第55話 いってらっしゃい




「…よし、じゃあ祠とやらに向かうか」


「そうですね」


 エーテルが光の粒子となって天に昇って行くのを見届け、彼が指差した方へ向かおうとする。


 しかし、そこで気がかりになったのはエーテルの屍が消えて尚異質な雰囲気を醸し出す大鎌の存在だった。


「あの大鎌って消えないのか?」


 エーテルに握られ、素早く振られていたから分からなかったが、デザインは至ってシンプルであり、真っ黒な柄に真っ黒な刃が取り付けられた無骨な物だった。


 武器と言うにはあまりにも歪で、柄に対して2倍はあろうかという刃は、真っ黒であるはずなのに、光を反射してギラリと光っている。


 こんなんエーテル以外に扱えるとは思えない。彼の腕力と速度があって初めて武器として機能するってもんだ。


「俺はこの大鎌に手足を持ってかれたのか」


 なんなら前回は命も持ってかれてるわ、なんてな、がはは。


「…笑えねぇ〜」


 特に意味もなく、質感でも確かめようかなと俺がその大鎌に触れると、途端に大鎌の形は影の様に姿を変え、俺の腕を這って登ってくる。


「うわっ、なに!?」


「ヨル殿!?」


 ピノーは何者かの攻撃を警戒したのか、剣を引き抜き、視線は俺の腕の黒い何かに向け、耳で辺りの音を聞く。


 だがその警戒はどうやら無駄だったらしい。


 ダメージもデバフもなく、腕に張り付いたソレを鑑定してみると、アイテムのようでボス戦後の報酬のようだった。


「ピノー、これアイテムだ」


「アイテム…」


 詳しく調べてみると、テキストを確認することが出来た。


【断絶の黒】


『英雄の剣は、英雄の魂と同義であった。剣は彼の魂が澱み、腐敗していくのと同じくして濁り、汚れていく。剣は光を吸い込むただの黒となり、姿形を変え、世界の理を断絶する。』


「【断絶の黒】か。俺たちが大きな鎌だと思ってたのはこの黒い、影みたいなやつで、色んな形状に変えられるみたいだな」


 うーん、使い所が分からん。


 攻撃力の高い武器、ってんなら簡単なんだけれども、『姿形を変えれる』って部分と『理を断絶』するって部分、絶対重要になるよな〜。


「……うん、今考えてもしょうがないか。また時間がある時に検証して行こう」


 【断絶の黒】とやらを腕に貼り付けたまま、エーテルの示した道を進む。


 程なくして小さな石造りの建物が見えてきた。小屋のように小さく、祠と言われず遺跡と聞いていたら一瞬これじゃないかもしれないと思ってしまう程には、小さかった。


 この祠が辺り一帯を護る聖浄の封印を発動していると言われても、ちょっと信じられない。


「ヨル殿、誰かいます…」


「え…?」


 ピノーに指摘され、祠の横を見るとそこには確かに誰かが立っていた。しかし身体は透けており、浄化されたウォーカーの魂を彷彿とさせる雰囲気であった。


 後ろ姿だから確実では無いが、どうやら女性のようだ。


「……え、どうする?」


「あ、こんにちは〜」


「え、あ、こんちゃ〜…」


 ピノーに相談しようとしたら、彼女が振り向き挨拶をされてしまった。反射的に挨拶を返すと、彼女はにこりと笑い、もう一度そっぽを向いてしまう。


「…なんか、アリエッタさんに似てるな」


「顔もそうですし、彼女もまた精霊に愛されています」


「ほう…」


 サリアの聖女、アリエッタさんとの会話を思い出す。彼女の先祖にビルズへ嫁いだ人がいたらしいが、この人がそうなのだろうか。


 俺とピノーがコソコソ話していると、彼女が勢い良くこちらを向いてきた。今度は目を大きく見開き、何か驚いている様子だ。


「え! え! え!」


「な、なんすか!?」


「ここに来るまでに死神みたいなおっきい人いなかった!?」


「え、あー、エーテルの事かな…。倒して、ここまで来たんですけど」


 あまりの圧にしどろもどろになってしまったが、エーテルを倒し、彼の指差した方向を辿ってここまで来た事を伝える。


 近くで見るこの女性は、やはりアリエッタさんに似ており、おっとりとした表情と綺麗な声に関しては瓜二つだ。ブロンドの髪は短いショートボブ風で、どちらかと言うと、現実世界の今風な髪型だった。


「…そっか、やっと眠れるんだねエーくん」


 彼女は物悲しげな表情をしたかと思えば、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。


 エーくん、とはエーテルの事だろうか。だとしたらとても親密な間柄だったのかもしれない。家族、いやそれこそ恋仲のような…。


 え、良いな。


 俺もアリエッタさんと付き合いたいが?


「私はアリエラ。聖女をやってたんだけど、ビルズに嫁いで村娘になったの!」


「俺はヨル。医者を名乗ってます。コイツは助手のピノー」


「ヨル殿の助手、ピノー=クル・フォーチェです!」


「あら、可愛い妖精さんっ」


 アリエラさんがピノーの頭を撫でると、ピノー大きな音で喉を鳴らす。お前は誰にでも喉を鳴らすのか? それとも相手が聖女様だからなのか?


「アリエラさん、俺たちは聖浄の封印を復活させたくて」


「うん、ここに来たって事はそうだよね! じゃこれ以上の崩壊を防ぐ事しか出来なかったから…」


 アリエラさんはそう言うと祠に向かって歩いて行く。いや、よく見たら足がなく浮いているので、どう言えば良いのだろうか…。


「ほら、二人ともおいで!」


「はい!」


 アリエラさんに手招きをされ、祠の前に立つ。祠には扉のような物が取り付けられており、中心には縦に細長い線が入っており、鍵穴になっているようだ。


「私たちには鍵が無いから、開けられなかったの」


「鍵って、俺も持ってませんよ!?」


 まさかビルズの家にあったのか?


「何を言ってるの、もう持ってるじゃない。祠の鍵はビルズの宝剣。姿形が変わっても、その役目は変わらないわ」


 アリエラさんは俺の腕に張り付いた【断絶の黒】を指差してそう言う。


「お、お前かぁ!」


「ふふ。さあ、念じて。そうすれば扉は開くわ」


 念じる。


 その一言だけじゃ途轍もなく難しいのですが、アリエラさん。


 そうは思いつつも、扉にある鍵穴の形に合うよう念じながら腕を伸ばす。


 ピノーも、片足の無い俺を支えつつ、鍵穴と俺の腕を交互に見ている。


 すると、断絶の黒は徐々に形を変え、ゆっくりと鍵穴に入っていく。腕から離れていくと同時に剣の形となっていき、気付けば真っ黒な剣は鍵穴に突き刺さり、俺はその柄を握っていた。


「おお、出来た!」


「流石です!」


 ピノーのヨイショが止まらない。うん、悪い気はしない。


「…いってらっしゃい」


「え?」


 アリエラさんの一言に振り返ろうとしたタイミングで、視点が切り替わった。

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