第38話 生きている人間だ




「支払いは、どうしましょうか」


「んぇ、あー、治療したのはピノーなので、コイツに任せます」


 ピノーを見ると、考えていなかったと言わんばかりの表情を浮かべ、どうするか迷っている。


 ピノーがお金を払わせるとは考えられないし、いったい報酬は何を要求するのか…。


「…では頭を撫でてください!」


「ふふ、おいで」


「にゃーごろ!」


 ピノーは猫型に変身し、アリオさんのいるベッドに飛び移る。膝の上で丸くなると、頭を撫でてもらい、気持ち良さそうに喉を鳴らし始めた。


 ケット・シーが種を通して撫でられるのが好きなのか、それともピノーが特別撫でられ好きなのか分からないが、可愛いのでヨシ!


「……さて」


 少し考えないといけない事が出来た。ウォーカーに付いていた腐敗と、アリオさんに付いていた腐敗についてだ。


 最初は死者の肉体が腐っているから、腐敗という状態異常が付いたのかと考えていたのだが、アリオさんを診た感じ、どこにも腐った箇所は見当たらなかった。


 考えられる事は多くあるが、今俺の中で、そうであって欲しくない仮説が、一つ存在している。


 死が先にあるのではなく、腐敗が先にあるのではないかと言うものだ。


「そうだとしたら、ピノーの言っていたことも…––」


「––皆んなすぐに逃げるぞ!」


 考え事をしていて気付かなかったが、ドリューがドタドタと二階に上がって来たようで、勢いよく扉が開かれた。


 ドリューの手には、空のティーカップとクロスボウを持っており、その慌て具合がわかる。


「どうしたんだ?」


「外を見てみろ!」


 ドリューの一声に、ピノーがカーテンを開ける。そこには十数体のウォーカーがこの家を目指して行進しているところが見えた。


「ウォーカー!?」


「あの数はヤバい。家が囲まれる前に脱出しないと…!」


「私は置いて行きなさい」


「ばあちゃん何言ってんだよ! せっかく病気が治るかもって言うのに」


「病気が治ったところで、老い先の短い老婆さ。足手まといにさせないでおくれ…」


 確かに、ウォーカーの移動速度が遅いとは言え、アリオさんを連れての移動は難しい。戦闘をピノーに任せて、街へ逃げ込むにしても、この先ウォーカーの数が増えないとも言い切れない。


「父さんもいなくなって、ばあちゃんもいなくなったら、俺どうすりゃ良いんだよ…!」


「ドリュー…」


「なら俺とピノーでウォーカーを撃退する」


「無茶だフクロウ!」


 ドリューは声を荒げて俺に詰め寄る。十数体ならピノーの戦闘力と俺の奇襲で何とかなるかもしれないが、数が増える事を危惧しているのだろう。


「さっきの感じ、ここにウォーカーが来るのは珍しい事なんだろ?」


「あ、ああ…」


「じゃあ、ウォーカーを近付けさせない何かがあるはずだ」


「…フクロウ先生の言う通り。ドリュー、家の屋上に簡易的な聖浄の封印がある。ビルズの名を示しなさい」


 やはり思った通りだ。


 明けずの墓地内にあるにも関わらず、ウォーカーの襲撃を受けずに建っていられる家なんてあるはずがない。


 ここもまた、聖浄の封印に守られていたのだろう。


「直せるのか?」


「直すさ…!」


 ドリューはそう言って飛び出して行った。彼は簡易的な聖浄の封印を直すため。そして俺たちは時間を稼ぐため、力を振り絞ろう。


「行くぞ、ピノー」


「は…っ!」


 窓から見えるウォーカーは、そう遠くない位置まで近付いていた。



******************




「それでは、先ほどウォーカーと接敵した際と同じ要領でよろしいですか?」


 家から出ると、墓地方面からウォーカー達が、うめき声を上げながら、ゆっくりと近付いて来ていた。


 ゆっくりだが、確実に進行している。やはりアリオさんを連れての脱出では、街に入る前に追いつかれていたと思う。


「いや、少し試したい事がある。ウォーカーを傷つけずに、聖印の力だけを当てる事は出来るか?」


「可能ですが、モンスター相手には何の効果もありませんよ?」


「それでもだ。やってくれ」


「命令とあらば、拙者の力の限りを尽くしましょう」


 これはピノーと俺の命を賭けた検証だ。命綱はひどく脆いが、この行動によって俺の中で、とある仮説が確信に変わる。


「見えて来ました…」


「ああ」


 罠スキルを発動し、地面に設置する。アプデにより、設置数は大幅に激減したが、それでも強力な事に変わりない。


 どうやら設置数はスキルレベルを参照するようで、罠の威力はそのままで設定されている。


「フクロウ殿、行きます!」


「ああ、頼む…!」


 ピノーがレイピアを抜き、先頭のウォーカーに向かって、俺の指示通りに聖印の力だけを使う。


「【聖印・黒奏波】」


 レイピアで突き出した風圧に、聖印の力を乗せて対象にあてる技だろう。これは魔族に対する有効打なのだろうが、今回はウォーカー相手に使ってもらった。


 聖なる風はウォーカーに当たると、アリオさんから腐敗の状態異常を取り除いた時のように、肉が焼けるような音を発する。


「これは…!?」


「やっぱり、そうなのか…」


 『生者が腐敗の状態異常に陥り、その腐敗が生者をウォーカーへ変えている』と言う仮説が、今確信に変わった。


「ウォーカーはモンスターじゃない。生きている人間だ…!」









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