第60話 フラグぇ……
バルクハムの店から飛び出し、行く当てもなく、ただあの人だかりから離れるようにして歩いていく。
取り敢えず服装は着替えた。黒衣のままだとバレる確率が格段に跳ね上がるからな。
今の服装のモチーフはRSF中級者プレイヤー。
ゲームの使用にも慣れ、取りたいスキルの獲得や自分のしたい事が明確になったプレイヤーの一部は、一度街のNPCに似た服装になる。
これには理由があり、スキルの獲得条件に起因する。
NPCから教わる事が条件のスキルの中にも、探索スキルや裁縫スキルなどの有用なスキルが存在しているのは今となっては広く知られていることだ。
そんなスキルを教わっている最中、見た目によってRSFの世界観から浮かないようにする目的で、装備をNPC風にするプレイヤーがそれなりにいる。
実際俺も、闇医者ビルドが完成する前はルルカル先生のお下がりを来て、スキル獲得条件である医療研修を行っていた。
そんなNPC風の装備の中でも、プレイヤー間でアクセサリーやら何やらで個性を出していた。
きっとそう言ったお洒落意識ってやつが、RSFでの流行になって行くのかもしれないな。
「猫耳カチューシャも言わば流行ってやつだったし…」
すれ違った二人組の女性アバタープレイヤーが身に付けている猫耳カチューシャを横目で見つつ、そんな事を考える。
猫耳カチューシャは、ピノーの人型を不思議がられないために企画し、バルクハムに開発をお願いしたアイテムだったが、いつしか生産職プレイヤーによって量産。なんなら犬耳やら狐耳やら亜種が大量に出回り、売り上げは一気に期待出来なくなった。
「…カチューシャの売上も視野にあったから、一文無しは回避出来ると思ってたんだけどなぁ」
世の中ことごとく上手く行きませんね。
だからこそ楽しいんですかね。
分からないですね。
さて、少し話は変わって人間の認知について簡単に話そうか。
人は案外他人の顔を覚えていない。これが結論だ。現に俺は服装を変えただけなのにバルクハムの店前のような人だかりは全く出来ていない。
ヨルという存在よりも、フクロウやピノーと言った存在が大きいと言うのもあるだろう。
ビルズの夜明けを例にして出してみよう。
序盤のフクロウ風ペストマスクを被った俺と、中盤のアリエッタさんにデレデレしていた素顔の俺。そして終盤、フクロウの嘴をモチーフにした、顔の下半分を隠すマスクを付けていた俺。
果たしてどれが一番印象に残るのか。
客観的に見て、元々一部に知名度があったペストマスクと、最終盤の激アツシーンで着用していたマスクの方が圧倒的に特徴があり、印象にも残る。
少し複雑だが、ヨルという個人ではなく、動画に出ていたヨルというキャラクターが先行しているわけだ。
今ここで俺がビルズを救ったヨルですと叫んでも、イタい奴、もしくはよく見れば似てる? いややっぱイタい奴だ、になるのが目に見えている。
「まあ、不幸中の幸いか…?」
…………。
周りからは、他のプレイヤーやNPCの声が聞こえてくるのに、今日はなんだかやけに静かに感じる。
「……」
えまって寂しい。
ピノーがいないのめっちゃ寂しいんですけど。そう言えばアプデが入ってからずっとピノーと一緒にいたからか、そのせいで感覚が麻痺してしまっている。
「俺はずっとソロでやってたじゃないか! そうだ! 俺は闇医者フクロウとして、一人でもやっていけるはずじゃないか!!」
今日はスタットで闇医者をしよう!
