第65話 ファンサは大事だよね




「あっという間だったね!」


「はい、エグいっす…」


 コハルさん特製弁当は売り切れ、その代わりにたんまりとゴールドを得る事が出来た。長蛇の列も屋台を囲む人だかりも霧散し、忙しい商売の時間は終了を迎える。


 俺の見立てでは、1〜2時間の間に売り捌ければ良いかな〜程度だったのだが、気付いてみればたったの30分程で全て売り切ってしまった。


 山積みになったお弁当がどんどんと消えていく様子には、最早恐怖すら感じたよ。


「はい、今日のお給料です」


「へ?」


 屋台の片付けを済ましていると、コハルさんが袋に包まれたゴールドを手渡してきた。ずっしりとした重量で、中身を確認してみると、今日の売り上げの半分が入っている。


「お姉さん!?」


「はい!」


「多すぎますよ! 店を経営する分の事考えてます?」


「え、でもヨルくんのおかげで売れたし…」


「でもじゃありません!」


 給料を渡す側の人間であるコハルさんが、何故だか口を尖らせしゅんとしている。


 指をもじもじさせ、拗ねている様子のコハルさんを見て、言い過ぎたかと反省する。まあ、お金を貰えた事は嬉しいし、お財布事情的には助かる事なんだけどね。


「コハルさん、お給料ありがとうございます。今回は受け取りますけど、次からは店の経営も考えてくださいね」


「うう、分かったよぅ…」


 お姉さんと言うよりこれじゃあ子犬だな。なんて考えながら、俺の手はコハルさんの頭に伸びていた。


「あぶな」


「あれ、お姉さんのこと撫でてくれないの?」


「いやっ、はっ? いや、えぇ?」


 ここであたふたしちゃうの、最高に大鳥ヨルって感じだなぁ…。


「って揶揄わないでください!」


「ふふふ、ごめんね。この後はどうするの?」


 屋台の解体が終わり、インベントリにパーツを投げ込む。この後としては、お店での営業を予定していた。


「お弁当と一緒にイツヒの家についてのチラシを入れといたので、お店に戻ろうかなって思ってたんすけど…」


 お弁当を買ったプレイヤーの内、10人に1人が店に来てくれれば良い程度に考えていたのだが、コハルさんという要因で、チラシの集客効果は倍になったと言って良い。


「開店は夜にしましょう」


「なんで?」


「このままじゃ人が来すぎて、対応の出来ない混雑になる可能性があります。なので、夜から開店する事にして混雑を避けましょう」


 このまま宣伝しながらイツヒの家に戻り、開店すれば客はそれこそ雪崩のように来るだろう。それはコハルさんという女性の力を目の当たりにした俺だからはっきりと言える。


 しかし、それでは非常に効率が悪い。店内は広いとは言えず、列が伸びるばかりで、予想される混乱に対する見返りお金は少ない。


 それならいっそ夜からにして、ある程度の客足を抑え、客に対しての満足度を上げ、リピーターを増やす方向にシフトすべきだ。


「夜からの営業か。それなら食材の仕込みをして美味しい料理の準備をしなくちゃ!」


 コハルさんは、先程までの接客による疲れを感じさせない力強さで気合いを入れている。客に対してどのような料理を振る舞うのか、楽しみだ。


「ヨルくんはそれまでどうするの? まだ時間あるけど…」


 日が暮れるまで数時間ある。仕込みの手伝いをしようとも考えたが、俺のスキルレベルじゃいない方が良いまでありそうだ。


「俺はちょっと時間潰してから店に戻ります。料理、楽しみにしてますから」


「うん、任せろり!」


 皆さん、任せろりが出ました。拍手をお願いします。


「それじゃあ一旦解散で!」


「はーい」


 コハルさんと銅像の前でそのまま別れ、俺は一人大門前の広場にて深く息を吸う。


 さて、イツヒの家開店までの間どうするのかだが、啓蒙活動でもしようかなと。


 お弁当を売っている間、客を観察していて分かった事がある。当たり前だが、始まりの街であるスタットには初心者が多い。


 装備が整っていなかったり、準備が不足気味であったりと、始まりの草原であっても、運が悪ければ死に至る可能性のあるプレイヤーがやはり多い。


 始まりの大門の前に立ち、インベントリから黒衣とフクロウ風のペストマスクを取り出す。この黒衣ももう13号になった。


 エーテル戦の時に装備した外套を改造して作り上げており、クリティカルダメージ低減効果を引き継いだものとなっている。もちろんポケットもいっぱいあって収納もばっちり。


 黒衣を羽織り、始まりの草原へと足を踏み入れると、流石は始まりのサバイバルエリアなだけあり、出入り口付近は多くのプレイヤーで賑わっていた。


 フクロウの仮面を装備し、アイテムを確認していると、俺に気付くプレイヤーもちらほらと散見してくる。


「え、ねえフクロウじゃない?」

「本当だ!」


 そんな会話をしている女性プレイヤーの二人組がいたので、手を振ってみる。


「ども〜、フクロウだよ〜」


 うんうん、ファンサは大事だよね。


「「きゃあ〜!!」」


 すると認知されたからなのか、その二人組が勢いよく詰め寄って来た。それが原因か、周囲から注目を浴びる。


「うわ、フクロウいんじゃん!」

「俺ビルズ行くのが目標なんよね」

「あのサイン下さ––」


 俺は煙幕を取り出し、地面に叩きつける。勢いよく煙が広がり、視認性はゼロになった。


「怪我したら俺の名前を呼びな! 治療集金しに来るから!」


 歓声を背にしながら、人だかりを抜けてそのまま始まりの草原を駆けていく。


 さてと、RSFの怖さってやつを初心者に教えに行きますか。

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