第34話 乗せられてあげますよ






「めっちゃ人いんな。プレイヤーじゃなくてNPCでこの賑わい、流石は貿易都市といったところ」


「にゃー」


 猫型に変化したピノーの頭を撫でながらイルルーンの街を探索する。


 ドワーフが工芸品を売っていたり、漁師が獲れたての魚を売っていたり、もはやうるさいが勝つ。


「お魚食べる?」


「良いのですか!?」


「声デカいって…!」


 魚料理を取り扱っている売店で、ピノーが選んだお刺身と、塩で味付けされた魚の串焼きを購入する。


 観光地としても人気があるのか、広場には座って休めるような所もあり、そこで少し休憩を取ることにした。


「やっぱ生の方が好きなの?」


「焼き魚も食べますよ! ただ塩気は苦手ですね、舌がピリピリしてしまいます」


「そっか」


 ピノー用にご飯を作るってなった時は、塩分を控えめにしてやろう。


 美味しそうに魚の刺身を食べるピノーを撫でながら、俺はそう心に決める。


 俺が買った焼き魚は、串に丸々一匹刺さった状態で、見た目だけならアユの塩焼きに似ている。


 アユは川魚だが、果たしてこの名前も分からない魚はどんな姿をしていて、どんな味をしているのだろうか。


「温かいうちにいただきます」


 パリパリになった皮を噛み破ると、中にはホクホクとした身が詰まっていた。脂がノっており、しっとりとした舌触りで、塩味と合わさりめちゃくちゃ美味い。


「もう一本買えば良かったな…」


 骨もポリポリと、スナック感覚で美味しく食べれる。刺身の方も、ピノーのがっつき方的に相当美味しいのだろう。


「そういや、この前聞きそびれたんだが聖印ってのはなんなんだ?」


「聖印でふか?」


「飲み込んでからで良いよ」


「んぐっ…。聖印とはケット・シーに伝わる魔を祓うための力です。聖なる力は敵、特に魔の者に絶大な威力を発揮します」


「魔族に対して、浄化の状態異常を付けれたりする?」


「はい。浄化状態の魔の者は全力を出せなくなるので、聖印は騎士になるために必須になってくる技術です」


「なるほどな」


 魔族との戦いが本格的になるほど、この聖印ないしは「浄化」を与えられるスキルが重要になってくると見た。


 闇医者的にも浄化を消毒として捉えれば、スキルとして取るのも無しではない。


 むしろ取りたい。


 アルコール浄化ですよぉ〜とか言いたい。


「俺にも聖印を教えてくれないか?」


「教えたいのですが、人と妖精とでは種としての構造が違うので、人には扱えないのです」


「なるほどなぁ…」


 簡単に聖なる力は渡さないよ、っていう運営の強い意志を感じる。


「ごちそうさまでした!」


「あい」


 猫連れはやはり珍しいのだろう。道行くプレイヤーがピノーの事を見ているが、喋っている事には気付かれていない。


 急に猫が喋ったら囲まれるに決まってる。いや、案外RSFだし…。で何とかなったりするのだろうか。


「そんなリスク取る必要もないんだがな」


 ゴミを街中のゴミ箱に捨て、伸びをする。


 個人の見解なのだが、こう言ったフルダイブVRゲームで食事をするのは最低限にした方が良いと思ってる。


 ゲームの中での料理は、どれも美味いものばかりで、食べまくると脳が空腹感を忘れて現実世界で食欲が湧かなくなってしまう。


 餓死寸前の栄養失調になった人がいるなんてニュースは月に一回は見るし…。


 だからRSFで美味い物を食べるのはたまーににしないとなぁ。


「これからどこへ向かうのですか?」


「噂によると、どうやらシードラにはまだ行けないから、バルクハムの故郷ガルガントに行こうかな。まあとりあえずは宿屋とろう」


「では空いている宿を探しましょう!」


 イルルーンの広さはスタット以上のようで、マッピングがこれまた大変そうだ。


 海に出る港があって、バカンスを満喫出来るような砂浜もあるらしい。港から離れると、ガルガントから商売に出て来たドワーフや商人で集まった商店街もあり、武器や防具、その他アイテムが売られていた。


 さらに奥まで行くと、普通の住宅街もあるようで、耳をすませば遠くから商店街の喧騒が聞こえてくる。


「やっぱちゃんと裏道もあるな」


「まだ日が高いのに、こうも暗い場所があるのですね」


 大通りから外れ、建物と建物の間にひっそりと佇む裏道に入って行く。


 こう言った隠れた道を進むのも、男の子のロマンって感じがする。


「おやおや、探索者様がここを通るとは珍しいなぁ…」


「にゃっ!?」


「おぉっ、びっくりした…」


 裏道を進んでいくと、影に隠れていた老人に声をかけられた。ピノーと話していたのを見られていた可能性がある。


「道に迷ってしまってね。NPCさん、良ければ哀れなプレイヤーを助けてくれないか?」


「ふっふっふっ…。迷った様子には見えないですがなぁ、探索者様」


 プレイヤーとNPCを見分ける方法はいくつかあるが、簡単なもので言うとプレイヤーを探索者と表現するかどうかと言うものがある。


 ゲームのメタ的認知は、自動で変換されるようで、プレイヤーは探索者へ。NPCは住民として変換されていると言うのは実証済みだ。


 俺が本気でNPCの真似をすれば、全てのプレイヤーを騙せる自信がある程、研究したつもりなので、この老人がNPCであると断言できる。


「ここで出会ったのも何かの縁。私の話を聞いてはくれませぬか? 妖精と共に行く探索者様よ…」


「……乗せられてあげますよ」


 また何かに巻き込まれた気がするが、それすらも楽しんでやろうじゃないの。








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