第41話 来るぞ
ドリューに促されて家に入ると、リビングから良い匂いが漂ってくる。ゲーム世界でも現実世界でも、ご飯を食べたのはずいぶん前なので、これはありがたい。
「ログアウトした後も何か腹に入れないとなぁ」
案内された席に座ると、ドリューがお皿に入ったスープを運んできた。コンソメスープのような色味に、ゴロゴロとした野菜がたくさん入っている。
次にアリオさんがリビングに入ってくると、手にはホカホカのパン。
「家を守ってくれた3人に、労いの夕飯だよ。しっかりお食べ」
「「いただきます!!」」
スープを一口啜ると、温かさが全身に広がる。息が口から漏れ出てしまうなぁ…。
パンを取り、スープの具材を乗せて食べると、それはまた美味しい。
「どうだい?」
「うめぇです!」
「ばあちゃんの料理は最高だろ!」
口にパンを頬張りながら、自慢気に言うドリューを見て、何だか家族を思い出す。
上京してから一度も実家に帰ってないし、一人息子が元気にしてる姿を見せようとは思うのだが、何せ両親が俺の事を忘れてる気もしないではない。
「一回も親からの連絡ないからな…」
「フクロウの素顔ってそんなのなんだな」
「んぁ、他言無用で頼むぞ」
まあ放任主義に助けられた面もあるため、親の教育方針に何か文句があるわけではないのだが、もう少しなんかこう、ねぇ?
「…さて、本題に入ろう」
スープを飲み干し、アリオさんに顔を向ける。
「これから明けずの墓地を覆う、聖浄の封印を復活させようと思う」
「…伝承では、黄昏の丘に聖なる封印を司る祠があると伝えられている。ただ––」
「それに立ちはだかるのがエーテルとか言うウォーカーなんですね」
「父さんの腕を切り落とした怪物だ…。無理に戦わなくていい」
ドリューは自分の腕をさすり、俯く。父の死の原因の話は、やはりしたくないものなのだろう。
それでも、ビルズのためにも、そしてウォーカーのためにも、封印は再び輝きを放たなければならない。
「フクロウ先生、貴方にはビルズに骨を埋める覚悟がおありですか?」
「覚悟…?」
「貴方は探索者。別世界から何かを探しに来た旅人のはずです。この場でその生涯を終わらせる覚悟が無いのなら、これ以上は関わらない方が良い」
アリオさんは、とても優しい目をして俺に語りかけてくる。
「フクロウ殿はビルズのために…!」
「良いんだピノー、アリオさんの気持ちも痛いほどわかる」
確かに俺とピノーはこの家のために戦った。しかし、この先RSFが終わるまでこの家に留まれるのかと言われれば、それはもちろんNOだ。
ビルズとして、この地を見守り続ける事など、現実での生活的にも、プレイヤー目線的にも出来ない。アリオさんもそれを望んでいないのだろう。
「…旅人だからこそです。訪れた場所で出会った人々と関わり、俺は仲良くなった人たちの力になりたい。そして、笑顔で見送られたいんです」
色んな街へ行き、色んなエリアを渡り歩き、俺は数多くのNPCやプレイヤーと出会ってきた。その全てがRSFを楽しむ要因となったのだから、この言葉は俺の本心だ。
「…そうですか。黄昏の丘は真っ直ぐ東に行った場所にあります」
アリオさんは微笑み、俺に黄昏の丘の場所を教えてくれた。
「俺も行くよ、フクロウ」
そう言って立ち上がるドリューだったが、その手は震えている。やはり父を殺した恐怖の象徴として、エーテルは彼の心に居続けているのだ。
「ドリューはこの家を守ってくれ。頼りにしてるぜ?」
「…分かった。お前達の帰る場所でもあるからな!」
こうしてボスへ挑む前の晩餐が終わった。
******************
「…よし、行くか」
「はい!」
インベントリを整理し、エーテル戦に向けて出発の準備を終えた。
「フクロウ、部屋では休めたか?」
「ああ、バッチリだ」
「負けても良い、絶対に帰ってこいよ」
「もちろんさ」
手を振り、俺たちは黄昏の丘に向かって出立した。
ご飯の後、ドリューに連れられて部屋に案内されたのだが、そこでリスポーンの設定が出来た。つまりゲーム内で死んだ場合は、あの部屋にリスポーンすると言うこと。
ボス戦前に、リスポーン地点を用意してくれるなんて運営はなんて優しいんだ。だなんて思えるほど純粋じゃない。
これじゃあまるで、何回も死ぬのは仕方がない程の強ボスだよと言っているようなものだ。
ドリューの父親の力量は知らないが、エーテルは、長年ビルズとしてこの地を見守り続けた男の両腕を、切り落とした意思を持つウォーカーと聞く。
「簡単な戦いではないな」
「それはいつもの事ですよ」
歴戦の勇士、ピノーは緊張とリラックスのバランスを上手く両立させたような声音で、俺にそう言う。なんとも心強い。
情報がまったく無いため、インベントリには、回避重視の長期戦を見据えたアイテムを数多く入れてみた。
戦いの中で情報を集め、粘り勝ちを狙う。
「空の色が、不思議ですね…」
「黄昏だな」
黄昏の丘に近づいて来たのか、空の色が夜のはずなのに、夕暮れのような色をし始める。
放課後、コスケと一緒に田んぼ道を歩いて帰ったあの日々を思い出す、綺麗な黄昏だ。
空に気を取られていると、いつの間にか開けたエリアに足を踏み入れていた。半径50メートル程の広い空間は、ボス戦にはおあつらえ向きに感じられる。
「フクロウ殿、何かいます」
「ああ、来るぞ」
視線をエリアの中央に向けると、そこから大きな人型のシルエットが浮かび上がった。
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