「はぁぁっっ!!??」
マシュー様のあんな素晴らしい演奏を聞いた後に、せかせかとあんな堅っっ苦しい城に帰りたくない。
今は1人のんびりと街中を歩きながら、あの演奏を脳内で反芻したいの…。
しかし、というかやっぱりといった様子でジャスミンはブンブンと首を横に振った。
「絶対にいけません!街をおひとりでぶらつくなど、もしアリス様の身に危険が及ぶ様な事があれば…このジャスミン、生きてはいけません!!」
こんなワガママ王女の身を案じてくれるなんて、素敵な従者を持って私って本当幸せ者ね。
気持ちは嬉しいけど、
そんな思いでジャスミンの肩をポンと叩く。
「ごめんなさい、でもこれさえ叶ったらもう金輪際城の者の目を盗んで城外へ出たいとは言わず公務にも勉学にも勤しむわ…だからお願い!!」
身分を気にせず両手を合わせて頭を下げる。
そんな私を前にしたジャスミンがあたふたし始めた。
「頭を上げて下さい!」
ジャスミンがそう言って私を背中から持ち上げ頭を上げさせようとするけど、私もおいそれと従う訳にはいかない。
それからしばらく2人の攻防が続いたけれど、私がテコでも動かないと分かるとジャスミンがたまらず「あ~もう分かりました!」と観念してくれた。
「それでは私は先に城へと戻らせて頂きます。くれぐれも…くれぐれも!寄り道などせず真っ直ぐお城へとお戻りくださいね!」
「えぇ勿論よ、ありがとうジャスミン」
ジャスミンは正に後ろ髪をひかれるといった様子で背中越しの私をチラチラ見ながら、早足で城の方へと向かっていった。
よし、それでは私も動き出すとしますか。
気付けば陽がゆっくりと沈み始めた頃で空はオレンジ色に染まり、街では仕事を終えたらしい方たちがそれぞれの帰路へと就いていた。
城の中にいたら何も見えないけれど、町ではこうして沢山の人達が生活をしているのね。
そしてそんな彼等の幸せは私達国の手腕に掛かっている…
…ごめんなさい、今だけは自分の身分を忘れて夢の時間に浸らせて。
「あら、ここは…広場かしら?」
少し進むと、横に広場が見えた。
噴水やベンチがあり、老若男女問わず様々な人が思い思いに過ごしていて近隣の人達にとって憩いの場みたい。
これはさっきまでの夢の様な時間を思い返すのに打ってつけのシチュエーションじゃないかしら。
ジャスミンごめんなさい、少しだけ約束を破ります。
そう心の中で懺悔しながら広場へと入っていった。
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