第63話 詐欺じゃないです
「ヨルくん、お待たせ!」
「あ、おはざます」
俺とコハルさん一夜明け、スタットの広場にある銅像の前で待ち合わせをしていた。
ここはスタットと始まりの草原を繋ぐ、始まりの大門の目の前で、屋台が並び、NPCとプレイヤーが入り乱れて商売をしている。
商売の盛り上がりに関しては、人が多い事も相まって、港町のイルルーンに次ぐ勢いだろう。
「特製弁当は作ってこれました?」
「うん、作れるだけ作ってきたよ!」
コハルさんはそう言って大きなカバンを持ち上げる。中には使い捨て木箱が数十個入っており、それら全てはコハルさんの所で売っている特製弁当になっている。
「これをどうするの? 二人で食べるには多すぎるよ?」
「いや食べないっすよ…。売るんです」
確かにお弁当を用意して欲しいとだけ伝えていたが、ここまで来て売ると言う選択肢が出るならまだしも、二人で食べるという選択肢はまず出ないだろ…。
コハルさんの納得したような顔を見ながら、俺は思う。
うん、この天然素材、愛していこう。
「でもどうやって売るの?」
「ここの広場については知ってます?」
「え、大門前の広場でしょ。でも許可取らないとじゃなかった?」
コハルさんの言うように、この広場では自由に商売が出来るわけではない。商売ギルドにきちんとした利用証を渡し、許可を貰わないと屋台を出せない。
広場が混雑する事と、初心者を狙った詐欺を防ぐ関係上、許可取りは一日そこらで取れるような物じゃない。
「おー、知ってるなんて凄いですね」
「えへん、お姉さんだからね!」
「すね〜」
んー、ちょろ可愛いってやつかな。
「なんで広場じゃなくてここで売ります」
俺は現在立っている位置を指差し、コハルさんに伝える。
「え、ここ広場じゃないの…?」
コハルさんはきょとんとした顔で辺りを見回す。その反応ももっともだ。なんて言ったって待ち合わせに指定したのは広場にある銅像だからな。
「この銅像を境に広場とそうでない所が別れてるんですよ。つまり、ここから先が広場で許可がいる。ここからは許可がいらない」
「へえー、知らなかった」
広場以外では許可無しに屋台を出店しても良いのだが、途端に客足は減る。やはり許可持ちの信頼性と大門前と言う立地がそうさせるのだろう。
だがこの銅像手前はまた話が違う。
大門前という人が多い環境であり、大多数のプレイヤーからしたら銅像手前も広場に変わりなく、まるで許可持ちのような顔で商売が出来るのだ。
「それって詐g––」
「詐欺じゃないです。ルールは何も破ってませんし、誰も騙していません」
「そうかなぁ…?」
「はい。もちろん俺たちがこれからプレイヤーを騙して商売をしようって言うならそれは詐欺です。でも、俺たちはこれからサバイバルエリアへ向かうプレイヤーに、ただお弁当を売るだけです。これのどこが詐欺なんですか?」
「確かに、それもそうだね! お店のためにいっぱい考えてくれてありがとうね」
そう言ってコハルさんは俺の頭を優しく撫でてくれる。
ちょろいわぁ、このお姉さん。ちょっと距離感気になるけど…。
まあ確かに真っ黒よりのグレーだよ?
