第37話 ピノー先生!?




「どこでビルズの名前を知ったんだ?」


 ドリューと名乗った少年は、不思議そうに尋ねてくる。忘れ去られた名だと説明を受けたが、きっとドリューもそう思っていたのだろう。


「とある老人に教えてもらったんだ。ビルズとその役割。そしてウォーカーがまた増えだしたことも」


「お前は…」


 ドリューは何か考えるように俯いた。そんなやり取りをしているうちに、空は暗くなり始め、夜が近づいてくる。


 索敵スキルを使わずとも、ウォーカーが集まり始めているのが分かるほどに、墓地が荒れてきた。


「父さん、俺は…」


「ドリュー、俺は再び封印を復活させるために来た。君はビルズのために、俺は俺のために…。案内してくれないか、かつて村のあった場所に」


「……分かった、ついて来てくれ!」


 ドリューが走り始めたので、ピノーを抱えてその後に続く。


 後ろでは、夜の闇に釣られた歩く死者たちが、降り始めた雨のように、少しずつ勢いを増していた。





******************




 老人が言ったように、明けずの墓地のマップにビルズは載っていない。そのため、自力で見つけるのか、案内役がいるのかと予想を立てていたのだが、ドリューがきっとその案内役なのだろう。


 ビルズは、ドリュー無しでは仕様で通れない道を経由するとか、そんな場所なのだと考察してみる。


「ビルズは場所の名前だと聞いてた」


「遠い昔にあったビルズという村は無くなり、その名だけが残ったんだ。ビルズの役割を継いだ人がその名を継承した」


「なるほど」


 詳しく聞いてみると、聖浄の封印によりウォーカーの数が激減すると、ビルズの村は次第に衰退していき、今から150以上前、完全に消滅したらしい。


 封印を監視するため、ビルズに残り、その名前を継承した一部の村人が、ドリューの先祖にあたるようだ。


 そして数年前に起こった地震により、封印が弱体化され、明けずの墓地から出られないながらも、ウォーカーがその数を増やしてしまったのが、事の発端となる。


「俺の父さんは、伝承にあった場所へ向かい、封印を復活させようとした。でも…」


 そこに待っていたのは、エーテルと名乗るウォーカーだったと言う。


 エーテルは他のウォーカーとは違い、明確な意思を持っていた。


 そのエーテルとの勝負に挑んだドリューの父は、両腕を切り落とされる形で敗北。その傷が祟ってか、2年前に死亡してしまった。


「それから、ウォーカーを明けずの墓地から出さない事に成功している封印が、いつ崩壊してもおかしくない状況が続いている」


「弱まったとしても封印は封印って事か…」


 以前はウォーカーを発生させないほど強力だった聖浄の封印。その封印は弱体化され、ウォーカーをこの地に縛りつける事しか出来なくなった。


 そしてその封印も、いつ解けてもおかしくはないと…。


「こう聞くと、一刻も早く封印を復活させねばいけませんね」


「だな」


 そして、その封印へ辿り着くためには、ボスとなるエーテルを倒さないといけないときた。結構単純なクエスト構成だな。


「着いたぞ、ここが我が家だ」


「…おお」


 ドリューが指したのは、お世辞にも綺麗とは言えない、石造りの一軒家だった。二階まであり、蝋燭による灯りが家から漏れ出ている。


「まさか一人暮らしか?」


「いや、おばあちゃんと一緒に暮らしている。ただ最近は病に伏していたな…」


 病なら、俺の出番じゃないか。


「俺に診させてくれないか?」


「え?」


「こう見えて医者なんでな。もちろん、診察代は無料だぞ?」


「良いのか!? ばあちゃん、医者が来てくれたぞ!!」


「あちょ、治療費は…。あー、まあええか」


 勢いよく扉を開け、家の中に入っていくドリュー。それに続いて中に入る頃には、外はとっぷりと闇に包まれていた。


 家の中は、掃除が行き届いておりとても綺麗だった。一階にはリビングがあり、テーブルと椅子、その他家具が揃えられており、暖炉には火が踊っている。


「そういや名前聞いてなかった!」


「ああ、俺はフクロウ。このケット・シーはピノーだ」


「フクロウとピノーだな。ばあちゃんは二階で寝てるから上がってくれ!」


 医者と聞いて大はしゃぎなドリューは、ドタバタしながら俺を二階へ案内してくれる。


 二階は寝室になっているようで、部屋が四つ備え付けられていた。


「ここだ!」


 階段から一番近い一室に入ると、そこにはベッドで横になった老婆がいた。咳き込んでおり、細い目からは鋭い視線を感じる。


「うるさいよ、ドリュー。そちらの方は?」


「俺は医者のフクロウ。こちらのケット・シーは助手のピノー」


「あらあら、妖精さんを助手にしているお医者さんなんて珍しいわね…。ドリュー、お茶をお出しなさい」


「わかった!」


 扉を開け、慌ただしくドリューは一階へ降りて行く。会った時には感じられなかったら年相応なテンション感を見れて、何だか一安心だ。


「私はアリオです」


「アリオさん、ドリュー少年に診てほしいと頼まれたのですが、良いですか?」


「お願いします」


 ピノーと目配せをし、診察スキルを使用する。簡単な風邪の類なら、手持ちの薬で治すとして、それが難しいようなら応急処置をした後、イルルーンかガルガントへ搬送しよう。


 ドリュー一人では街へ向かうのは難しかったと思うが、俺とピノーがいればなんとかなるはずだ。


「これは……」


 診察スキルで見えたのは、HPと状態異常、そして怪我の有無。


 大きな怪我は見受けられず、HPも減っていない。しかし、俺の意識を掴んで離さないのが状態異常だ。


「腐敗…」


 先ほど出会したウォーカーと同じ状態異常。ウォーカーに噛まれたような怪我はないし、空気感染なら俺たちにも腐敗の状態異常が付くはず。


 恒常的に触れる事で付くのかとも考えたが、それならドリューに同じ症状が無いと説明が出来ない。


 耐性が付いているとか確証の無い話は出来ないし、何よりそんな話をしている暇もない。


「……」


 さっき初めて見た状態異常なんだ、腐敗を治す方法など知らない。


「フクロウ殿」


「…どうした?」


「聖印を使ってみてもよろしいでしょうか」


「ほう」


「聖印には魔を祓う効果があります。このお婆さんからは、どこか魔を感じ取れるのです」


「……頼んでも良いか?」


「はい!」


 ピノーはそう言うと、肉球を合わせて聖印を発動させる。すると、肉が焼けるようなジュウという音と共に、状態異常の欄から、腐敗が綺麗さっぱり消えてなくなった。


「まぁ、胸が軽くなったわ…」


「良かったです!」


「おお…」


 え、ピノー先生!?


 俺は医者としての立場も危うくなった!?

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