第59話 ぐぅの音は出た
「やっぱ想定外の事が起こるのたまんねぇなぁ!!!」
ここは今話題の【ReStart Fantasy】を製作販売しているVALTの本社、その一室。
ここではRSF関連のデザインやバランス調整など、多岐にわたる仕事が行われている。
そんな一室で、一人の女性が奇声を上げながらパソコンに報告書をまとめている。
「タマキ、うるさいぞ!」
「ごめんなさい!?」
タマキと呼ばれた女性は手を止めて背筋を伸ばす。彼女こそがRSFのキャラクターデザイン、クエストデザインを担当するデザイナーであり、ワールドクエストについての報告書をまとめているところであった。
「って、シノさんじゃないですか」
「ああ、広告担当のシノさんだ。奇声を上げられると他の人に迷惑なんだ」
シノさんと名乗る男性は辺りに目配せをし、タマキにそう伝える。すると周りで作業をしていた他の職員は安堵したのか、どこからかホッと一息つく音も聞こえてきた。
「う、それはすみませんでした…。それで何か用ですか?」
「報告書が出来たかの確認だよ。見た感じ出来てなさそうだがな」
「そりゃそうですよ! こんなほぼ同時に私の作ったワールドクエストがクリアされるとは思わないじゃないですか!」
「落ち着けって…」
「妖精の解放はまだ想定内です。もう少し精霊スキルを持ったプレイヤーが集まってからスタートするかなって思ってましたけど、まだ想定内です。想定外なのはビルズですよ!」
そう言ってタマキは立ち上がる。そしてモニターを操作したかと思えば、そこには想定していたクエストの進行スケジュールが載っていた。
「まずですね! ビルズのクエストが始まるのは聖印もしくは聖紋等の聖なる力が完全に普及してからのはずだったんですよ! それこそ妖精が解放されて二段階、三段階後にクエストの存在が出てくるはずだったんです!」
「もう少しボリュームをだな…」
「聖なる力が普及する頃にはビルズが滅亡して、ウォーカーが明けずの墓地から溢れ出てきて、それに対処して行く上でウォーカーの正体が明かされて、プレイヤーの皆んなに罪悪感を植え付けたかったのに!」
「……」
「それなのに! イレギュラーすぎるプレイヤーのせいでもっと面白くなっちゃいましたよ!」
タマキはふんふん鼻を鳴らしながらビルズの夜明けを再生する。そこにはクエストを受注するヨルが映し出される。
「この段階で魔族との接敵経験と上位妖精を従えてクエスト発生の条件満たすとは! しかも力技で聖女ちゃんにも接触して、なんならエーテルも倒しちゃうなんて! エーテルは大人数用で調整したから作中トップクラスの性能にしたのに、それを聖紋付与のナイフを刺しまくって攻略!? 上位妖精がいたとして殆どソロだったんですよ…!?」
タマキはそこまで早口で捲し立てると、椅子に勢いよく座り込み、天を仰ぐ。
「素晴らしい……」
「…まあ良い。ワールドクエストのおかげでRSFの人気もまだまだ伸び続けてる。報告書が出来たらまた連絡くれ」
「了解ですっ!」
シノは目がギンギンになったタマキにそう伝え、その場を後にする。
RSFのユーザー数はまだまだ増えている。これから海外進出も企画しているため、まだまだ盛り上がりを見せるだろうと、シノはタマキを横目に考えた。
「ふっ、運営とユーザーが一緒にゲームを盛り上げる、か。楽しんでくれよ、これからもっと大きくなるぞ」
シノはビルズの夜明けに主演として映し出されたヨルを見て呟いた。
*********************
「へっくしゅ! なんか噂されてんのか…?」
俺は今、バルクハムの店で一息ついているところだった。バルクハムの家具店は、猫耳カチューシャ販売による稼ぎを得たからか、喫茶店も兼業として始める事にしたらしい。
その喫茶店営業を記念したパーティーに招待されたわけなのだが、俺の他にもピノーはもちろん、コスケとウイセもいる。そして––。
「––ヨルさん、こちらアイスティーです」
「…ああ、ありがとう」
ルナもいる。
何ならルナに関してはバルクハムの喫茶店で従業員をやるようだ。受験期らしく、配信もログインも少なくなるため、RSFでした事のない従業員経験で、効率良くレベルを上げるつもりらしい。
やるな、小娘…。
「ゴースKさんとユイさんもどうぞ」
「ルナちゃんありがと〜」
「ありがとうね」
ルナは少し離れた席に座る二人にも、バルクハム特製アイスティーを手渡した。
俺はカウンターに座っており、アイツらは二人席に座っている。ピノーはと言うと猫型に変化し、ウイセの膝の上で丸くなっていた。
「うん、美味しい!」
「お、習った甲斐があるってもんだ!」
カウンターで洗い物をしていたバルクハムは胸をドンと叩いて自慢気にしている。それを見て盛り上がるコスケ達3人。
俺はと言うと、とある事情によってあまり盛り上がれない。
「あの、ゴースKさん?」
「あ、長いから