「ってお金と薬がなくて出来ないんだった…!」
俺はため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。その際に、異質な存在感を放つ右手の黒いグローブに目をやる。
エーテル戦の戦利品と言うべきか、それとも託された宝と言うべきか、この断絶の黒というアイテムは絶対に売れない。
今でこそ手のサイズにぴったりのグローブだが、その姿形は如何様にも変化する。
「そういえばコイツの検証はまだしてなかったっけか…」
うん、薬草採取ついでにコイツの検証もしようか。そうと決まれば、始まりの草原に向かおう。
*********************
「…うーん?」
草原にて、一部森林地帯になっている場所で、俺は【断絶の黒】というアイテムについて色々と検証を行っていた。
とりま分かった事は二つ。
一つ。形の自由度は無限大で、俺のイメージした通りの形状に変化してくれる。
二つ。質量はゼロに等しい。
まずは形状の変化について。意識下に無い時は常に右手に、黒いグローブの様に装備されており、イメージを与える事で形状が変化する。
形状変化に対するコストは無く、無限に形を変える事が出来る。球状にした時の最小体積はビー玉程で、最大体積はバレーボールよりも一回り大きいかな? くらいだった。
エーテルはもっと大きな鎌を持っていたような気もするので、持ち主の大きさにも関係があるのかもしれない。
無限に形状を変化出来ると言っても、制限があり、細かいパーツを組み合わせて作られる物には変化が出来なかった。
例を挙げると、エーテルの持っていた様な鎌には、簡単に変化させる事が出来たが、銃のような複雑な機構を待ち合わせる物には変化させる事が出来なかった。
これはアルトサックスと言う楽器に断絶の黒を変化させようとした時に気付いたもので、600程の部品で出来ているサックスが無理なら、どこまでが変化出来る範囲なのだろうかと検証したわけである。
え、なぜアルトサックスなのかって?
…いや、カッコいいだろ、サックス。
「そんでもって、一番意味分からんのは質量だ」
分かった事二つ目。質量は限りなくゼロに近いという事。マジで意味分からん。
祠で神器を斬った時はもちろん、エーテルの断絶世界によってダメージを受けた時にははっきりと重さという点における圧力を感じた。
しかし、今となっては全く感じない。目を瞑れば持っていないと言われても信じられてしまう。ただ触れている感触はあるのだ。
無理やり言葉にするとすれば、この世界との狭間に存在している物体が、その一部をこの世界に出現させているような不気味さを感じさせる。
黄昏という、朝と夜の狭間であるビルズの一つのテーマに、どこか近しい感覚だ。
重さを感じないという意味では、筋力に関わらずどの大きさにしても簡単に扱えるので、メリットと言って良いと思う。
「ちょっと、まだまだ分からない事が多いけど、形状についてはこんな感じか」
最後に、これが一番大事なのだが…。
「断絶の力はどんなもんなんだろうな」
断絶の黒を剣の形に変化させ、始まりの草原でも1、2を争う巨木を前にして構える。
この巨木は俺がナイフスキルや投擲スキルのレベル上げをするために的にしていたもので、樹皮は硬く、剣ど素人俺ではまず傷をつけられるわけのないものである。
剣スキルは持ってないため、ルナやその他プレイヤーの見よう見まねだ。
「【断絶世界】」
エーテルの攻撃をイメージし、剣を振る。すると、急に剣が重くなり、また一気に自身のHPが減ったのがわかった。
見ると、HPの総量を示すHPバーがちょうど半分にまで減っており、それに伴うショック判定がなされていた。
片膝をつき、吐き気を我慢しながら巨木を見る。そこには変わらず鎮座する巨木があった。
「いやいや、えぇ…?」
不発に終わったのにこの反動…? と思っていると、巨木はゆっくりとズレ、倒れて行く。よく見ないと気付けなかったが、俺が剣を振った横方向へ、綺麗に一本の切断線が引かれていた。
「断絶の力は、防御力だとか耐性だとかを無視したもの。そしてその代償は自身の最大体力の半分と…」
体力の横にタイマーがあるので、最大体力低下は一時的なものなのだろうが、まず連発は出来ない。そしてもし連続して使った場合、少なくなった最大体力の半分が吹き飛ぶのか、はたまた残った体力が亡くなり即死するのか…。
「そーれは試せねぇなぁ…」
ゆっくりと倒れて行く巨木を見ながら呟く。
この木の倒れた先に人が居なければ良いけど。
いて怪我させたらどうしようかな。
流石にそれを相手に闇医者ムーブは出来ないしなぁ〜。
まあそんな低確率な事起こるわけ––。
「––きゃあっ!?」
木が地面に倒れる音と共に、誰かの悲鳴が聞こえて来た。
「フラグぇ……」
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