第48話 ヨガをお教えしよう






 立ち上がってアリエッタさんと対面する。周りを確認すると、小さな部屋のようで、可愛らしい人形や、クッション。テーブルと椅子もちゃんと置かれており、日の光が部屋全体を照らしている。


 屈折を利用して日の光を部屋に取り入れる構造は、地下である事を忘れさせる素晴らしい工夫だ。


「ん? 神父には聖女様は修行中って聞いたんだが、今何してるんだ?」


「え…、しゅ、修行中ですヨ?」


 おやぁ?


「……聖女様って嘘吐くんですねぇ」


「うっ…!」


「ピノー、その嘘つきから離れた方が良いぞ」


 ピノーは満足したのか、アリエッタさんの腕から離れ、人型に戻る。肌がなんとなくツヤツヤになっているような気がしないでもない。


「……そんなイジワル言わなくても良いじゃないですか」


 アリエッタさんは頬を膨らませて拗ねた様子だ。


「ごめんって。それで、アリエッタさんは何をしてたんだ?」


「教徒の皆さんに内緒ですよ?」


「ああ」


「お茶してました…」


「……えぇ?」


 アリエッタさんは目を閉じて恥ずかしそうに頬を赤らめる。確かにテーブルの上にはカップが置かれており、湯気がゆらゆらと昇っていた。


 地下にいると聞いて、多少は監禁やら幽閉やらで、教会の闇に触れなければいけないのではないかと思っていたのだが、ほのぼのとしたアリエッタさんを見て、この教会に闇なんて無いんだと確信した。


 なんか分からないけど教会って闇だったり腐ってるイメージあるんだよなぁ…。


「でもさっきまで聖殿で瞑想してたんですよ? 本当ですよ!?」


「わかったわかった…」


「本当に信じてますか…?」


 胸をポコポコと叩かれたが、全く痛みはない。美人に触れられてちょっと恥ずかしいって気持ちになってしまう。


 いや思春期か!?


「さて、本題に入っても良いか?」


「なんでしょう?」


「俺たちはビルズの民のため、聖なる力を求めて君に会いに来た。聖印を持つピノーだけでは強大な敵に勝てない」


「ビルズ、まさかその名前を聞くとは思いませんでした。そこで私の持つ【聖紋】が必要という事ですね」


 彼女はビルズについて知っているようだ。聖女という立場から、聖なる血を持っていたビルズの民について知っていたのだろうか。


 そして聖紋。妖精種の扱う聖印とは違い、ヒト由来の聖なる力と言ったところか?


「ビルズについて知ってるのか?」


「私の先祖にビルズに嫁いだ方がいらっしゃるのです。ですので名前は知っています」


「そうか…」


「…聖なる力による浄化は、魔の者や呪われしモノの力を抑え込み、封じる力がありますからね」


「ああ。その聖紋を俺たちのために貸して欲しい––」


「––もちろん良いですよ!」


「報酬は…、え?」


 あまりにも即答であったため、一瞬思考が飛んでしまう。こんな簡単に了承しちゃうとか、この子は教会に守られて育ってきた箱入り娘なのか?


「そんな簡単に決めて良いのか?」


「簡単には決めてませんよ? この子達が信頼しているので、私も信頼しているのです」


「この子達?」


 アリエッタさんは部屋のどこでもなく、全体を見渡すように顔を動かした。


「……ヨル殿、ここには精霊様が数えきれない程存在しています」


 ピノーが小声で耳打ちをする。さっきまで喉を鳴らしていたとは思えない真剣さだ。


「こんな数、エルフの里でも見た事がありません。精霊様と共生しているのがエルフ種なのだとしたら、彼女は精霊様に愛され、生かされている。そんな風に感じます」


「なるほど…」


 人の身でありながら、精霊との繋がりを持つ神聖な存在。しかも協力関係ではなく生まれながらにして愛されていると来た。


 そりゃ教会側も簡単に彼女を俗世に触れさせるわけにはいかないよな。


 俺としても、街の中に敵対種族である魔族がいる可能性を知っているため、教会の判断には賛成だ。聖女を無闇矢鱈に表舞台に立たせて暗殺なんてされようものならクソゲー認定するわ。


「じゃあ、聖紋を貸してくれるのか?」


「ええ。でも、報酬は頂きますよ!」


「ああ、いくらでも払う」


 ビルズのため、俺の持つ全財産を賭けるつもりでいたからな。ここまで貯めてきたゴールドは躊躇なく放出する気持ちではある。


「ヨルさんはお医者様なんですよね?」


「ああ。ん、言ったけか?」


「この子達が教えてくれました」


「なるほど…」


 精霊に愛されるって、この世界でのアドバンテージ的にかなりエグいのでは…?


「見てくださいよこれ!」


「なっ…!?」


 アリエッタさんは急に自身の二の腕を見せつけてきた。白い肌はスベスベで、倫理観の育っていない子どもの頃なら、すぐに触れてしまっていそうな魅力を感じる。


「運動不足で最近太って来ちゃったんです…」


「おお、運動すれば?」


「どんな運動をすれば良いのか分からないんです! 外には出してくれないし、この部屋で運動しようとしても、この子達が危ないからやめてって言ってくるし…」


 確かに、この部屋で激しめの運動をするとしたらテーブルやら椅子やらが邪魔になって来そうではある。


 でも医師を名乗ってるだけで、スポーツインストラクターではないんだよなぁ。それに俺も毎日しっかり運動してますって人間じゃないし…。


「だがしかし。期待に添えないとは言っていない!」


「流石ヨル殿!」


「ヨガをお教えしよう…」


「よが?」


「ヨガ」


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