第61話 え、野草?
悲鳴の聞こえてきた方向に向かってみる。
断絶の力がまさかこんなにも強く、使い難いものだとは思ってもいなかった。俺はただ木にどれだけダメージが入るのかなぁ程度に考えていたのに、まさか木を切り倒して最大体力の半分も持ってかれるとは思わなんだ。
気を付けよう、ビルズを出てからちょっと警戒心というか、注意力というか、そこら辺の感覚が鈍っている。
「あの、大丈夫ですか?」
進んで行くと、倒れた木の横で腰を抜かしたのか、転んだ女性が驚いた顔をしている。
最初こそNPCかと思ったが、薬草採取のクエストを受けていたプレイヤーなのだろう。手にはカゴを持っている。しかし、装備はサバイバルエリアにいるとは思えない、戦闘用とは言えないものだ。
スタットの街で見かける、女性NPCのような質素な服装。長いスカートとエプロンだろうか、街で暮らしているような生活感が随所に表れている。
「あの?」
「あっ、はい! 大丈夫です! 急に木が倒れて来てビックリしちゃいました…」
「あっ、そうなんすねぇ…」
診察スキルで診た感じ、大きな怪我はしていないようだ。若干の擦り傷が見られるが、これで大怪我、最悪死んでたら俺もうどうすれば良いか分かんなかったよ…。
てか木倒したの俺ですって言えないかも〜。
「ちょっと怪我してるみたいですね。俺治療スキルあるので治しますよ」
「え、良いんですか?」
「はい」
俺はそう言い、残り少ない回復薬を用意しながら彼女に近づく。すると、女性は長いスカートを力強く握りしめて、警戒心を途端に強く示す。
「あのっ、お金、持ってないです…!」
「んぇ!?」
闇医者やってることバレてる!?
「え、いや、闇医者やろうとしてるわけじゃないですよ!?」
「…闇医者?」
闇医者という単語にピンと来ていないのか、彼女は首を傾げて疑問符を浮かべている。
どうやら闇医者を知らない様子。
恥ずかしい、皆んなが皆んな闇医者の事を知ってるわけじゃないんだよ。有名になったと勘違いするのも大概にしなさいよ。そんな声が聞こえてくる。
「んふー、何でもないです。普通にお金取らないっすよ。木を倒しちゃったのも俺の不注意が原因なので、怪我を治させてください」
「そ、それならお願いします…」
警戒はまだ完全には解けていないが、拒絶するような壁は消えた風に感じられる。
俺は彼女の側にしゃがみ込み、もう一度詳しく診るため、診察スキルを使用する。どうやら驚いた拍子に転んだ際、足を挫いてしまったようだ。
スカートを少しずらし、足首に治療を施す。その他ふくらはぎにも若干の擦り傷があったので、傷にならないよう丁寧に治療を行なっていく。
特に意味は無いから聞き流して欲しいのだが、ガッツリ見えるよりチラリと見えるチラリズムこそ至高だと思う。
いや本当、特に意味は無いんだけどね?
「おっけ、終わりました」
「ありがとうございます」
「はぃ…」
感謝される筋合いが無いというか、俺のせいでこうなってしまってるわけで…。
「あの、お名前をお聞きしても良いですか?」
「え、あー、ヨルって言います。あなたは?」
「私は小町コハルです。普段はお花屋さんで––」
んちょっと待って!?
「––ちょ、あの、ゲームの名前…?」
「あっ…!」
そこで彼女はしまったと言わんばかりの表情を浮かべ、目からも動揺が凄まじく伺える。
「えと、その〜…」
「…はい」
「ゲーム、の名前も、コハルです…」
「……」
俺も本名をそのままプレイヤー名にしてしまってるので人の事を言えないが、リスクを承知の上で面倒くさい、そしてヨルって名前がそもそもゲームのキャラみたいってのもあってこの名前にしている。
しかし彼女は多分違う。完全にゲームに慣れていないが故に来るネットリテラシーの未熟。
「…コハルさん、俺は何も聞いてないですから」
「はいぃ…」
いや気まずいな。なんでこんな事に…。
……うん、木を倒した俺のせいだわ。
「コハルさん。今何してるんですか? せっかくなので手伝いますよ!」
空気を払拭しよう!
今は多分クエストの最中だろう。もうすぐ日も暮れるし、俺が奪った時間の分はしっかり手伝うべきだ。
「良いんですか!? 助かります!」
「あ、はい…」
コハルさんは目をキラキラと輝かせて俺の手を握った。ちょっと、女性の方に急に触れられるとドキドキしちゃうって…。
「それではこの野草を採るのを手伝ってください!」
「え、野草? 薬草じゃなくて?」
「はい。この野草は和え物だったり、天ぷらにすると美味しいんですよ」
コハルさんの説明を聞き、今一度カゴの中を覗き込む。そこには俺の知ってる薬草はなく、タラの芽に似た植物が入っていた。
「なるほど、知らなかった…」
そうか、薬草があるなら食べられる野草もあるよな…。料理スキルも一応取ってはいるがレベルは初期値だし、食材という観点に関してはど素人だ。
やっぱり、RSFのコンテンツは無限大だな…。
「ふふ、そんなびっくりですか?」
「あ、いや、薬草採取のクエストかなって思ってたんで…」
「それだったらこんな奥まで来ませんよ」
確かに、薬草なんてどこにでも生えてるんだ。こんなサバイバルエリアの奥まで来る必要性は皆無か。
考えればすぐに気付けたのに、これが決めつけは良くないって言う良い例だな。
「それじゃあこのタラの芽みたいな野草を採るの手伝います」
「ありがとうございます!」
また、俺のレベルが上がりそうな気がする。
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