第64話 深みに気付いていなかった
時刻を確認すると、リアルの時間が13時を過ぎたところだった。
ちょうど昼ご飯を食べた人達がRSFにログインしてくる頃合いだろう。また、日曜日と言うこともあり、ここ始まりの街スタットの人口はピークになると言っても良い。
「あ、ねえあれじゃない? 紹介されてたお店」
俺の耳がそんなセリフを捉えたのを皮切りに、屋台の周りが段々と騒々しくなる。
「あれ、なんか人が集まり始めた!?」
「コハルさん、チャンスです…!」
よくやったぞ、ウイセ。情報考察系プレイヤーのユイとして拡散力を示してくれたようだ。
なぜウイセがイツヒの家の事を宣伝してくれたのか、それは昨日コハルさんと別れた後の事だった。
あ、回想シーン入りまーす。
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コハルさんと別れた後、俺は情報を仕入れたとして、ウイセに連絡を入れた。
手には野草の和え物を入れてくれた箱を持ち、ウイセが現れるのを待つ。
「あ、ヨルくん。それで情報とは?」
「とある飲食店についてさ。イツヒの家って知ってるか?」
「イツヒ…、確か最近亡くなったお爺さんじゃなかったっけ」
うわ、知ってるんだ…。
「そのお爺さんの店を一人で受け継いだプレイヤーがいるんだよ」
「へえ、それで?」
「それで…、あ、これ食べる?」
そう言って俺は和え物を差し出す。
「え、急だね」
「まあね」
突然出された料理に、ウイセは最初こそ困惑し、疑いを向けてきたが、食欲を唆られたのか箸も受け取り、和え物を口に入れる。
「…美味いだろ?」
「うん、凄く美味しい…。私がRSFで食べた物の中で一番の衝撃かも」
「はは…。さて、食べたよな?」
「…え?」
「食べたよな?」
ウイセはそこで気付いたのか、はたまた気付いた上で茶番に付き合ってくれたのか、深いため息を吐いた。
「そう言う感じね?」
「明日の13時頃、大門前の銅像でイツヒの家名義でお弁当を売るから、その宣伝をしてくれ。ウイセが食った料理の対価な?」
「別に、普通に言ってくれたら宣伝するのにさ。まあでも––」
「––俺らしい、だろ?」
ウイセは優しさと呆れの混じった笑顔で頷いた。
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ウイセの宣伝の効果はまず間違いなく、イツヒの家の知名度を底上げしてくれた。
気付けば、周りの人だかりは屋台に並ぶ列となり、列に並ぶ人が更なる宣伝効果を生み、列がどんどん長くなる。
「あわわ、凄い人数!」
「売りまくりましょう」
「うん! でも緊張するよ〜…」
「お客さん全員俺だと思って接客すれば良いんすよ。ほら、昨日みたいに」
俺がそう言うと、コハルさん胸に手を置いて深呼吸をする。すると俺の方を見て微笑んだ。
「ふふ…。本当だ、安心する」
「ヨカッタヨカッタ…」
不意の破壊力エグいんな…。
さて、レッツ商売!
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お弁当を売り始めて10数分が経った。
そうなる頃には、俺自身の見通しの甘さに、激しい身震いを覚えた。
「はい、頑張ってきてね!」
「ありがとうございます!!」
コハルさんはお姉さん力の溢れる笑顔でお弁当を渡し、客を見送った。一息つく間も無く、すぐに新しい客がお弁当を注文する。
俺の見通しでは、接客の中で上手くオチた数人に対してイツヒの家への宣伝効果を期待していたのだが、コハルさんは俺の想像の遥か上を行った。
「これから探索ですか?」
「そうなんですよ」
「頑張ってくださいね! お姉さんも応援してるよ!」
「はい! 頑張ってきます!!」
これだよこれ。この圧倒的コミュニケーション能力。自分で言うのもなんだが、俺もコミュ力は高い方だという自信があったものの、彼女の前では霞んでしまう。
敬語とタメ口の両立。そしてお姉さんというキャラクターの確立。相手側からしても会話をしやすい空気を作り出している。
意識してか、それとも無自覚なのか、どちらだとしても凄い事に変わりない。
俺はコハルさんという女性の深みに気付いていなかった…。
「お弁当2個下さ〜い」
「はーい!」
そしてコハルさんの対面力は男相手だけじゃない。
「その装備似合ってる!」
「え、本当ですか!?」
「うん! お客さんの可愛い見た目も相まってキラキラしてるよ!」
「きゃあ嬉しい!」
女性プレイヤーに対しても、そのコミュ力は健在だ。話題の選択も中々に上手い。
女性に対して外見の話題を振ることはリスクを伴うのだが、ゲーム、ましてやRSFでは裏目がほぼ無くなると言って良い。
コハルさんのように、アバターの外見や装備を褒めた際、コスケのようにキャラクリにこだわったプレイヤーも、俺のようにこだわらなかったプレイヤーどちらにも好印象を持たれやすい。
時間を費やして作ったアバターを褒められるのは嬉しい事だし、俺のように自分の見た目ベースの場合は、リアルの容姿を褒められるようなものなのだ。
完全に想定外だ。これじゃあまるでアイドルの握手会みたいじゃないか…。
お弁当を買ったプレイヤー全員が、気分ウキウキで始まりの草原へと向かって行く光景は異様だ。
「……」
お弁当の残りの数を確認し、在庫切れを列に伝えに行く。
「在庫切れにつき、ここまでになります〜!」
列の人数を数え、並んでいる客に伝える。
ギリギリお弁当を買える事が決まったプレイヤーは安堵の表情を浮かべ、買えない事が決まったプレイヤーは落胆した様子で散っていく。
行き場の無いイライラを俺に向けて来た人もいるが、しゃあない。ドンマイだ。
屋台ではいきいきとした表情でお弁当を売るコハルさんが元気に接客中だ。
スタットのアイドルになる日も、そう遠くはないのかもしれない。
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