第68話 燃えてたかもな
「俺たちが普通だと感じる猫とか犬とか、それらの生物と比べてアレには何が足りない?」
「え…、可愛さ?」
「…いや、それは人によるだろ」
俺の伝え方が悪かったか? いやこの魔法使いさんがコハルさんとは別ベクトルで天然なのが悪いな。
「ほら、簡単だよ。地上の生物として致命的な欠陥があるじゃん」
サクを追いかけ回しているヒュージスライムを指さし、二人に言う。エルフのウーデは何かに気付いたのか、小さくを声を出した。
「…目が無い?」
「そう正解!」
「え、そう言う事?」
「ヒュージスライム、と言うかスライム系には目が無い」
目、と言うかその他の器官も無い。スライムは核と呼ばれる部位が脳の役割を担っており、それをスライム状の液体が覆う形で成り立っている。
核から放出される電気信号により、体液を操る事で移動や攻撃を行うのだ。
「でも私たちの事は認識出来てるじゃない。攻撃が躱されない理由にはなってなくない?」
「シズさん、認識の仕方なんじゃないかな。目が無いから他の方法で…、例えば熱とか?」
「おお、理解力ぅ。ウーデさんは理解力があるね。ウーデさんには」
「うう、なによ…」
そう、ウーデの言う通り、スライムは視覚の代わりになる認知機能を持っている。
「簡単に言うと振動と温度だ」
スライムは、体液が感じ取った振動や温度が、核に伝わる事で周囲の把握をしているわけだ。
遠くから観察していると、時折り地面や木を叩く仕草を見る事が出来る。これは音、つまり振動の反響によって辺りを認識するための行動だ。
「つまり、奴は振動と温度感のみで地形を把握し、敵を認識している」
「それだけであんなに正確に攻撃を…」
出会した瞬間を思い出したのか、はたまた逃げ続けるサクへ向かって攻撃しているのを見てか、今一度ヒュージスライムを恐怖の対象として捉えてしまった。
確かに、俺たち人間が目を瞑り、音と温度感だけで生活しろと言われても難しい。人間は五感を全て使ってバランス良く認知している。
「…まあ諸刃の剣だわな」
「え?」
「振動と温度感のみで正確に認知しているって事は、その感覚が極端に敏感って事になる。やりようによっては簡単に感覚を狂わせられるってわけだ」
鋭すぎる感覚は、それ故に些細な影響を受けやすい。自閉症等の感覚過敏をイメージしてくれると分かりやすいが、一般的には気にならない音や光に対して、苦痛を感じると言った事を、ヒュージスライム相手には意図的に起こしやすい。
「結局どう言うことなの?」
「魔法の威力を底上げするために溜める行為は、通常その硬直時間によってタイミングを合わせやすく、避けられやすい。ただスライムには視覚がなく、振動と熱による認識阻害が可能になる」
「うん…?」
「まあ簡単に言えば、俺たちが邪魔するから遠慮なく大技ぶっ放せだ」
「なんだ、簡単じゃない」
この人はアレだな。脳筋系魔法使いだ。力こそパワーであり、パワーこそ力だ。
「もう限界だ!!」
スタミナ値の上限が来たのだろうか、先ほどまで元気にスライムと駆けっこをしていたサクも、回避に余裕が無くなりつつある。
「攻撃の準備をしろ!」
シズにそう言うと杖を前に掲げ、魔法を発動させる。初級魔法である火球は、火の球を作り出し、敵に放つもので単体ではヒュージスライムにダメージ一つ負わせられない。
しかし溜める事で大きさ、威力共に底上げ可能で、シズの最大溜めならきっとギリギリ倒せるはずだ。
「僕たちはどうスライムの妨害を?」
「ちょっと待ってろ」
俺はインベントリから松明を三つ取り出す。
「ちょっと火ぃ、借りますねぇ」
喫煙所でライターを忘れた人風にそう言い、シズの溜めている火球から火を確保する。その松明を一つウーデに渡した。
「その松明を掲げて、スライムから遠からず近すぎずの距離を保ってくれ」
「はい」
熱を察知したのか、ヒュージスライムはサクを追うのをやめ、松明を掲げる俺たちにターゲットを向ける。
「うわこっち来た!」
「よーし、俺たちも付かず離れずの距離を保つぞ。魔法使いの側に寄らせないよう立ち回れ。別ゲーでの経験活かせよー」
ウーデと離れ、対角線上になるよう移動する。サクも察したのか、俺の所へ駆け寄り、松明を受け取ると、松明で三角形を作るように位置を調整する。
こうする事で、スライムは周囲に現れた強い熱によって俺たちの姿を認識しづらくなった。
スライムの挙動からも明確で、先ほどまで元気にサクを追い回していたはずなのに、動きが鈍り、どこか混乱しているようにも見える。
距離感も見誤るようになり、回避行動を取らずともスライムの攻撃は当たらなくなった。
「すげえ、こんな簡単に…!」
「油断するなよ。シズの火球が大きくなればなるほどそっちにタゲが向きやすくなる。その分俺たちはスライムに近づき、妨害しないといけない」
「分かってる!」
流石の連携度だ。今回はよそ者の俺に、ウーデとサクの二人が合わせてくれている。俺がスライムに近づきタゲを取ると、その動きに合わせて三角形を作り、熱の包囲網を崩さないよう立ち回ってくれる。
シズに攻撃が向かないように敢えてタゲを取りに行っているのだが、その動きが安定しているのはこの二人の連携あってだ。
連携だけ言えば、妖精の解放で見たスターレインのパーティーとなんら遜色がない。まあ、スターレインの人たちはRSFを理解し尽くしているから、火力の取り方だとか回復の仕方だとかは異次元だけど。
「いくわよ!!」
シズがそう言うので振り向くと、彼女の頭上にはバランスボール二つ分の大きさの火球が浮かび上がっていた。
「あはははっ!」
「シズの奴、ハイになってるな…」
「おいおい、マジかよ」
俺が思ってたよりレベルが高かったか。これなら余裕でヒュージスライムを吹き飛ばせる。
初級魔法の火球が、あれ程の大きさになるとは…。「これはメラ◯ーマではない、メ◯だ」を再現できていると言っても良い。
「アツいなぁ!!」
「…待って、これ僕たち巻き込まれない?」
「「え…?」」
ウーデの一言に一瞬の硬直。そして自分の影が一気に伸びてゆくのが分かった。
「回避ぃ!!」
俺の必死の叫びと共に、ヒュージスライム、いやシズから放たれた巨大なメ◯にその身を焼かれないよう退避する。
突然現れた膨大な熱量に身動き一つ取れなくなったヒュージスライムは、巨大な爆炎が降り注ぐのをただ待つだけだ。
火球からは想像できない爆発音と共に、熱風が吹き荒れた。
背後に立ち上る火柱を見て、横にいるウーデとサクを無事を確認する。どうやらなんとかなったようだ。
「…普段からアレなのか?」
「まあ、興奮するとああなる」
ヒュージスライムを見ると、炎に体液を焼かれ、核にヒビが入っていく。
発声器官が無いため、鳴き声は聞こえて来ないが、あればきっととんでもない断末魔が聞こえたのかもしれない。
「…俺たちも燃えてたかもな」
「「マジですまん(ごめんね)」」
「あはははっ!!」
少し離れた場所から、魔法使いによる高らかな笑い声が聞こえてくる。
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