第45話 俺も猫耳を生やす




 目を開けると、そこはエーテル戦前にリスポーン設定をしたあの部屋だった。自分の服装を確認してみると、初めてログインした時と同じ初期装備だ。


「どんくらい経ってんだ、これ」


「ヨル殿ぉ!!」


「むぐ…っ!?」


 ベッドから起き上がると、ピノーが顔面に張り付いてきた。歓喜の声で俺の名前を呼びながら、俺に体を擦り付けてくる。


「お、おいピノー落ち着けって!」


「ヨル殿ぉ…!」


 うるうると瞳に涙を浮かべるピノーを引き剥がし、頭を撫でてやる。するとピノーは猫に変化し、俺の膝の上に乗って喉を鳴らし始めた。


「よく命令を聞いてくれたな」


「拙者はヨル殿の剣ですから…」


 ピノーを撫でていると、ドリューが勢い良く部屋の扉を開けて入って来た。


「フクロウ!」


「おお、ドリュー…」


「良かった、ピノーが一人で戻って来た時は気が気じゃ無かったんだぞ!」


「すまん」


 ドリューに関しては、エーテルに父親も殺されている。その時の事をフラッシュバックさせたかと思うと、もう少し考えて行動すれば良かったなと考えてしまう。


「ばあちゃんが探索者は死んでも蘇るって言っていたが、本当なんだな…」


「まあな、この世界には決まった肉体はなくて、魂が別世界から渡って来てるから」


 確かこんな設定だったはず…。


「それでも、死んで良い理由にはなりませんよ」


 アリオさんもドリューに続いて部屋に入ってくると、手にはお茶の入ったカップがあった。それをゆっくり手渡してくれる。


「何度も死ねば、魂の繋がりが薄れ、この世界に戻って来れなくなると聞いた事がありますから」


「はい、気をつけます」


 RSFやめるタイミングとして、確かに死んだ時ってのはあるな。苦労して集めたアイテムをロストしたら、そりゃ萎えてやめる人が多そうだ。


 そう言ったログインに関する状況も、NPCに落とし込むとは流石RSFクオリティ…。


「……やっぱり、エーテルは倒せな––」


「––勝ちの目は見えた」


 ドリューの言葉を遮り。お茶を一気に飲み込む。


 熱い。


 ドリューのせいで俺が死んだとは絶対に言わせないし、ビルズを救えないなんて事は俺が許さない。


 一気飲みするんじゃなかった、やけどしたかもな。


「3日だ。3日間、俺に準備させてくれ。必ずエーテルを倒す」


 ベッドから出て、ドリューと真正面に向き合う。少年の瞳は揺れ、言葉に戸惑っている様子が伺える。


「…そのまま、俺たちの事は忘れても良いんだからな」


「……ピノー、仮面を取ってくれ」


 そう言うと、ピノーは獣人型に変化し、梟のマスクを持って来てくれた。俺が唯一ロストしなかった装備品。


 闇医者としてロールプレイをする時に付けてきた、俺の中で象徴と言っても良い物だ。


「これをお前に預ける。俺にとっての宝と言っても過言じゃない。これがどう言う意味か分かるか?」


「フクロウ…」


「覚悟は出来てる。お前も俺を信じろ」


 ドリューは俺から仮面を受け取ると、それを両手でしっかり握りしめる。その瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。





******************




「それで、準備とは何をするのですか?」


「まずは銀行に預けてるゴールドと、アイテムボックスに入れてたアイテムを補充する」


 イルルーンにて、宿屋を探しながら猫型になったピノーと今後について話し合う。


 アイテムの補充をしないと、イルルーンを初期装備で徘徊する変な人になってしまうからな。


 ドリューに案内してもらい、イルルーンへの近道を通って戻って来たのだが、少年の足取りはしっかりとしており、精神面での心配は無用だった。


 ビルズの民だからか、強い少年だなと胸が熱くなった。


「部屋借ります」


「先払いですか? 後払いです––」


「––後払いで、すんません!」


 手近な宿屋に入り、部屋の鍵をもらって早速部屋に向かう。部屋に入ると、ピノーは獣人型になり、俺は早速アイテムボックスに手を突っ込む。


 宿屋や借りた家に備え付けてあるこのアイテムボックスに、自前のアイテムを収納する事ができるのだ。


 インベントリとは違って、いつでも好きなようにアイテムを取り出せるわけではないが、死んでもロストしない利点がある。


 それにインベントリは容量に限界があるが、このアイテムボックスはゴールドを支払えば無限に広くする事が出来るのも、また嬉しいところだ。


「えーっと…、あった」


 俺はアイテムボックスから黒い白衣を取り出す。元々装備していた物よりも、少し不恰好だが、違いがわかるのは俺くらいだろう。


 この黒衣は試作品11号で、自分で裁縫スキルを使って作った物だ。ちなみにロストしたやつは12号。11号の一段階上の完成度だった。


「後は…、これだな7号」


 サイズが一回りも二回りも小さい黒衣を、アイテムボックスから取り出す。それを広げてみせると、完成度に関しては11号と匹敵する見栄えではある。


「ピノー、これからは人型で行動してもらうぞ」


「わ、わかりました」


 ピノーは困惑しつつも、すぐに人型に変化する。猫耳の美少年の体に、7号を合わせてみると、やはりサイズはバッチリだ。


「よし、ピノーはこれを着てくれ」


「これは?」


「試作品7号。仕上がりは良く出来たけど、裁縫スキルのレベル不足でサイズが小さくなっちゃったやつ。ピノーにはピッタリだ」


「なるほど。でもどうして人型に?」


「人型に慣れてもらうためだな。エーテル戦の伏線ってヤツだ」


「なるほど…。でも、この耳や尻尾はどうしますか?」


 獣人種はまだ実装されていないと言う理由で、人型で街を出歩かないようにしていたのだが、それを解決する秘密道具を、俺はついに完成させた。


「俺も猫耳を生やす」


「にゃ…っ!?」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る