第57話 次はどこに行こうか
「何だか、実感が湧かないな…」
剣から形を変え、手袋のように手に張り付いた断絶の黒を見つめながら、気付けばぽつりと呟いていた。
振り下ろした断絶の剣は神器の芯に命中し、手応えの全く無いまま、すり抜けるようにして神器を通過した。
最初こそ失敗したのかと冷や汗が大量に溢れ出たが、次の瞬間に神器は綺麗に二つに割れ、強烈な耳鳴りと共に存在が消失したのだ。
二つに割れた神器の残骸がその場に落ちるだとか、粉々に砕け散ってしまったとか、そんなレベルではなく、元々神器なんて無かったかのように消えたのを見た。
呆気に取られていると、部屋が暗転し、音を立てて形状が変わって行くかと思えば、俺たちが最初に部屋と認識した時のものに戻る。
辺りを見回すと、クオスさんはもう何処にもおらず、俺とピノーは二人、暗い部屋に残されてしまったのだった。
気付けば剣の形をしていた断絶の黒は、手にピッタリのグローブ型手袋に変形していた。
しばらくして部屋の奥に道があったのを思い出し、二人でその道を歩き始め、今に至る。その道も壁や天井の質感が次第に岩のようになっていき、洞窟を歩いているような心地だ。
「…果たして呪いは断ち切れたのかな」
「きっと断ち切れたはずです」
ピノーと共に道を真っ直ぐ歩いていくと、前方から光が差し込んでいるのに気がつく。
その光に向かって進んで行くと、風のそよぐ音と小さく波の音が聞こえ始めた。
「外か…?」
部屋から続いていた道は、外へと続く洞窟になっていたらしく、どうやら俺たちは祠から洞窟を通じて外に出れたらしい。光に目が慣れ、目を開くとそこには絶景が広がっていた。
俺の立っている場所は背の低い植物が群生している草原のようで、それが崖の先まで広がっていた。
崖の先には広大な海が広がっており、改めて周辺の地理を思い出してみると、晴天海道に近いため、海が見えるのも納得だ。
そして草原と海の上に広がる空は、黄昏に輝いていた。
後ろを振り向くと、洞窟側、明けずの墓地の方から先は、朝日が昇っていくかのように、遠くへ行くほど青く色付いていき、正面を見れば海の向こうへ行けば行くほど黒く、夜へと色を変えている。
ちょうど俺の立つ、この草原の真上が黄昏色をしている。
狭間にいる、その言葉が一番しっくり来た。
「おかえり」
「…アリエラさん」
景色に圧倒されていると、横にはアリエラさんが立っていた。正確には浮いていたが正しいのだが、この際それはどうでも良い。
「ビルズを、エーくんを救ってくれてありがとう」
「まだ実感が湧かなくて…、俺が、本当に救えたのか分からないです」
「ううん。ほら、見て…」
アリエラさんに促され、俺は空を見上げる。すると、明けずの墓地があるはずの方向から光の粒子が海の向こう側、夜へ向かって流れて行くのが見えた。
「あれは…」
初めてウォーカーの腐敗を浄化した時、エーテルを倒した時。間近で見たから俺には分かる。あれは呪いによって囚われていたウォーカーの魂だ。
その魂が、天へ昇って行っているのだ。
「呪いは、貴方のおかげで断ち切られた。もう一度言うわ、ビルズを救ってくれてありがとう」
アリエラさんは涙を堪え、笑顔を作りながら震える声でそう言う。しかし、堪えきれずに大粒の涙が頬を伝った。
「うわ、ごめんね、笑顔でお礼を言いたいんだけど、ダメだぁ、聖女失格だよ…」
アリエラさんはそう言いながら、次々と溢れ出る涙を急いで手の甲や手のひらで拭っている。
「…ピノー、アリエラさんを抱きしめてあげてくれ」
「はい!」
俺を支えていたピノーは、俺の体からそっと離れ、アリエラさんの前に立ち、両手を広げる。
「聖女様! 拙者の胸をお貸しいたします!」
「ありがとう…」
アリエラさんはピノーの目線になるよう座り、そっとケモ耳の少年を抱きしめる。ピノーも目を腫らした聖女様を、同じ力加減で抱きしめる。
「ハグ…、まあ、抱きしめ合う行為には苦痛を和らげ、リラックス効果と幸福度を高める効果があるんです。それに、ピノーの抱き心地は最高でしょう?」
「ふふ、うん。もふもふしてる」
「にゃっ…!?」
ハグの効果でピノーがリラックスしたようで、人型から獣人型に変化しており、アリエラさんはもふもふを堪能している。
「うぅ、まだまだ精進が必要のようです…」
「ははっ、かもな」
「ふふふ」
アリエラさんの涙は止まり、清楚に笑っている。どうやらハグでリラックス大作戦は成功のようだな。
「そうしたら、ピノーくん、今度は彼も抱きしめてあげて」
「え、いや俺は––」
「––はい!」
ピノーはアリエラの言いつけ通りに、凄い勢いで俺に抱きついて来た。
「うぐっ!」
あまりの勢いに、片足の無い俺は草原に倒されてしまう。ピノーは顔面を俺の胸に擦り付け、幸せそうにしている。俺はそんなピノーの頭を撫でながら、空を見上げた。
