第53話 ぶちかませ




「…【断絶世界】」


 突風が身を掠めたかと思えば、俺自身の左腕は宙を舞っており、体力の残量を表すHPバーが一気に減る。


「まずい…」


 HPが大量に減るのはこの際どうでも良い(良くない)。


 一番の脅威は。この隙は凄まじいまでに大きく、エーテルの攻撃力であるならば、即座にゲームオーバーまで持っていかれる。


「追撃は…」


 追撃を警戒し、視線をエーテルに向けるが、部位破壊による硬直中に攻撃が飛んでくる事は無かった。


「スキル後の硬直か…!」


 RSFでは戦闘スキル使用後には使用者に瞬間的な硬直が用意されている。効果の大きいスキルほど硬直時間は長く、スキルの連発を防止する、バランス調整の側面があるのだ。


 一般的にスキル後の硬直は瞬間的であり、部位破損による硬直よりも速い時間で解除される。


 しかし、エーテルの放った【断絶世界】は部位破壊よりも硬直が長かった。これが示すことは、【断絶世界】というスキルが運営お墨付きのチートスキルという事を指し示す。


 実際、いとも容易く俺の新調した防具ごと腕を吹き飛ばしやがった。


 ハンティングウルフをメイン素材にした外套は基礎防御力は高くないものの、クリティカルや不意打ちによるダメージを減少させる効果を持っている。


 すなわち部位破損に繋がるクリティカルのダメージを減らせるはずだったのだが、そんな物初めから無かったと言わんばかりの攻撃だった。


 スキル名や実際に受けた感覚として、【断絶世界】とは守備力や耐性を無視した防御不可の斬撃と言える。しかもそれが通常モーションから繰り出されるのだ、無理ゲーと言って良い。避ける事が出来たのが奇跡だ。


「…だがまあ何となく分かった」


 ナイフを握り直したタイミングでエーテルもスキル後硬直が解ける。


「ピノー、まだだ。プランAは続行だ」


 エーテルが大鎌を持ち上げたのを合図に、今一度エーテルの懐に入り込み、聖ナイフの投擲を開始する。


 HP最大量は部位の破損により、半減しており、なおかつ出血の状態異常によってHPはじわじわと減っている。


 出血を治す時間も余裕も無いため、泣く泣く丸薬による回復に頼る他ない。持続回復であるため、減っては回復減っては回復を繰り返してHPが減っていくのを防いでくれている。


 片腕になってしまったため、火力は半減してしまったが、すでに浄化の状態異常をエーテルに付与しているので、十分にダメージを出せていると考えて良い。


 それに、今まで無かった【断絶世界】だなんてチートスキルを出すって事は、だいぶダメージが入ってるって事じゃねぇのか?


「…お前ならバ、俺ニ夜ヲ」


「うるせぇ!」


 エーテルのセリフに反応できる余裕はまるで残っていない。右手のみの火力に、減った最大HP。そして毒のようにじわじわとHPを蝕み続ける出血の状態異常。一つの判断ミスが死に直結するスリル満点な展開だぁ。


 何よりもバフの制限時間が残りわずかと言う事実。それだけでも絶望感に押しつぶされそうだ。


 ただ希望も見えている。先ほど何故初見で【断絶世界】を見切れたのか。見切れたと言うには痛すぎる損失があったがそれはさておき。


 エーテルのモーションを観察しつつ、【断絶世界】と比較したが、やはり視覚による違いは一切ない。


 では一体何に違和感を覚え、回避行動に移れたのか、それは音だと気づいた。


 【断絶世界】使用前にエーテルの持つ大鎌から、木がしなるような「ミシッ…」という音が微かに聞こえたのだ。これが予兆と仮説して良いだろう。


「…いや音だけで判断しろってなんだよ、バカかよ!?」


 視覚と聴覚をフル活用しながら攻撃を回避しつつ、聖ナイフを突き刺しまくる。


 場面場面で、ふわりと広がる外套により、体の位置を誤魔化せているおかげか、エーテルの攻撃も徐々に当たらなくなり始めている。


 そしてサリアの聖女、アリエッタが頑張ってくれたおかげで聖ナイフは無数にある。このナイフが尽きるよりもバフが切れる方が速い。


 ミシッ…


 バフ終了まで残り30秒を切ったタイミングで、今一度あの絶望を表すサウンドが耳に入る。


 今度も縦振り。分かっていても完全に回避することなど不可能なんじゃないかと思える程の速さ。


「…【断絶世界】」


 横への全力の回避。しかし今度は右足が吹き飛ばされる。


「…行けるな、ピノー!!」


 右足を失う前から握っていた煙幕に力を込める。地面に叩きつけなくても煙幕を発動出来るよう改造したアイテムだ。


 エーテル戦の地である黄昏の丘はエリアに干渉するアイテムの効果が減少してしまい、煙幕の持続時間は数秒になってしまう。だがそれで十分だ。


 ピノーは、煙幕から飛び出し、即座に人型に変化する。


 この変化スピードは人型に慣れさせたために実現した速度だ。元々はそれなりの時間をかけていた(第31話参照)が、今ではこうも一瞬で変化出来るようになった。


 そして人型に慣れさせた意味はもう一つ。


 それは人としての体の構造によるパワーの底上げ。


 獣人型では出来ない、関節の捻りや筋肉のうねり、そして剣を握る手の構造。その全てがピノーの剣技を更に上の段階に押し上げる。


「…貴様、一体どこにいタ!?」


 しかも、ピノーにも腕力上昇ポーションを渡してあり、俺の合図と同時に飲むよう指示しておいた。


 俺のムーブは全部主役ピノーのためのお膳立てだ。ナイフによる浄化の付与。HPを削れるだけ削る。そして安全にピノーが大技を放てるようエーテルを止めるデコイ役。


「ぶちかませ、ピノー」


 人型になったピノーは地面に着地すると同時に勢いよく踏み込む。少年のような身体からは想像も出来ないほどの力強さで剣を引き抜き、聖印を纏わせエーテルに放つ。


「【聖印・黒真螺剣こくしんらけん】!」




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