第54話 あの時と一緒だ



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 主の指示であっても、拙者はあの瞬間にヨル殿を捨てて逃げてしまった。


 だからこそ、ヨル殿がもう一度拙者の頭を撫でてくれた時、悔しくて仕方がなかった。


 その後悔はきっと、一生消えることが無いのだろう。


 主の命令を無視し、共に戦っていれば、例え命を落としたとて、この騎士としての誇りを失わずに済んだのだろうか。


「……––」


「ピノー、人型に慣れたか?」


 エーテル戦に向け、装備を新調しているヨル殿が声をかけてくださった。もしや拙者の心情が読み取られたのかと怯えながらも、返答する。


「はい! 以前に比べれば変化速度も瞬間的に行えると思います!」


「そうか。お前が頼りだからな、頑張ってくれよ」


「はい…」


 ヨル殿は今一度、かの化けエーテルに挑もうとしておられる。あれは魔族とも違う得体の知れないナニかだ。


 聖印のような聖なる力を持つ者が、数人で相手をしても対処できるか分からない怪物。


 何故ヨル殿は一度自身を殺してみせた怪物を前に、立ち向かえるのですか?


「…ピノー、勝たないとな。ビルズの為にも、そして


「拙者、ですか…?」


「ああ…。壁を前にして、真に救われるのはその壁を––」


「––乗り越えた時、ですか?」


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『いや、ぶっ壊した時だよ』


 あの日、ヨル殿の強さに救われた。


 あの時、ヨル殿の優しさを知った。


 あの瞬間、今度こそヨル殿と共に進むと真に心に刻んだ。


「…行けるな、ピノー!!」


 ヨル殿の合図を聞き、渡されていた強化ポーションを口に含むと同時に外套から出る。その瞬間に人型への変化を完了させ、剣を引き抜く。


 ブラックテイルズ副団長、ピノー=クル・フォーチェはもう死んだ。


 今はもう、ヨル殿に仕えるただの剣だ。


「ぶちかませ、ピノー」


 今こそ、


「【聖印・黒真羅剣】!」


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 ピノーの放った黒い斬撃は、硬直により動けないエーテルに向かって真っ直ぐ突き進む。


 人型となり大幅に上がった威力と、不意打ち判定によるダメージ補正も乗っかるはずだ。更には浄化によるデバフと強化ポーションによる威力の底上げ。


 黒い斬撃は聖ナイフが無数に刺さったエーテルの胸部に直撃する。金属同士がもの凄い速度でぶつかり合ったような金切音と、鈍い衝撃音が二重で響き渡る。


「まさかこれほどまでとは…」


 ピノーの全力を持ってしても、エーテルはまだ倒れない。


「貴様ガ、本命であったカ…」


 エーテルの胸部は吹き飛んでおり、何もない空間に煌々と心臓のような物が浮かんでいた。しかし脈はなく、それはまるで宝石のように冷たく輝いている。


「初めてダ、我が心を––」


 煙幕が晴れる。


 エーテルは完全に強烈な一撃を放ったピノーに意識を割いている。腕と足を奪い、ピノーのための囮として、俺は完全に役目を終えたと認識しているのだろう。


 残った右手にはナイフを。


 話の途中だろうが関係ない。


 意識の外からの攻撃、不意の一撃。


 条件は揃った。


「【デッドスピア】」


 煙幕の晴れた瞬間、エーテルが何か言っている最中に、ナイフは強く煌めく。


 胸部破損による硬直。


 ならば外すわけがない。


「貴様ッ…!?」


「卑怯だとは言わせねぇよ」


「エーテル殿、プランはいくつか用意しておくものですよ」


 ピノーがどこかで聞いた事のあるようなセリフを口にすると同時に、俺のナイフはエーテルの心を砕いた。



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******


「ヨル殿、お見事です!」


「ピノーも、良く我慢した」


 冷たく輝いていた心を砕くと、エーテルは力無く膝から崩れ落ちた。


 ボスエリアを囲むようにして立ち込めていた霧が晴れて行く。これはボス戦が終了した事を示しており、ようやくエーテルとの因縁に終止符を打つ事に成功したようだ。


 片足に慣れず、体勢を崩して尻もちを着くが、安心感が凄い。なんか泣きそう。


 ここで「やったか…!?」なんて言う男ではない。流石にもう戦闘は無理だ。バフも切れてデバフ効果に襲われてるんだからな。


「やった、のですかね」


「うーん、ピノーくんフラグを立てない」


「ふらっぐ?」


 まだまだ教育が必要だ、うん。


「まさカ、不意打ちとはナ…」


「夜ってのは不意に訪れるもんなんだよ」


 エーテルの体が徐々に崩壊して行く。他のモンスターはHPが0になった瞬間に消滅するのだが、まだ話す元気は残っているらしい。


「遂ニ、眠れル…。名を聞いても良いカ」


「…医者のフクロウだ」


「なるほド、生死を司る者カ。まるで神だナ」


「そんな大層なもんじゃないよ。救えなかった事の方が多い」


 ビルズでの出来事が脳裏に思い浮かぶ。力の無い自分に一度自信を無くしかけた。


「でも、まあ…、足掻けるだけ足掻くよ」


 片手片足でバランスを取り、ピノーに支えてもらいながらも立ち上がる。


 あんなに大きかったエーテルも、今では何だか小さく見える。


「そうカ、貴様になら、救えるのかもナ」


 そう言うと、エーテルの身体が光り始める。ウォーカーとして囚われた魂が解放されたのだろうか。


『礼を言う。フクロウ、そして…』


「ピノーだ」


 ピノーを紹介すると猫耳の生えた美少年は深く頭を下げる。


『ピノーと言うのか。改めて我が願いを聞き入れてくれた事、礼を言うフクロウ、ピノー。報酬は––』


「もう貰った、。ただこの先にあるはずの遺跡に行きたい。聖浄の封印を再度起動したいんだ」


『そうか、封印が綻びていたのだな。この先に祠がある』


 エーテルはそう言って進むべき道を指さす。


「助かる」


『すまない、他にも伝えなければいけない事があるのだが、時間のようだ』


 エーテルは悔しそうに顔を歪ませると光の粒子となって天に登っていく。


『正気を失っていたとは言え、多くを傷つけてきた』


「守ってたんだろ、祠を。正気を失ってでも、守り抜いたんだ。誰も悪くないよ」


『…ありがとう』


 俺の言葉に納得したのか、それとも自身の感情を噛み殺したのか。エーテルは優しく笑って消えていく。


 あの時と一緒だ。


 初めてウォーカーの腐敗を浄化した時と一緒で、何も出来ない自分の非力さを思い知らされる。


「…行こうピノー。全部終わらせる」


 

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