第56話 断ち切ってくれ




 アリエラさんの声が聞こえたかと思うと、辺りは一瞬でその景色を変え、メタリックな壁や天井が特徴的な空間が目に入った。


 RSFの各エリアにも近未来的な像や残骸が見られたりするのだが、質感はそれらと似ている気がする。


「ここは?」


「分かりませんが、神聖な力を感じます。拙者も力が漲っていますゆえ」


 ピノーは自身の身体を不思議そうに見ながらそう言う。


 暗さに目が慣れ、付近の情報を確認できるようになると、どうやら大きな部屋のようになっており、奥に続く道のようなものも見えた。


「とりあえず進むか」


「はい」


 つっ立てるだけでは何も起こらないようなので、とりあえず進んでみる。武器の装備は制限されているため、セーフゾーンではあるようだが、ボス戦直後で満身創痍なんだ、油断は出来ない。


『鍵を握り、ここへ訪れたのは貴殿で二人目だ』


「うぉっ…!?」


 部屋の中心まで来たタイミングで、どこからともなく男性の声が聞こえて来た。声の主がどこにいるのか分からず、見回していると、ピノーが片膝を付き、深々と礼をする。


 その方向に目を向けると、光が集まり、空間にが歪みを生み出していた。次第に歪みは広がり、そこから白い装束の男性が現れた。


 瞳は青白く、辛うじて白目との区別がつく。端正な顔立ちではあるものの、特徴と呼べるものがなく、口伝てで説明するのは難しい。口は薄らと笑みを浮かべており、好印象を感じるが、溢れ出る何かが不気味な威圧感を醸し出している。


 何が何だか分からんが、人ではない。ただそれだけは分かる。


『顔を上げろ、小さき獣よ』


「は……」


「ピノー?」


 得体の知れない何かの言葉に、ピノーは顔を上げ立ち上がる。


 ピノーが操られて戦わないといけないとかか? それは、とんでもなく最悪に近いぞ。


「あのお方は精霊様よりも上位の存在でございます」


「精霊よりも?」


 ピノーは俺の方を見てそう言った。そこでエーテルに負けた直後に見たテキストを思い出す。


「聖霊ってやつか…。確か、セイの字が違った」


『貴殿は物知りであるな。我は聖霊。呼ばれてきた名は幾つもあるが、そうだな…、クオスと呼んでくれ』


「クオス、様?」


『そう固くなるな。かぎを握る者と話すのは数百年ぶりなのだ』


「じゃあ、クオスさん。俺たちは聖浄の封印を復活しに来たんです。どうすれば良いか教えてくださいませんか?」


『聖浄の封印か…。残念だが、以前に起こった地殻変動によりこの祠は機能の大半を失った。今は我らの力で辛うじて封印の残滓を護っているに過ぎぬ』


「いやいや、そんな…」


 それじゃあ、ドリュー達ビルズの努力は、エーテルの想いは、ウォーカー達の苦しみは無駄だっていうのかよ…。


 視界が回り暗転仕掛けた時、クオスさんが俺の肩に手をおき、意識を呼び戻される。


『だが安心しろ』


「どう安心しろって…!」


『堕ちた英雄は、それでも英雄だった』


 クオスさんはおれの握っている剣を見て微笑む。彼は先ほど鍵を握った者と会うのは二人目だと言っていた。一人目はもしやエーテルなのだろうか。


最初の友エーテルよ、堕ちて尚ビルズのために尽くしたか』


 クオスさんが手を振り上げると部屋が一気に明るくなる。メタリックかつ無機質だった壁や天井はスクリーンが切り替わるかのように白色に変わり、部屋の中心から人の腰程ある台が現れた。


 景色が変わらないため、上手く認識する事ができないが、部屋の形状が大きく変わっているようだ。魔法とは違う、近未来的な技術を俺は今目の当たりにしているのかもしれない。


 台の上には球があり、その中を灰色を基調とした煙のような物が渦巻いていた。エーテルの醸し出す雰囲気と良く似ており、本能的な嫌悪感を覚える。


「これは…」


『以前、鍵を握る者がここを訪れた。理由を聞くと、この地に蔓延る呪いを封印するためだと語った』


 クオスさんは俺を見つめながらも、遥か遠い日を思い出すようにして語り始める。


『この神器には対象を封印する機能が備わっている』


「かつての英雄とやらは、これで腐敗の呪いを封印したのか…」


『しかし、封印のために対象を認識、そして共有しなければならなかった。だからこそ、英雄は呪いに身を堕とし、自身の内包する呪いを対象とする事で封印を成功させた』


 これが堕ちた英雄、エーテルの正体か。腐敗の侵蝕を止められないと悟ったエーテルは、自身を犠牲にこの地に聖浄の封印を発動させた。


 そんなの、まさしく英雄じゃないか…。


「でもごめん、封印はもう––」


『––今のが封印の歴史だ。英雄の内包する呪いは途轍もなく大きく、この地の呪い全てを認識させられる程のものだった。即ちこの神器には呪いの概念そのものが渦巻いていると言っても過言ではないのだ』


「何が、言いたいんですか…」


『その鍵は、エーテルが持っていた物だ。英雄は墜ちて尚、英雄であった。鍵を握り締め、呪いによって濁ろうと、漆黒に染め、時を待っていたのだろう』


 ピノーは俺の背中に手を添え、顔を上げるよう促す。


『数百年の時を越え、鍵は剣となり、。そう、呪いを断ち切る力だ!』


 クオスさんの言葉を、ようやく理解した。今の俺には、エーテルに託された剣がある。


 呪いそのものを内包している神器を、断絶の剣で切り裂く。それこそがビルズの希望であり、宝だったのだろう。


「…ピノー、支えてくれるか?」


「もちろんでございます」


 片足で踏ん張れない分、ピノーに支えてもらい、神器に向かって行く。


 呪い渦巻く神器の前に立ち、剣を振り上げる。


 力を入れるのは最後の一瞬。


 剣を振り下ろすと、剣は自重で速度を上げ、十分な威力を期待させる。


 そして神器に当たる瞬間、手首に力を込めた。



『断ち切ってくれ。呪いも、悲しみも、役目も…。そして、友の想いも––』




 

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