第42話 次に向けての戦い




 黄昏の空の下。半径50メートル程の開けたエリアには、岩が散見しており、若干の霧が立ち込めている。


 岩に溶け込むようにして、この黄昏の丘に存在していたのか、大きな人型のシルエットが浮かび上がった。


「この先ニ、進む者カ…?」


「ああ、通らせて欲しい」


「その資格があるのカ、試させてもらウ」


 大きな鎌で霧を薙ぎ払い、その姿を現すのは、大きなウォーカーだった。


「俺の名ハ『エーテル』。ビルズの宝ヲ守る者ダ」


 全長は3メートル弱程。黒いローブに全体を隠し、手には巨大な鎌を持っている。その姿は死神を連想させた。ローブから覗く腕は太く、筋骨隆々なのが窺える。


 ローブの下にある顔は、腐敗の影響かボロボロに朽ちているのだが、それでも尚、端正な顔立ちだった事の面影が残っている。


 診察スキルの結果は、最初から警戒度MAXだからか、得られたのは状態異常の『腐敗』という分かりきった情報のみ。


 エーテルとの距離は20メートル程で、間合い的に攻撃は届かないと判断した俺は、煙幕とピノーのための強化ポーションを用意する。


 エーテル戦のプランは、長期戦での粘り勝ち。事前の情報が無いため、長い時間をかけて、戦闘中に情報をかき集めるしかない。


 煙幕を使用するため、エーテルから視界を外した瞬間。大地を蹴る音と、遅れてピノーの声が聞こえてきた。


「フクロウ殿!!」


 顔を上げた時にはもう遅く、鎌を振り上げたエーテルが、すぐ目の前まで迫っていた。


 回避行動を取ろうにも、不意を突かれた形になってしまったため、間に合いそうも無い。


「くっそ……!!」


 辛うじて身を捻り、直撃は避けるも、鎌は煙幕を持っていた俺の左腕を斬り飛ばした。


 油断はしていなかったが、これまでの、動きの遅かったウォーカーとの戦闘に釣られてしまい、無意識でウォーカーは鈍足だと決めつけてしまっていた。


 部位破壊による硬直が、プレイヤーにも適応されると言うのを知れたのは、不幸中の幸いか。


 …いや幸せに対して不幸がデカすぎるな。


 エーテルは、距離約20メートルを瞬時に詰められる速度、もしくはスキルを持っているのか、攻撃の威力も今までのどのモンスターより高い。


 片腕を失い、硬直している俺に追撃しようとエーテルは鎌を振り上げる。


「【聖印・黒奏螺剣】」


 フリーになったピノーが、俺へのヘイトを分散させるため、エーテルに向かって、ハンティングウルフの首を吹き飛ばした、あの大技を放つ。


 ウォーカーへの特効を持っている聖印の力を付与した黒い光は、エーテルの胸部に直撃した。


 聖印による浄化のエフェクトで、肉の焼ける音と蒸気が大量に放出された。硬直が解けたので、その隙に距離を取り、回復薬を使用する。


 出血の状態異常は治したが、部位破損によるHP量へのデバフが凄まじい。


 転がっている腕と、感覚の無くなった左腕は見ないように、ピノーの攻撃を喰らったエーテルを確認する。


「……お前の力でハ、貫く事も出来ないようだナ」


 蒸気が収まると、そこからほとんど無傷のエーテルが姿を見せた。状態異常欄には腐敗の下に『浄化』も追加されていたが、すぐに消えてしまう。


「マジか…」


「くっ…!」


 移動速度にステータスをしっかり振っている俺より速く、攻撃力も高くて防御力もある。そして聖印に対しての耐性も持っていると来た。


 これまでのエリアボスやイレギュラーモンスターとは格の違う強敵。準備をしてこなかった俺たちが敵うはずのない、圧倒的な絶望感をひしひしと感じる。


 エーテルはピノーに対して、その距離を詰めると、迎撃しようとするピノーよりも速く、大鎌での攻撃を繰り出す。


 エーテルがピノーを狙うと予測を立てていたため、咄嗟にピノーの前に体を出し、エーテルの攻撃から守る事に成功する。その際に仮面が外れ、ピノーの目の前に落ちてしまった。


 エーテルの攻撃と同時に、回復薬も使用していたため、全体量の減ったHPも、なんとかギリギリ残ってくれた。


「ピノー撤退しろ!」


「しかし…!」


「主の命令が聞けないのか!?」


「……!!」


 ピノーは俺の命令を聞き受け、落ちた俺の仮面を拾うと、獣型に変化し、まるで黒い風のように戦線を離脱していった。


 俺が命令すれば、ピノーは一緒に最後まで戦ってくれるだろう。ただ今回は勝ちの目が限りなく低い。


 ゲームのプレイヤーである俺は良い。死んでもリスポーンが出来る。


 ただNPCは違う。


 死んだら二度とリスポーンする事はない。


「ピノーが死んだら、俺は立ち直れない…」


 出会ってまだ短いが、それでも一緒にこの世界を旅して来た仲間なんだよ…。


「仲間を逃すカ…」


「……大事な助手なんでね」


 俺の腕を奪った死神は、大鎌を構え直し、俺と向き合って対面する。


「お前ハ、俺に夜を与えてくれるカ?」


「……なに言ってんだお前」


 左腕を失い、決して多くないHPの全体量も減ってしまった。メインアタッカーであるピノーもいない中で、勝つ事はまず不可能だ。


 負ける事を前提とした、


「なんだか、ビルズのクエストは俺に沢山の無力感をくれるなぁ…!」


 死ぬとしても可能な限り、エーテル戦の情報を持って帰る…!


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