第35話 大学2年生をしなければ…
俺の様子を確認したのか、老人は息を深く吸い込み、老人は語り始めた。
吟遊詩人が謡うような軽快な語り口ではなく、実際に見た事をもう一度追体験しているような、そんな重々しい口調だ。
「イルルーンからガルガントへ向かう道は三つ。【晴天海道】【バクラ鉱山】そして【明けずの墓地】。これは決して夜の明かない墓地での出来事だ…」
「…なんか、急にナレーションみたいだな」
「……」
「あ、ごめんなさい。続けてください」
俺はインベントリから椅子を取り出し、老人の前に座った。少し肌寒い気もしたので、膝掛けも用意し、ピノーと話を聞く体勢になる。
「明けずの墓地の近くには、ビルズという村があった。人も多くない中、慎ましく存在していた小さな村だ。その村には代々役目が与えられていて、それが、墓地から這い出てくる
「その感じ、アンデッド系モンスターか。確かに今まで実装されてなかったのか見かけてないな」
「彼らは、ウォーカーを墓地から出さないよう日夜戦いにくれていた。しかし時代を跨ぐに連れ、そんな小さな村は忘れ去られていき、ついには地図からも消えてしまった…」
「ウォーカーとやらと戦ってた重要な村なんでしょ? 忘れられるなんておかしくない?」
「ウォーカーはここ200年、その数を減らしていたのだ。ビルズの民による聖浄の封印がそうたらしめていた」
聖浄の封印…。ピノーの聖印と似たような物なのだろうか。確かに他のゲームでも聖なる力は、アンデッドに特攻を持っている作品が多い。
「その封印が良い意味でビルズ村を忘れさせたってことか」
封印によりウォーカーが減少。それが原因で、ビルズ村の重要性も時が経つに連れて小さくなっていったと言う事だろう。
「…ん、だから何なんだ? ビルズ村が消えてしまったって話をしたかったんですか?」
「ビルズが消えた今になって、ウォーカーがまた眠りから覚めたのだ」
「あー…」
「数十年前、各地で発見され始めた遺跡が墓地にも出現した。その影響か、封印が弱まり、ウォーカーがまた彷徨い始めたのだ」
何となく話のオチが見えて来た。
「探索者様、貴方には今一度、聖浄の封印を復活させて欲しいのです。ビルズ無き今、頼れるのは探索者様しかいません」
「にゃー…?」
ピノーがどうするのか問うように、俺を見上げて鳴いた。
この雰囲気、まあ十中八九クエストな事に間違いないだろう。
この老人がなぜ忘れ去られたビルズについて知っているのか。なぜ街の中心で、多くのプレイヤーにクエストを依頼しようとしないのか。
考えれば考えるほど、よく分からない事が増えていくが、そこを詮索するつもりはない。はぐらかされ、このクエスト自体無かった事になりかねないからだ。
最初にも言った通り、乗せられてやる。面白そうな匂いがぷんぷんするんでなぁ!
「分かりました。ウォーカーの対処、俺たちに任せてください」
「ありがとうございます…」
ピノーを抱きしめ、椅子から立ち上がる。元々ガルガントに行くつもりだったんだ。その道中のクエストなら大歓迎さ。
「まあ寄り道クエストはRPGの醍醐味よな」
「ヨル殿、お爺さんが!!」
「え?」
老人に視線を戻すと、砂で出来たお城が波に攫われ崩壊するように、老人の身体もまた、徐々に崩れていく。
『探索者様、どうか、どうか哀れなウォーカー達を、お救い、下さい…』
老人はそう言い終えると、風に吹かれて消えてしまった。こんなNPCは初めてだし、目の前で消えられると、今までの出来事が本当にあった事なのか分からなくなる。
「え、ビルズ村…」
「明けずの墓地の封印…」
「ああ、良かった。本当にあった出来事だ」
「あのお爺さんは、いったい何者だったのでしょうか…」
「それはまだ分からないけど、進めばきっと分かるさ」
ピノーの頭を撫でながら、裏道の先を見つめる。遠くから聞こえる賑わいや、大勢の足音が、クエストの始まりを祝福する大きな拍手のように聞こえた。
******************
「ってのがあったんだよ」
「そう言えばゾンビは噂になってたっけね」
意味もなく、だらーと通話してる途中、RSFで受けたクエストの話をすると、コスケはそう答えた。
この美少女ネカマエルフことコスケは、すでに凹凸平野をソロで攻略できるほどのレベルにまで上がっており、どんだけやり込んだんだよと少し引いた。
持ち武器は弓にしたらしく、サブウェポンに短剣を装備している。狙っていないらしいが、ザ・エルフと言う装備構成になったな。
「俺もすぐにイルルーンに行きたいけど、まだしばらくかかりそうだ」
「十分早いよ、お前の攻略速度…」
引きながらツッコミを入れ、伸びをする。目の前のカレンダーを見ると、3月ももう残り僅かで、4月に入るとすぐに大学が始まってしまう。
「大学が始まるまでに、クエストをクリアしときたいなぁ」
RSF廃人になる前に、大学2年生をしなければ…。
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