「あ、じゃあケーさん。なんでヨルさん元気無いんですか? やっぱりプレイヤー名がバレちゃったからですか…?」
「あー、それは関係ないんだよね。どっちかと言うとお金の問題かな」
「お金?」
「そうそう。アイツワールドクエストのために全財産使ったのよ」
「え、じゃあ今一文無しって事ですか!?」
「えっとね、ウイセ、じゃなくてユイにビルズ関連の情報を売る事で結構なゴールドを得られたらしいんだけどね」
「うん。とっても有益だったから、結構な額を支払ったよ」
「そのゴールドをドリューくんとアリオさんに全部渡しちゃったんだって」
「えぇ!?」
遠くで俺の懐事情について話しているのは分かっていたが、さっきの話が本当かどうか気になったのか、ルナがトレイを抱えながら詰め寄ってくる。
「なんで全部渡しちゃったんですか?」
「クエストが終わったからはい解決、とは行かないだろ? 大事なのはその後に復興できるかだ。そのための資金として渡したんだよ…」
結果としてアリオさんが主体となってビルズ復興クエストを発注し、それなりに人で賑わっているらしい。これも掲示板に書かれていた事だ。
復興に必要なのは人の数と資金。人が増え、復興に協力してくれる人に渡す対価があって初めて効率的に復興作業が進んでいく。
言うなれば、夜の明けたビルズに、安定した昼を提供するためのアフタークエストみたいなものだ。
「なるほど…」
ルナは納得してくれたのか、小さく呟いたが、少しして頭を傾げる。
「え、でもそれで一文無しになっちゃったんですよね? どうするんですか? まさか何も考えて無かったんですか…?」
「……まあ、ちょっと、調子にのってたよねぇ。ほら、ビルズにお金を渡した時は聖教会に煙幕投げつけて混乱させてたのも忘れてたからさぁ…。そこにもまあ、迷惑料的な? それこそ聖女ちゃんにはお世話になったし、お詫びの品渡さなきゃなぁって…」
「あ、あぁ…」
まあそういうわけで一文無しなわけだ。
これじゃあ闇医者も出来たもんじゃない。薬を作るための素材を自分で集めるのにも限度がある。やはり買った方が早いし効率も良い…。
「そこで拙者の出番なのです!」
ピノーがウイセの膝から飛び上がり、人型に変化する。胸を張って自信満々に鼻を鳴らしている。
「…何をする気だ?」
「バルクハム殿に頼んでここで働かせて貰う事になったのです!」
俺はそこでバルクハムを見る。
「ああ、願ってもない幸運だぜ! ルナちゃんとピノーくんの美少女美少年ダブル看板だ!」
「な、おい、ピノーはそれで良いのかよ?」
「はい! ビルズではヨル殿に任せっきりでしたから…。今度こそ、役に立たせてください!」
いやいやいや、ピノーが居なかったらエーテル倒せなかったんだよ!? 貢献度で言ったら普通に俺の遥か上を行くよ!?
「ピノーくん、なんて健気なの!?」
ルナはそう言ってピノーを抱きしめる。
「いや、え…?」
「ピノーくん、私も協力する。一緒に働いてお金を稼ごう!」
「はい!」
「なんか、泣けるな…」
バルクハムが涙をワザとらしく拭い、そう言う。なんだ、完全に置いてかれたぞ?
「それじゃあ二人とも、早速だが店の前で宣伝を頼む!」
「「はい!!」」
ピノーとルナはバルクハムから宣伝用の張り紙を受け取り、すたこらと店の外へと出て行ってしまった。
「……え、俺も働くけど?」
「いや、ヨルはいらん」
「なんでだよ」
「雪の日にソリで人を轢くような奴、店員に出来るわけねぇだろうが」
「…………ぐぅ」
辛うじてぐぅの音は出た。
ていうか外がなんだか騒がしいな。そう思って店のドアを開けると、そこにはピノーに群がるプレイヤーの地獄絵図が広がっていた。
「ピノーちゃんだ!」
「可愛い〜!」
「え、もふもふしても良い?」
「おいルナ嬢もいるぞ!?」
あ、ピノーを助けようとしていたルナにも囲いが出来はじめた。
俺がそんな光景に呆気に取られていると、ピノーを揉みくちゃにしているプレイヤーの一人が俺にも気付き、指を指してこう言った。
「ワルクエのヨルさんだ!!」
「え!?」
「ヨルさんだ!!」
「ちょっ、マジでサイン欲しい!!」
ピノーの次は俺が標的になったらしく、人の波が押し寄せてくる。
「ヨ、ヨル殿、ここは拙者に任せて逃げてください!」
ピノーが猫型になる事で、意識のヘイトを買ってくれる。一瞬の躊躇いもあったが、ここに留まってしまえばピノーの頑張りが無駄になってしまうと考え、ドアを閉めた。
「くっ、すまないピノー!」
バルクハムの店に入り、裏口へと向かう。
バルクハムも、コスケもウイセも、察してくれたのか、後は任せろと言った表情で俺を見送ってくれた。
「くっそ、これが有名になるってことなのかぁ…?」
ちやほやされてる感じが、それなりに気持ち良かったのは墓まで持って行くよ、皆んな…!
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