明けずの墓地から夜へと向かって流れて行く魂たちを改めて見た事で、心が歪む音が聞こえる気がした。
ここに来て、ようやく実感が訪れた。
達成感、高揚、罪悪感、後悔、その他言葉に出来ない感情が、実感として襲いかかってくる。
「もっと、はやくここに来てれば、とか、考えちゃうよなぁ…」
視界がぼやけ、声が震える。
もっとはやくにここへ来れていれば、エーテルに負けなければ、準備の時間をもっと短くしていれば…。
IFの世界を考えて、心がズキズキと痛む。
するとピノーは俺の頬を両手で挟み、真剣な表情で口を開いた。
「ヨル殿、間に合ったのです。ヨル殿はやるべき事をやり切ったのです。これから先も同じです。拙者は生涯をかけて着いていきます。ですから、必要以上に自分を責め、傷付けるのはおやめください。拙者も、辛いのです…!」
ピノーの言葉のせいで、涙が止まる気配がない。本当に、最近涙腺がゆるくてしょうがない。
「…ピノー、これからも迷惑かけるが、着いてきてくれるか?」
「当たり前でございます!」
ピノーはボロボロと涙を流しながらもふんすと鼻を鳴らして胸を叩く。頼もしさと可愛らしさの共存とは、流石だよピノー。
「溜まっていた物は取れた?」
「はい、ありがとうございます」
アリエラさんは返事の代わりに微笑んでくれた。年上のお姉さん感がもの凄いな。膝枕と耳かきして欲しい。
「…はっ、いつも通りの俺だ」
「拙者もいつも通りのピノーです!」
ピノーと顔を見合わせ共に笑う。溜まったものは取り除けたらしい。
「そうだ、アリエラさんはこれからどうするんですか?」
「お礼も言えたし、気になってた事も今解決したみたいだから、皆んなの所に帰ろうかな!」
アリエラさんはそう言うと、ふわふわと舞を踊るように空に昇っていく。
「エーテルによろしく言っといてください」
「うん、もちろん!」
満面の笑みでの返し、あまりの眩しさに目が焼けるかと思ったぜ。
「そうだ、お名前聞いても良いかしら」
名前、か…。
「俺はフクロウ、医者をやってます。そして…」
「拙者はピノー=クル・フォーチェ。フクロウ殿の助手です!」
アリエラさんはまたしても微笑みで返事をしてくれた。
次第に彼女の姿も遠くなり、光の流れに加わっていった。
流星のように流れていく魂達を眺め、考える。
呪いという闇に覆われ、希望の夜明けを待ち望んだビルズに朝日が昇っていく。
呪いという光に照らされ続け、夜を切に願った魂達が、星となって夜へ向かって行く。
まるで腐敗の呪いはタチの悪い太陽のようだ。
太陽が昇り続ければ疲弊し、朽ち果てて行く。
太陽が沈んだままでは闇に覆われ、希望を見失ってしまう。
廻り、循環する事が大事なのだと、俺はそう思う。
そして俺の立つここは、黄昏の丘。光と闇が交差する狭間。
だから、最後まで見送らせてくれ。
「…さてさて。ピノー、次はどこに行こうか」
「ヨル殿とならば、どこへでも」
【ビルズ編 完】
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魂を全て見送ると、実績が解放されたのか、アナウンスが入る。
『プレイヤー【ヨル】がワールドクエスト【ビルズの夜明け】をクリアしました。実績【日は沈み、日は昇る】を獲得しました』
『プレイヤー【ヨル】が【ワールドクエスト】をクリアした初めてのプレイヤーになりました。実績【その先へ】を獲得しました』
おお、実績が声付きで出るのは初めてだな。いつもなら文字で画面の端にポンって出るだけなんだけど、このワールドクエストってやつ関連の実績だからかな。
「ワールドクエストって、ユニーククエスト的な? 名前的に凄そうだけど、いやまあ、【ビルズの夜明け】は神イベントだったし、珍しい部類なんだろうな」
新しい実績の解除に興奮していると、もう一度アナウンスが流れる。
『プレイヤー【レイ】がワールドクエスト【妖精の解放】をクリアしました。実績【竜王】を獲得しました』
『プレイヤー【レイ】が【ワールドクエスト】をクリアした二人目のプレイヤーになりました。実績【その先へ】を獲得しました』
「おお…」
レイって言うとスターレインのとこの流れ星か。以前害悪クランとPKクランに同時に絡まれた時、ちょっとだけ話したっけか…。
彼女もどうやら他のワールドクエストをクリアしたらしい。流石は攻略組、仕事が早いな。
「ん…?」
なんでレイの実績アナウンスが俺にも聞こえるんだ?
「……え」
ワールドクエストのアナウンス、もしかしてRSFの全プレイヤーに流れてる…?
【To be continued】
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