第43話 だが勝ちの目は




 情報を集める上で、敵がどういった行動を取るのかを確認し、何が有効であるのかを調べなければならない。


 ボス戦が始まった途端にその攻撃力と、移動速度は実感できた。そしてピノーの攻撃を防ぐ防御力も兼ね備えている。


 ただ『浄化』は効いていた。やはり聖印、ないしは聖なる力がエーテルに対する有効打になるという事だろう。


 エーテルが大鎌を振り上げたので、攻撃の軌道を読んで、先んじて回避行動を取る。体スレスレを鎌が通っていき、肝が冷えた。


 一撃の速度と威力を重視しているのか、追撃のタイミングは遅め。この隙を逃さず聖印を叩き込めるかが重要になるのか?


「良い動きダ…」


「どうも」


 エーテル自身が3メートル程の巨体であり、鎌のリーチもあるため、間合いが相当な広さになる。


 バックステップを踏みつつ、距離を取るため、煙幕を使おうと試みたのだが、そう上手くはいかない。


「これは…!?」


 煙幕は発動こそしたものの、その範囲は通常よりも狭く、さらに効果時間も激減している。


「この領域内でハ、小細工は通じなイ…」


 煙幕を切り裂くように、大鎌が勢いよく俺の体ギリギリを通り過ぎていく。どうやら煙幕によって俺の体は見えていなかったようだ。


 ボス戦用の特殊エリア。


 この黄昏の下では、煙幕等のエリア内で機能するアイテムに、軒並みデバフが掛かっているのだろう。


 だとしても煙幕の範囲と効果時間が短すぎる。これではエーテルの攻撃範囲から出られない。


 もう一度煙幕を投げつけ、視認だけはさせないようにする。ハンティングウルフとは違い、視覚以外での感覚は鈍いという点はありがたい。


「やっぱ罠もダメか…」


 煙幕の中で罠スキルを使用するものの、設置数、効果範囲、威力共に、ホーンラットすら捕えられない代物になってしまっている。


「エーテルとは真っ向勝負しようねってか、あぁ!?」


 運営への愚痴に対するアンサーは、エーテルによる攻撃で返ってきた。回避が一瞬でも遅れれば、しっかりとHPを削られてしまう。


 追撃のタイミングが遅いとは言え、その一撃の速度は、見てからの反応がほぼ不可能。尚且つ威力は人間の体を容易く吹き飛ばすものと来た。


 構えてから大鎌を振るい、攻撃するその一連の流れは、侍の居合斬りを彷彿とさせる。


「…まあ、居合斬りをちゃんと見た事は無いんだけど」


 ようやくエーテルから距離を取れたので、体勢を立て直す。距離は初撃を喰らった時とほぼ同じ、約20メートル。この距離をエーテルは一瞬で詰めてきたのか…。


 エーテルが姿勢を低くすると、黒いエフェクトが発生し、それを見た瞬間に、俺は真横へ飛ぶ。


 真横へ飛ぶのと同じタイミングで、エーテルが地面を蹴ったのか、破裂音がしたかと思えば、一気に距離を詰めてきた。


 エーテルによる鎌を振り上げるような攻撃は、そのまま空を切り裂く。


 エフェクト発生を確認できたため、この距離を詰めるあの動きが、スキルによるものだとわかった。


 また、このスキル発動中は細かい動きが出来ないのか、回避した俺からだいぶ離れた場所で空振っている。


 この大振り後の硬直も長いため、ここが狙い目になるのだろうか…。


「今のモーションを狙って攻撃を––」


 次の瞬間に、エーテルを中心とした範囲攻撃だろうか、黄砂のようなエフェクトが吹き抜けてくる。


「なんだ!?」


 空振りをしたエーテルがどの程度の硬直時間を有するのか確認しようと、視界にその姿を捉え続けていたのだが、エーテルが新たなモーションを繰り出してきたのだ。


 鎌を持たない腕で胸に手を突き刺したかと思えば、勢いよく引き抜いた。そのモーションがこの範囲攻撃に繋がると考えて良いだろう。


 防御姿勢は辛うじて取れたが、直に攻撃を浴びてしまった。しかし不思議なことに、HPは減っていない。


 一瞬の思考の後、状態異常の欄を確認すると、そこには『腐敗』の文字と、解除までの時間が表示されていた。


「腐敗…!」


 NPCはウォーカーに変わっていたが、プレイヤーに対してはどのような影響を…。


「がふっ、ごほっ…!」


 息がし辛い…!


 よくよく見ればHPもじわじわと減っている。どうやら他ゲームでよく見る『毒』といった状態異常として認知してよさそうだ…。


 防御姿勢を取ったからか、はたまた距離がそれなりにあったからか分からないが、腐敗の状態異常は10秒で解除される。


 息のし辛さと、スリップダメージ。空振り後の硬直を狙って近づいていたらどうなってたんだ、これ…。


「飛び道具とは卑怯な!」


「戦いとハ、卑怯な者が勝ツ。古くからの教えダ…」


「…まあ、間違っちゃいないね」


 距離を詰めようとすれば長いリーチによる大鎌の攻撃。距離をとってもスキルによる瞬間的な詰めと、空振り後のアフターケアまでオマケとして付いてくる。


 はっきり言って今の俺が真っ向勝負で勝てるような相手じゃない。俺どころか現在RSFのプレイヤーの中で、エーテルとやり合えるような奴はいないと断言できる。それこそあのレイでさえも相手にならないだろう。


 大人数での大規模レイドなのか?


 いや、だとしたらあの老人が裏道でひっそりとクエストを発注するとは考えにくい。


「あー、早すぎたか…?」


 ゲームのシステム的に、このクエストは存在しているものの、もう少し先、それこそあと数回アップデートした後に公になるはずだったという可能性も全然ある。


「いや自惚れすぎか…」


 しかし、そう思えるほどにこのエーテルとか言うボスが強い。今も大鎌による攻撃を回避するので精一杯だ。


「うぉっ…!?」


 回避に集中しすぎるあまり、地形の変化に気付くのが遅れてしまった。エーテルの大鎌によって削れた足場に、足元をすくわれてしまう。


 体勢が崩れ、エーテルの攻撃が命中する。今度は右足が切り飛ばされ、大ダメージと部位破損の硬直が襲いかかってくる。


「ここまでっぽいな…」


「お前モ、俺に夜を与えてハくれなかったカ…」


 エーテルはそう言うと、トドメと言わんばかりに大きな鎌を振り上げる。


「確かに今回は俺の負けだ。だが、勝ちの目は見え––」


 言い終わる前に、俺の視界は暗転した。



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