でも誰かが言ってたじゃん。白は200色あんねんって。だからきっと黒にも何色からあるんだよ。
うん、言い訳にもなってないね。
「でも屋台はどうしよっか?」
「ああ、それは借りてきたので大丈夫です」
俺はそう言いながらインベントリから組み立て式屋台のパーツを取り出して行く。
これはバルクハムから借りてきた物だ。バルクハムの店に行った際、ピノーも看板猫として呼ぼうと思ったのだが、それはやめた。
俺の使命はコハルさんの店、つまりイツヒの家を盛り上げる事。
ピノーの集客ブーストにより、屋台での客は増えるかもしれないが、店のその後に繋がらない可能性がある。
ここはコハルさんと彼女の料理の魅力だけで客を集めなくてはならない。そしてそのための下準備を俺が行うわけだ。
コハルさんと関わった時間は少ないが、それでも間近で見てきた俺が言える事は…。
「…勝算しか見えん」
「うん? あっ、後はこれだけだ」
一緒に屋台を組み立てる事十数秒。ゲーム内と言う事もあってか、あっという間に屋台は完成した。最後に、屋台の横に「イツヒの家出張所」の看板を立てて完璧だ。
「ふあー、緊張してきちゃった…」
「いつも通りで大丈夫っすよ」
屋台を構え、露骨に緊張しているコハルさんにそう声をかける。
普段からお店を営業しているわけなんだ。結局始まってしまえばすぐに緊張も無くなるはず。
「特製弁当の値段を聞いても良いですか?」
「えっと、300円で売ってるよ」
ゴールドの事円って言ってる。確かにNPCにはメタ認知の変換で円=ゴールドになるけども。
「ここでは590円で売ります」
RSFでは売買に二種類ある。ゲームシステムによってお金がプレイヤーの口座間を移動する場合と、直接手渡しをする場合だ。
プレイヤー同士では、直接の手渡しはほとんどない。それこそ初めてルナに闇医者ムーブをした時の事を思い出して欲しい。あれに売買による強制力が発生するようなものだ。
対して直接手渡しする場合。このゲームではルルカル先生のように、NPCが現実世界の俺たち同様生活をしている。
彼らはもちろんゲームシステムなんて認知していないので、お金のやり取りは手渡しで行なっている。それはプレイヤーも行えるわけだ。
そしてゴールドの仕様について、コハルさんが日本円で言ってくれたので、それで説明しよう。実際日本円となんら変わらない。
ゴールドにも日本円のように100円玉や千円札と全く同じまとまりがある。
プレイヤー間でのやり取りや、ゲームシステムの恩恵を得られる街のNPC店では意識されないが、例えば900ゴールドの物に対して1000ゴールドで購入すると、100ゴールドがお釣りとして帰ってくるわけだ。
もちろん500ゴールドと100ゴールド四枚で払えばぴったりになる。現実での売買をイメージしてくれれば良い。
「へっ、でも二倍だよ?」
「何か問題ありますか?」
「だって、お店で売っている値段から急に二倍になっちゃうのは、流石に詐g––」
「––詐欺じゃないです」
良かった。何か300円に強いこだわりがあるのかと思ったが、そうではないらしい。
「俺は昨日、コハルさんの料理を食べて思ったんです。無料でこんな美味しい料理を食べても良いのか!? と。これまでが安すぎたんですよ。これ程の料理、590円でもまだまだ安いと俺は思ってしまいますけどね…」
「もう、ヨルくんっ! そんなに褒めても何も出ないよ〜?」
コハルさんは嬉しそうにしながら、またしても俺の頭を撫でてくれる。
うーん、ちょろすぎるなぁ…?
誰かに騙されないか心配になるなぁ…?
まあ俺が言った事も本心だが、目的はもう一つある。
「コハルさん、多分今日お釣りを渡す事が多いと思うので、渡す時にはめっちゃ愛想良くお願いしますね」
「うん! いつもお客様には感謝をしっかり伝えるようにしてるから!」
俺の狙いはここにある。
590ゴールドと言う価格設定。手渡しに限り、お釣りを許容する金額。
「500ゴールドと50ゴールド1枚、そして10ゴールドが4枚か…。なら500ゴールドと100ゴールドで払って10ゴールドのお釣りを貰おう」となる値段!
そしてお釣りを渡す時、俺が昨日コハルさんに圧倒的お姉さん力を感じた、あの表情でありがとうを言われた客は…。
「…確実にオチる」
「オチる…?」
「コハルさんの料理が美味しすぎて食べた人全員頬っぺたが落ちちゃいますよ!」
「ふふ、そうなったら嬉しいね〜」
よし、もうすぐかな。
ユイ、お前の拡散力を見せつけてくれよ?
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