第4話 推し、登場す
幕が上がりきり、開けた舞台に置かれていたのは、1台のグランドピアノ。
たった1台でも充分な存在感を醸し出している。
それから数秒ほど経ってからだった。
「(…来たわ!!)」
1人のタキシードを着た男性が舞台袖から現れた。
大きな拍手と前列にいる女性客らしき者達が漏らした小さな黄色い声がホール内に響き渡る。
彼こそが今日の主役、マシュー·ホワイトだ。
「ふむふむ、噂通りの女性人気ですねぇ」
ジャスミンがこそっと耳打ちしてきたけれど申し訳ない話、この時私の耳には何の声も音も入ってこなかった。
何故なら私も、大きな舞台に1人現れた彼の姿に見惚れていたから。
マシュー・ホワイト、今最もシューベンハルツを賑わせている天才ピアニスト。
豪快と繊細の両極端を併せ持つ奇跡的なピアノプレイも去る事ながら、その麗しい佇まいでも女性を中心に人気を集めている。
…まぁ私もその1人なんだけどね。
彼と初めて出会った…というか一方的に存在を認識したのは、さっき話した公式的に招待された音楽会での時だった。
その時は今日の様な単独演奏会ではなく、国内外問わず集められた名だたる演奏家達による音楽祭みたいなもので、その中で彼はまだ新人扱いだったけれど、私はその日すっかり彼の虜となってしまったのだった。
舞台の中央まで到着して一礼するマシュー様。
シルバーの刺繍が美しいタキシードを着こなしているその体躯はスラリと細身ながらも引き締まっていて、整髪料で整えられた黒い髪は清潔感を引き出している。
だけど最も注目すべきは顔。
何とマシューは顔の半分を、シルバーの装飾を施した仮面によって隠しているの。
何故仮面を着けているかはお父様にも聞いてみたけど分からないと言われたわ。ジャスミンが城下町で聞いた話では大きな怪我があるだとか実は一国の王子なのではないかとか、だけどどれも噂の域を超えないらしい。
唯一見る事が出来る下半分の顔には少しの化粧が施されていて、陶器の様な肌と形の良い唇が見える。
きっと上半分も、美しいんだろうなぁ…
って私は面食いじゃないわよ。
いけないいけない、つい妄想が膨らんじゃった。隠されれば隠される程その部分が気になってしまうものよね。
きっと前列でマシュー様にうっとり見入っている淑女の皆様も同じに違いないわ。
そんな彼女達の熱視線に気付いてか知らずかマシュー様は登場から今まで一切表情を崩すこと無く、そして無駄な動き1つ見せずピアノの椅子に腰かけ鍵盤に長い指を置いた。
「…スゥ…」
〜〜♪
マシュー様の滑らかな指捌きから、心地の良いメロディがホール全体を包み込んでいく。
時には激しく、時には穏やかに。色んな表情を見せてくるその音楽に、観客全員が釘付けとなっている。
そんな音色を奏でるマシューの横顔は仮面で表情を読み取れずにいるけれど、下半分から見える唇は綺麗な形を保ったまま固く閉じられている。
あぁ、やっぱり素敵…。
ジャスミンごめんなさい、さっきは席が遠いなんて怨み言を言ってしまったけれど間違いだったわ。
マシュー様にはそんなの関係無かったのよ。
あの方はきっと天使の使い、
見えるわ、弾きながらも姿勢の良い背中に天使の羽が。
あくまで演奏を生業とする方にこんな感情を抱くのは失礼なのかもしれない。
でも私はすっかり恋に落ちてしまったのだ、
この天才ピアニスト:マシュー・ホワイトに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます