第49話 それはヨガった。ヨガだけに





「ヨガとはなんですか?」


「ヨガってのは、メンタルヘルス効果やらダイエット効果やら体幹強化やら、現代に置いてはエクササイズとして認知されてるものだ」


「現代では? 昔は違ったのですか?」


「あ〜…」


 昔、と言うか起源がインドの宗教的行法なんだけれども、聖教会の人間に「異教が由来なんだよね〜HAHAHA」は流石にダメな気がする。


「……俺が考えた瞑想法だ(大嘘)」


「なるほど!」


「流石はヨル殿です」


「んふ〜…」


 いや、ちょっと罪悪感凄いけどまあしょうがなかったと割り切ろう。


「それじゃあ、レッツ闇医––」


 いや、闇医者ではないか…?


「あー…、レッツヨガ! て事でまずは初心者用の三つのポーズから始めよう」


 床には絨毯が敷かれているため、早速ヨガを始められそうだ。


「んじゃ、二人は俺のポーズを真似してみてくれ」


 まずは「猫と牛のポーズ」


 四つん這いになり、吐く息で背中を丸めて吸う息で背中を反る。ヨガにおける背骨を動かす基本的なポーズだ。


 ピノーはケット・シーという事もあり、俺の動作を簡単に真似てみせる。体幹の強さと筋肉量がわかる姿勢の良さだ。


 対するアリエッタさんも、簡単なポーズということもあって気持ち良さそうに背中の伸びを感じられている。


 それはそれとして、服装のせいで気付かなかったが、さてはおっぱいが大き……、おっとこれ以上はマズいか?


 次に「三日月のポーズ」


 四つん這いの状態から右足を前に出し、片膝で上半身を引き起こし、息を吸いながら両手を合わせて天井に向かって伸ばす。そのまま上半身を反らす動きの大きなポーズだ。


 アリエッタさんはこのポーズに苦戦するものの、ピノーは流石の体幹で難なくこなす。


 このポーズにはスタイルアップ効果や生理痛などの改善効果があるらしく、女性に寄り添ったポーズらしい。母親が言っていた。


 最後に「太陽礼拝」


 太陽礼拝は一つのポーズの名前ではなく、連続する12のポーズの、一連の流れの事を言う。


 真っ直ぐに立った状態から徐々に床に近づいていき、両手両足を床に付けた状態から立ち上がって、元の真っ直ぐに立った状態まで戻る。


 この一連の流れが、一日の始まりに太陽に挨拶し、恵みに感謝するという意味があるのだとか。この太陽礼拝が全てのヨガの基本となるポーズらしい。


 母親がスマホを見ながらそう説明していた。


「…って感じだな」


「ふぅ、結構汗かきますね…」


「運動してない人が体を慣らすためには十分な動きだからな。ピノーはどうだ?」


「運動としては物足りませんが、身体の調子を整えるという意味ではとても気分が良くなりました」


「そうか、ならヨガった。ヨガだけに」


「……?」


「良かったとヨガを掛けた言葉遊びです」


「あ、なるほど!」


 …さて、俺のダジャレが笑いの大爆発を生んだところで、インベントリからRSFで俺が執筆したヨガの説明書を取り出す。


「これは?」


「ヨガのポーズが載ってる本だ。さっきのポーズに物足りなくなったら、この本に載ってるポーズを参考にしてみてくれ」


「まぁ、ありがとうございます!」


 スタットの老人NPCに売りつけて一稼ぎしようかなと思って作った物で、色々あって無駄になってしまったものなのだが、まさかここで役に立つとは…。


 アイテムボックスにちょうど一冊余っていたのを持ってきてヨガった。ヨガだけに。


「それじゃあ報酬は支払ったし、聖紋を貸してくれるか?」


「ええ。そのよろしいのですよね?」


「…あはは、本当にお見通しなんだな」


「ふふ、聖女ですからねっ!」


 えーへへ、可愛い……。


 じゃなくて。


「それじゃあ短剣を預ける。三日後に取りに来るから、出来るだけ多く『聖なる短剣』を用意してほしい」


「それなら、この子達に届けさせます。邪を祓うための聖なる短剣、私にお任せください」


 精霊をこき使う聖女に、精霊を敬うピノーは目を丸くして困惑していた。


 お前は精霊に命令できる聖女の力に驚いているのかもしれないが、俺はアイテムを運ぶことも出来る精霊の汎用性にビビり散らかしているよ。


「そ、それで頼む。そうしたらここからどうやって出るのか考えないとな」


「任せてください!」


「へ?」


「教会の外へ運んであげて」


 アリエッタさんがそう呟くと、俺とピノーの周りを無数の光が埋め尽くす。光をよく見ると、コスケが呼んだ精霊と同じ形をしているのに気が付いた。


「また、会いに来てくださいね?」


「ああ、話したい事が山ほどあるからな…」


 俺の視界が、アリエッタさんの笑顔から精霊の光に切り替わる。あまりの眩しさに目を閉じると、街の喧騒が聞こえ、急いで目を開いた。


「……複数人のテレポートも可能なのか?」


 見えるのはサリアの街並みで、後ろを向くと、教会が遠くにある。


 精霊、及び精霊スキルの異次元さが身にしみて理解できた。しかし、これを見て精霊スキルがゲームバランスを崩壊させているとは言わない。


 あれは精霊スキルのスキルレベルがカンストしているからこその力なのだろう。産まれながらにして精霊に愛された聖女。


「もはや兵器にすらなり得る力だろ、これ」


「これからどうするのですか?」


「え、ああ…」


 一旦アリエッタさんの事は忘れよう。濁流のように押し寄せる情報は、ゲーマーの行動を制限させてしまう。今はダムに情報を溜め、適宜解決していく事が大事だ。


「よし、これから二手にわかれる。持ってきたゴールドを半分渡すから、それで薬草を買えるだけ買ってくれ。良いか、回復薬じゃなくて薬草だぞ?」


「かしこまりました」


「…薬は俺が作るからな」



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